一話 ひとつ屋根の下に君と俺 3
朝五時。
きっかりと起床し、昨日の夜にスクーターに乗りながら目をつけていた場所を往復する。往復で十キロ。健康的だ。
朝六時、昨日買いこんできた食材を捌いていく。
セールの豆腐は味噌汁に。漬け物も切って、鮭を焼いていく。味噌汁は豆腐とわかめと玉ねぎときゃべつ。卵焼きまで準備。味付けは塩気と出汁が勝る感じ。鼎の分とで二人分だ。
「おはよー……うわ、本当に料理してる」
あ、鼎がちょっと引いてる! 割烹着なんか着て準備万端な俺に一歩引いている!
でもそんなんじゃ俺は怯まない。とりあえず食卓を指さした。
「おっす、鼎。ほら、飯食え」
「ありがと、陽太」
梅とじゃこと白ごまの混ぜご飯を渡しつつ、俺も座った。どたどたと騒がしいのも降りてくる。
「おっはよーございます、せんぱ……うわ、美味しそう!? マジで作るんですか!? あれは昨日の冗談かと……!」
「おはよう可憐。このアホ、いらんっつーから準備しなかったけど、どうだ?」
「……朝と晩御飯、お願いします」
「分かった。あれ? 夕凪は? 一緒じゃないのか?」
「夕凪先輩は朝弱いですからねぇ。余ってたらちょっと……食べていいですか?」
「卵焼きと味噌汁とご飯が余りそうだからお前も席につけ。俺の鮭分けてやるよ」
「マジすか!? やったー! さすが先輩、非公式水泳部の結束の力!」
「あ、謎の部活まだやってたんだね、海原さん」
「モチですよー! っておわ、なんか……混ぜご飯だけど、ベースが普通の白ご飯じゃない!?」
「もち麦も入ってる。食物繊維たっぷりで体にいいのだ。米と梅は今度実家の送ってもらうから今は市販品で耐えろ」
「ここにもオカンが!」
言いながらガツガツとそれを食べていく可憐。
俺はオカン気質というか、家事はできる。受験生だった妹を支えるために、両親を助けるために。そういう感じで培った経験と知識が俺の中にある。にしたって可憐のやつ、豪快な食欲だ。慎ましい鼎の食事と比べるとなんだか悲しくなる。けども、美味しそうに食べる彼女を注意する気にはなれなかった。
「おお、卵焼きも美味しい……! 今晩のおかずを伺っても?」
「唐揚げ、きんぴら、紫玉ねぎと鰹節とトマトのサラダかな……味噌汁も作る予定」
「味噌汁ジャガイモがいいでーす!」
「分かった、じゃがいもな」
リクエストは助かる。毎日作るならパターンが決まりがちになるし、考えるのも結構手間なのだ。
こうやって主張してくれれば本当にありがたい。
「んんん……いい匂い……」
おりょ、誰だ。
栗色の髪をそのままに、ネグリジェなんか着てる女の子。
「んあ。誰?」
「いや俺のセリフだが。おい、生徒は鼎と可憐と夕凪だけじゃなかったのか?」
「ああ、陽太。彼女は寮母先生だよ」
「えっ!? マジで!?」
このお子様が!? マジで!? 中学一年生とかじゃないのこれ!?
そんな女性は食卓を見渡して首をかしげる。また可愛いなこの人は。なんだこの寮、顔面偏差値エグっ!
「あたしの分は……?」
「いや、知らん。食費出すなら夜から作るけど、どうします?」
「んじゃ頼む。あたしは真宵真理愛。とりあえず……卵焼きもらいっ!」
「あ、このやろ……! 先生とはいえ何たる横暴!」
もむもむと食べてから、彼女は驚きだろうか、眠そうな目を見開いた。
「あ、うめえな。結婚してください」
「あんたいくつなんだよ……」
「ふふん、今年で二十四歳になった。お酒も飲める!」
「免許証が必須だけどねー、マヨちゃん先生は」
「ハン。見てろよ、あのにっくきコンビニバイト学生め。いつか免許証なしで酒買ってやるからなあ……!」
見果てぬ夢を見ているようだが、夢を見る分には自由なのでそっとしておこう。
とりあえず、朝飯はきっかり無くなった。夕凪にはあらかじめとっておいたおにぎりをおいていく。ラップはしておいた。お詫びの気持ちだ。
「可憐、乗ってくか?」
「わーい! お願いします!」
俺の提案に可憐は頷いたが、鼎は苦笑していた。ちょっと引いている様子だった。
「うわー、目立ちそうだなあ。朝から女の子後ろにのっけて三輪スクーターで登校って……。しかも海原さん」
「あはは、目立つかもですね」
「どうせ同じ距離走るんだから、二人の方がお得だろ」
俺の回答に、鼎は渋面を浮かべている。そんな顔ですら可愛いのだから、顔のいい奴は得だ。
「そういう問題でもないと思うんだけど……まあ、ボクと夕凪さんは自転車だし、先生は原付。乗せるなら海原さんだね」
あの傘を差しこめるチャリが夕凪のだろう。アルビノっぽいから日傘は必須だろうし。
「そういや鼎、なんで男の制服着てるんだ?」
「あのねえ、陽太。ボクがその手の冗談を何千回されたかわかるかい?」
「冗談だって。今日も可愛いぞ、鼎」
「何一つわかってないよ親友!?」
「可憐も、今日も可愛いぞ。美少女ってやつらはすげえな」
「どもです!」「それってボクも含まれてるの!? やっぱり含まれてるの!?」
「さー、いくぞー」
可憐にフルフェイスのヘルメットを投げ、俺はジェットタイプのヘルメットをかぶる。
「うう、くそ。いつかカッコいいっていわせて見せる!」
「カッコいいなー」
「今じゃないよ!」
「朝からにぎやかだなお前ら。遅れんなよー」
先生のおもちゃみたいな原付が走り始める。あの小さな赤い原付はなかなか固定ファンもいるらしく、今でも中古市場では高値がついている。
可憐の柔らかい感触を背中に感じ、ドキドキしつつも俺はスクーターを走らせて鼎を追い抜き、学園へと向かった。
私立青鹿原学園。学園とはいえ、小中は公立も兼ねている複雑な学園だ。小、中、高とあり、普通進学組の地元民は都会の方に行くらしい。偏差値は五十五。低くはないが高いというほどでもない。編入試験は楽勝だった。
俺以外に原付やバイクもちらほら見える。ビッグスクーターを停め、ヘルメットを回収して鞄を入れていたメットイン収納から二つそれを取り出し、可憐に渡した。
「今日は部活やんの?」
「はい! 今日は川で遊ぼっかなって!」
「俺も水着持ってきてっから。遊ぼうぜ!」
「おお、やる気ですね! 今日は川エビとかとっちゃいます? 素揚げとか唐揚げにして塩を振るとおいしいらしいですよ!」
「おお、いいじゃん。んじゃ放課後にこのスクーター前な!」
「はい!」
ぴしっと敬礼して見せる可憐に微笑みを返して、俺達は校舎の中へ。
「時に可憐君。道案内はお好きかな?」
「どういうキャラなんですかそれ。似合ってないです」
編入試験は遠方だったために元居た学校に課題が送られ、それをこなした形だ。だから、何がどこにあるのかサッパリわからない。
可憐がいてくれて助かった。紳士的に遠回りな表現をしたが、お気に召さないなら率直にいこう。
「可憐、職員室まで連れてってくれ」
「お安い御用ですとも! ささ、こちらに! あ、土足ですから下駄箱はないんです。ラブレターのロマンスを華麗に破壊していくんですよここは」
その分掃除も大変そうだなあ、と思いつつ、こげ茶色のショートブーツで床を踏みしめる。
そう言えば、ここは女子の制服は白と紺のセーラー服のようだ。男子は学ラン。何とも古めかしい。しかし可憐はノーマルながら普通に似合っていた。鼎は前を開けてグリーンのパーカーを見せている。風紀は自由っぽい。俺は普通のカッターシャツだが、第二ボタンまで開けていた。恋人募集中だぜ!
木造校舎は意外にも背は高い。平屋づくりで、許容収容人数こそ悲しいが、味のある校舎になっている。ここに来たばかりだというのに、なんというか、ノスタルジックな気分になってきた。
「そういえば、ヨウ先輩はなんでここに? 福岡なら、もっといい学校あったんじゃないですか?」
ヨウ先輩か。初めて呼ばれるが、悪い気はしない。
歩きながらそんな問いを可憐は投げてきた。少し考えつつ、俺も言葉を返す。
「いや、ここ平和そうで。田舎っぽい感じに憧れてやってきました。のこのこと。でもそれでいて比較的通販が早そうな福岡に絞ってみたら、俺でも暮らせそうなのここくらいだなーと」
「あはは、ここは良くも悪くも田舎でしかないですからねえ。それに通販は大事です。うんうん。わたしもコスメとかよく買います」
「うん、似合ってるぞ。ナチュラルだけどメイクしてるよな? チークの色合いが元気よさそうでいい感じだ」
「うわあ、男の人って化粧とかわかんないイメージでした……。でも褒めてもらえて嬉しいです! もっともっと褒めてください!」
「欲しがりなやつだな。ほれ、俺の秘蔵のお菓子、機関車印のチューイングキャンディをやろう」
「わーい! もご……む、おいしい! 幼児向けっぽいのに!」
「美味いんだよこういうのが」
「駄菓子屋のおばさんにこれ仕入れるよう打診してみますね」
そこまででもない……と思うのだが、彼女は真面目にスマホでメモをしているようだ。
そんなこんなで、一階の右奥。角部屋。職員室の文字。奥には理事長室となんかグレードの違うプレートがあったりしたが、特に用はないのでスルーを決めた。
「さ、大塩平八郎っぽく入室してください」
「お前がやってみろ」
「え、あ、いやー……よし!」
お、行くらしい。
勢いよく扉を開ける。
「大塩平八郎じゃああああ! 乱を起こすぞぉ!」
「海原、生活態度マイナス3」
「そんなぁああああああああっ!?」
お前の犠牲は無駄にしない! 俺も続くぞ!
「乱じゃ! 乱を起こすのじゃ! ……とこの海原が口酸っぱく唆し俺を奈落へと引きずり込むのです」
「振ったくせにその返しはあんまりですよ先輩!?」
「いやキミ誰だよ」
「ああ、転校生っす」
真宵先生が説明をしてくれた。自己紹介の手間が省けた分、先生に挨拶しておこう。
「お、真宵先生! おはざっす!」
「おう。改めて真宵真理愛は高校二年担当。このバーコードが三年担当、高校生主任の星名翔也先生。あの星名の叔父さんらしい」
「つぶらな目元とか似てる感じですね」
「夜宮陽太君、生活態度プラス5」
「やったぜ!」
「裏切り者がいます! 裏切り者です、国家権力に尻尾を振るなんて! わたしたちの絆は一万年と二千年前から永久不変ではなかったんですか!?」
「急にスケール半端ねえな」
「大丈夫。一億と二千年後も愛してる」
「お前ら悠久に生き過ぎだろ……」
真宵先生は意外に突っ込み気質らしい。ちゃんと的確なツッコミを要所要所で決めてくれる。さすがは先生。
「ってわけで、ありがとな、可憐。ここまでくれば俺は大丈夫だぜ」
「足腰ガクブルしてるんですが大丈夫ですか!? 生まれた小鹿の方がまだ安定感ありますよ!?」
「冗談冗談。……ありがとな。ほれ、遅刻すんぞ」
「はい! じゃあ、先輩! また放課後に!」
手を振る彼女になんとなく手を振り返すと、彼女は上機嫌で去っていった。
それを見つめていた真宵先生が神妙な面持ちを構える。
「お前ら……付き合ってんの?」
「いえ、彼女のテンションに呼応してるだけです。付き合ってはないかな」
「ええ、お前らそれで付き合ってないの逆にドン引きだぞ……」
え!? マジで引かれてる! なんで!?
もう少し距離をとらなきゃならんのだろうか。いや、もういっそ付き合っちゃう? いやハードルたけえよ! 俺のチェリーマイハートがブロウクンしちゃうよ! ニコニコと「無理ですね!」とか言われたら俺立ち直れないよ!
「まぁお前むっつりヘタレそうだしな。自分からは告白しなさそーなチキン野郎的なオーラを感じる」
「急に俺の価値が暴落していく!?」
「冗談だよ。しばらく職員室にいな。あ、コーヒー飲むか?」
「頂きまーす」
「物怖じしねえなあ、お前。ケッコー可愛いやつ」
可愛い奴とは初めて言われた。
「というわけで、星名主任お願いします」
「いやあんたが淹れるんじゃないんかい!」
「あたしがそんなことできるわけねえだろうが」
「何居直ってんすか」
「あたしの家事レベルはな、マイナスだぞ……!」
「やだ、この人。マイナス過ぎるけどこの堂々とした立ち振る舞い、カッコいい……!」
「はい、コーヒー。美味しいよ、僕特製ブレンド」
「あ、ども」
その後、マジで美味いコーヒーを堪能しつつ、ホームルームまで待つことになった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます