一話 ひとつ屋根の下に君と俺 2
意外とすんなりナビしてくれて、目的地には陽が沈む前にたどり着くことができた。
何とも、大き目な一軒家の印象。屋根付きの駐輪場にバイクを停め、玄関前に来る。
「基本的に二階は女子、一階は男子のルームになってます! 各部屋に鍵はついてるので、プライバシーは保証されます。二階へは女子か先生のOK貰わないと入ってこれないので注意ですよ! 破ったら……フフフ」
いやペナルティを言えよ。説明してくれないとどうしようもないじゃん。
少し恐ろしくもあったが、勝手に上がるような無作法な真似は多分すまい。スルーを決め込んで、俺は送られてきていた鍵を使って玄関を開ける。このほかにもう一つ鍵があるのだが……部屋の鍵かな。
「あ!」
こちらを認めて、嬉しそうに駆け寄ってくるかわいい子。目が大きくて、小柄で、セミロングほどの髪がとても清楚な印象。近づかれるといい匂いがした。でも、何でか胸はときめいていない。あれ、なんでだ? こんなに可愛いのに。
…………ああ、なるほど。
「君、男か。なるほど」
「! わ、分かるの!?」
また高い声が返って来たが、本人はものごっつ嬉しそうに目をキラキラさせている。と思えば、さめざめと泣き始めた。情緒の乱高下がパない。てか泣き顔も美少女すぎるだろお前。
「う、嬉しい……! ボクを男って分かる人、いるんだね……! えへへ。えっと、ボク鼎。星名鼎。二年」
「夜宮陽太だ。同じく二年。よろしくな、星名」
「鼎でいいよ。今日からボク達は親友だよ!」
「そんだけで!? お前はそれでいいの!?」
「いいんだ……ボクを、男だって初見で見破ったの、君が生まれて初めてだから……! ボクの初めての人だ!」
言い方よ。別にいいけどさ。見た目はものごっつ美少女なんだがなあ。何で男なんだねと突いてやりたい気もしたが、本人は非常に嬉しそうだったのでそっとしておくことにした。
「あ、海原さんもおかえり!」
「ただいまです、星名ちゃん先輩!」
なるほど、この容姿ならちゃんを付けたくなる。下手な女子の何千倍もの可愛さだ。俺の心のチ○コが発動していなければ、マジで俺もうっかり女子扱いしていたかもしれない。
「鼎、俺の部屋どこ?」
「ボクの隣。この廊下の一番奥。男の人はボクと君だけだから、今まで肩身狭くてさ。色々よろしくね!」
「おう、よろしく。男同士、仲良くやろうぜ!」
片手をあげる鼎とハイタッチを決めてみる。うわ、手やわらけえ! お前マジで男子なの? 自分で理解しときながらしこたまビビる。
「可憐、他に人は?」
「二年の人と寮母先生がいますよ!」
「なるほど、あの原付は先生のかな……」
小さい原付があったのだが。あの特異な小さなフォルムはよく覚えている。
「俺シャワー浴びるわ。暑いし。汗くせー俺。風呂どこ?」
「ああ、廊下を左。トイレは奥ね。上にもあるけど基本的に男子は一階、女子は二階……って、まった! 陽太君、シャワーは今ダメ!」
遅いよ。
ドアを開けたら、そこは桃源郷だった。
なだらかだが、女性を感じさせるシルエット。ふわふわとした髪に愛らしいルックス。まさにお人形さんみたいな、白髪の女の子……白髪? まあ、問題はそこではなく、裸であることなんだけど。水をはじく白い肌がまぶしいなんて感想を残したらぶちのめされるかなやっぱ。
「すみませんでした」
とりあえず言い残して扉を閉めておく。裸は、とりあえず俺の脳内に焼き付けておくとして。俺は耳を塞いだ。
きっかり三秒後。鼓膜をつんざくような悲鳴が来ることを、分かっていたからだ。
ムスッとしている女の子……夕凪明日香も交え、夕飯を摂る。
のは、いいんだけど……。
「なんでカップ麺?」
「あー……あはは。普段は各自で摂るんです。今日は歓迎会だから、ちょっといいカップ麺でおもてなし……あ、はい。ごめんなさい。料理できません。えへ」
俺の冷ややかな視線に気づいたか、可憐は困ったように笑ってごまかしている。まぁ、何もないよりは断然ありがたいんだが。
明らかに歓迎していない様子の女の子――先ほど裸を見てしまったやつ。夕凪だ――がこちらをチラチラ見ながら……いや、睨みながら麺を啜ってるの逆に面白いな。なんでいるんだろう。普通裸を見たような奴と一緒にカップ麺食おうとか思ったりしないだろうけど。わけわからん。
「寮母先生とやらは作ってくんないのか?」
「あの人が家事をやると片付けが大変で……」
可憐はそう笑っていたが、掃除もみんな苦手そうだ。俺から見ればこの台所からまず惨状極まりない。食器とかあれ洗ってあんのかな。器具は一通り揃ってそうだから……まあ、俺がやるか。できるやつがやらないと、こういうのは永遠に片付かない。
「ここらへんスーパーって駅前に出ないとないの?」
「はい。学校とは反対方向だから大変なんですよー」
「そうか」
まぁ距離も俺ならば関係あるまい。スクーターがあるし。食材は今日の夜にでも買ってこよう。
「先輩はお勉強が得意なんでしたっけ?」
「あー、どれもそれなりだなあ」
「覗きもそれなりなのね」
ブスっとそう言われるが、何度目だろうか。ネチネチネチネチと。
「悪かったって何回言えば気が済むんだ?」
「ほら、反省してないじゃない。何で逆ギレしてるのよ」
「しつこいことにキレてるんであって、あれは俺の落ち度なのは間違いないんだ。悪かったとも言ってる。けど会話の度に一々差し込まれて邪魔してくるのは完全に喧嘩売ってんの。分かる?」
「…………」
「夕凪先輩、怒るのもわかりますけど、落ち着きましょ?」
「可憐、あんた見られたのが自分じゃないからって……」
「ていうかそんなに不愉快なら何で面突き合わせてカップ麺なんて啜ってんだよ鬱陶しい」
「ちょ、ちょっと、陽太! それは言い過ぎだよ! 歓迎会しようって言ったの、夕凪さんなのに……!」
鼎、いつの間にか君付けが取れて名前呼びになってる。まぁ友達っぽいのでオーケー。
にしても、そんな事情が。なるほど、自分が主催したとあれば歓迎会に主催者抜きというのも、なんとも締まりの悪い話だ。納得しながら頷いてみる。
「そうか。それはサンキューな、顔合わせ出来て嬉しい」
「へ? あ、うん。……? あんた、怒ってるんじゃないの?」
「しつこい蒸し返しと歓迎会への感謝の気持ちは別だ。ありがとう、えっと、夕凪さん」
「……夕凪明日香。あんた、変なやつね」
「総白髪のやつに言われてもなあ……」
「うぐっ……! み、見た目のこと言わないで!」
「だな。俺が悪かった。人の容姿を揶揄するのは最悪だった。すまん」
「??? あんたって、変わってるってよく言われない?」
「初めて言われたぞ……?」
俺は俺が普通だと思うように、人は皆、自分のことを普通だと思っている。みんな違って、みんなが普通なのだ。異常だと自覚している人間も、探せば共通の普通をもっているやつが見つかるだろう。
当の夕凪はため息をつき、仕方なさそうな微笑みを浮かべた。
「なんか、毒気抜かれちゃった。なんか、怒ってごめんね。確かにしつこかった……でも、それくらい恥ずかしかったんだから」
顔を赤くしながら視線を逸らす彼女に、もう一度頭を下げる。
「悪かった。お願いだから、これについて触れるのは最後にして欲しい。忘れるよう努力するから」
「それ、忘れよう忘れようって思ってたらいつの間にか焼き付いてる奴じゃない?」
「照れるぜ」
「いやあんたが照れてどうするのよ!」
「うんうん、ご飯は楽しく食べましょ!」
可憐がそう言いながら豪快にニンニク醤油ラーメンをすすり込む。勇者だな、明日平日だというのに。
俺も熟成みそ豚骨を啜る。メッチャドロドロしていた。若い身体は豚骨を求めるがこれはキツイ。夕凪は普通の塩ラーメン、鼎は醤油ラーメンだ。
「鼎、そっちの醤油一口。こっちのドロドロいるか?」
「い、いや、ボクはいいや、それ……。はい、どどんと啜って大丈夫だよ」
「んじゃ失礼して」
うん、美味い。俺も普通のやつが良かったなあ。
「ていうか何でこんなチャレンジメニュー俺に渡したんだ可憐」
「あー、スーパーで五十八円で投げ売りされてたんで、これだ! と思いまして」
ちょっといいカップ麺どころの騒ぎじゃなかった。投げ売りじゃん。在庫処分じゃんこれ。
「可憐、こっち向けオラ。飲め。このドロリ濃厚みそ豚骨を全身の毛穴で受け止めろ!」
「いやぁぁぁぁっ!? ニキビができるぅぅぅぅっ!?」
「お前が始めた物語だろ。責任をとれ! このドロドロ魔族を認知しろ!」
「ヒギィ、ご勘弁を、ご容赦を~! もうネタ系は買わないんで~!」
「あんたら食事時にふざけないの。さっさと食べる!」
「オカンじゃ」「オカンですね」「オカンだねぇ」
「誰がオカンよ! こんなフレッシュなオカン嫌でしょ! さっさと食べなさい!」
「へーい」
神秘的な顔に似合わずオカン気質な夕凪、ほぼ女の子な鼎、騒がしいが可愛い可憐。
俺の寮生活は、思ってたより賑やかになりそうだった。
……そういえば、寮母先生の姿をまだ見てないなあ。
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