青春スプラッシュ!

鼈甲飴雨

一話 ひとつ屋根の下に君と俺 1

 季節は巡る。万物は流転する。永遠にそのままなんてことは、どんな世界にもなく。やがて変革が訪れる。


 まぁ、大袈裟なことを言いたいんじゃない。


 俺は、変わりたかった。この退廃的で不毛な日常から。


 現状に不満があるわけではなかった。ただ受験戦争真っただ中に立っていると、無性にこれでいいのかと焦るようになっていた。


 それは不満なんじゃないか? と俺も思ったけどそこんとこわかんないんだ。


 生活に支障はない。友人もいたし、それなりに楽しくやっていた……とは思うけど。けど、何か、焦燥感のようなものを抱えて、俺は生きてきた。


 だからまず、変わるべき場所にやってきていた。


「……楽しみだなあ」


 広大な海。蒼いそれは、浅黒い色の都会とは、やはり透明度が違っていた。


 まだ福岡なのに、海から違う。第四都市と呼ばれているが、それも一部。奥地には海と山が繋がった田舎が存在する。


 犬栗の山々が背後に広がるのも感じながら、俺は一歩、海に向かって進む。


 裸足になった。六月の海は、先ほどの砂地よりは冷たいが、そこそこ温かい。


 目の前に広がる田舎を見ながら、そう思う。焦燥感が、嘘のように遠くになっていくのを感じながら、とりあえず、広大な海へ叫んでみた。


「海の、バッキャロー!」


 定番だ。ド定番すぎて逆に面白い。が、なんか海からぬっと小柄な影が。金髪を揺らしてこちらに近づいてくる。何で競泳水着?


「なんだとバカヤロー! やるってのかコンチクショウめ!」


 プンスコ怒っているところ悪いが、やべー奴の出現に内心でビビり散らかす。とりあえず首を横に振ってみた。


「いや君に言ったんじゃないよ」

「え、いや、わたし海です。海原可憐と申します。大変傷つきました。ぷんぷんレベル十三です」


 海原可憐と名乗った少女は非常に明るそうな女の子だった。活発で素直そうな印象の面立ち、背は小柄だが胸は大きいそのスタイル。ちょっと見たことない類の華やかな女子に少したじろぐ、そんな俺は三軍男子。オタクコミュニティーにもリア充コミュニティーにも入れない真正おひとり様。だって友達全員違うクラスとか酷くない? 二年生になってから明らかに一人の時間が激増したんだけど。放課後くらいだよ友人と絡めるの。まぁ新天地にやってきていよいよもって友達が0の状態になったんだけど。


 にしてもぷんぷんレベル十三……その半端な数値は何だよ。というかぷんぷんレベル……? こいつアレか。イタイ奴か?


「あー! その目はイタイ人を見る目! 酷いんだ酷いんだ! 華の女子高生に向かってイタイ奴とかレッテル貼っちゃうんだ、初対面なのに! ひーどいんだ、ひどいんだー! せーんせーに……相談したらなんか変わりますかね?」

「知らねえよ」


 どうでもいいけどテンション高いな。そんな感想を抱く中、彼女は三本指を立てた手のひらを見せてきた。


「謝罪のチャンスをあげましょう! 3、2、1、アクション!」

「ごめん。これで好きなジュースでも買いな」


 とりあえず財布を出して二百円を渡すと、それを突っ返された。柔らかな手が当たって、少しドキッとする。


「あ、じゃあ海の店でソフトクリームがいいです」

「お前すげえな、初対面の人間相手に容赦なさ過ぎるだろ」

「まーまー! さ、一緒にソフトクリーム食べましょー!」

「俺も食うのかよ!?」

「あなたの分はわたしがご馳走してあげましょう!」

「なら俺が出す意味は!? ねえ、どういうことなんだよ!?」

「お嫌ですか?」


 言われ、首を横に振る。怒っている顔も可愛かったものの、ニッと快活に笑っているその表情の方が、良く似合っていた。


 ……にしたってかわいい子だな。言動はアレだが。





 結局、二人して海を見ながら、石段の上でソフトクリームを食べる。


「あなた、この近辺では見ない顔ですよね? ここへは、アレですか? 傷心したから海を見たくなった的な理由で?」

「そんなとこかな。引っ越してきたんだ、受験戦争が嫌で」

「あー……高校何年です?」

「二年。なんか近くにある青鹿原学園ってとこに入る予定」

「おおー! 先輩になるんですね! わたし一年なんです! ぜひ、この海原所属の非公式水泳部のメンバーになりませんか!? 美少女揃いですよ、所属は一名ですけど」

「お前、喋ってて疲れないのか……? ていうか非公式水泳部ってなんだ?」

「海とか川とか勝手に泳いで遊ぶ部活のような何かです。この間、部費と部室を要求したら二秒で突っ返されました。激しい憤りのお気持ち表明です」

「なんで通ると思ったんだよ……」

「いやぁ、ノリで。通ったらラッキーじゃないですか!」

「まぁそれもそうか。惜しかったな」

「…………」

「? なんだよ」

「いえ、普通わたしのテンションに皆さんドン引きするんですけど、あなたはそうでもないんだなーと」

「いきなり馬鹿野郎呼ばわりされたからな。ちょっと慣れた」

「こっちのセリフですよ! わたし初対面の人からあだ名呼ばれた挙句馬鹿野郎扱いされたと思いましたもん!」


 溶けかけているソフトクリームにかぶりつく彼女。そのまま口の中に押し込んだ。俺は鞄からウェットティッシュを取り出して箱ごと渡す。「ども」と一言律儀にも断ってそれで手を拭きつつ、競泳水着のまま彼女はむうと唸った。視界に入れないようにしているのだが、ちらちらと眩しい太ももやら主張激しめな胸元やらに意識をとられる。そう、俺は思春期だ。こんな可愛い水着の女子が隣にいると、どうも落ち着かない。


「にしても、都会からやって来た男の人ですか……。シティーボーイという奴ですね?」

「死語じゃね? それももう腐敗が進んで大地に還ってる系の」

「いーんですよそういうことはどうでも! で、なんでこちらに? 受験戦争に疲れたのが本音ですか?」

「……まぁ、生き急いでたから、ゆっくりしたかったんじゃないかな。この海見てたら、胸がスッとした。海、綺麗だな」


 事実、何故だか落ち着くことができていた。こんな可愛い女の子の隣にいる事実を認めると逆に落ち着かなくなってしまいそうなものだが、騒がしい印象がアシストしてくれて、彼女に緊張を覚えることはなくなっている。


 のだが、彼女は信じられないものを見る目でこっちを見てくる。何だその目は。


「え、やだ……告白ですか?」

「海はお前じゃねえって紛らわしい。何て呼べばいい? お前のこと」

「わたしのおススメは海です」

「紛らわしいって二秒前にきっかり言ったんだが」

「しょうがないですね。なんか変なあだ名付けてください」

「んじゃバラカな」

「おお……! なんという絶妙に覚えにくいあだ名! バカラと空目しそうで絶妙に嫌です! 可憐様と呼んでください!」

「分かったよ可憐様」

「じょ、冗談です。そんな座った目をしないでください。普通に、可憐でいいですよ」


 それも充分ハードル高いんだが。女子を名前で呼ぶとか正気か? でも、なんか本人は小首を傾げてるし。男の三分の一の純情な感情を理解してくれよ。


「てか、何で俺なんかに話しかけてきたんだ?」


 至極当然の疑問をぶつけてみた。俺の行動は「あらやだ青春ね」程度で流されてしかるべきもののはず。なぜ話しかけてくるのか。


「いや普通馬鹿って言われたら怒りますて」

「冗談だったし、馬鹿呼ばわりはお前じゃないってのは分かってただろ?」

「まぁ、はい。なんか、直感です。仲良くなれそーだなーって!」


 なにこいつ、コミュ力高っ! 仲良くなれそうだからって普通話しかけてくるか? 心臓が剛毛そう。


 でも、なんか……無理してるような気もするんだよな。よく分からんけど。


「なるほど、こんなところで一人で海を見に来るような寂しんボーイがいやがる弄んでやろうゲヘヘノゲ的なアレか」

「いや先輩もかなりユニークですね」

「お前には負ける」

「いやいやいや」

「いやいやいやいや」


 謎の押し付け合いを敢行しつつも、俺はその場に寝そべった。空が青い。しかし夕暮れとまでは行かないが、大分太陽が傾いできていた。夜までにこれからの家にたどり着くのだろうか。


「はー、わけわからん。海が見たくてここに来たのに、よく分からん女に絡まれるし」

「あー、お邪魔してすみません。男の人には自分の世界があるんですよね? 例えるなら、そう、流れ星のような! やはり男の浪漫と言えば、夕暮れの海、防波堤、そしてハーモニカ!」

「古いわ! アップデートしろよその価値観! でも、何か会えてよかったよ……可憐と」

「今わたしの名前を呼ぶ時に少し躊躇しましたね?」

「気づくなよ。女性慣れしてないのバレちゃうから」

「いえいえ、可愛いところあるじゃないですか~! そっかぁ、照れてるのかぁ! 先輩かーわいい!」

「そういうお前はさぞかし経験あるんだな」

「ないです。ごめんなさい」

「可愛いとこあるじゃんか」

「えへへ。もっと褒めてください」

「何で競泳水着?」

「褒めてないですね!? いや、非公式水泳部と名乗っているので一応、水着も競泳仕様です! な、何か問題が?」

「いや。似合ってるなと。お前普通に可愛いし」

「ど、ども。先輩も非公式水泳部に入りましょうよー! 歓迎! ウェルカム!」

「冬はどうすんだよ」

「非公式アウトドア部になります!」


 最初からそれでよいのではと思わなくもないのだが、まぁ本人的にイマイチなんだろう。語感というか、意識というか。大事だからな、そういうの。


「んじゃ入るよ。楽しそーだし」

「そう言ってくれると思ってました! ささ、入部届です!」


 彼女は自分の鞄と思わしき革の鞄を拾ってくると、中からクリアファイルに入ったプリントを差し出してきた。入部届と書いているが、手書きだ。


「部として認可されてないんだろ? なんだこの書類は」

「連帯保証人の証書です!」

「燃やすぞコラァ! 冗談でもやめろや!」

「た、確かに悪質なジョークですけど、そんなに怒らなくても……!」


 キレるわ。完全に美人局じゃん。俺ホイホイと入れ食いじゃん。

 溜息を吐き、自分の名前を書いて見せる。


 ――夜宮陽太。俺の名前だ。


「うわ、名字夜なのに名前がお日様って……」

「ほっとけ」


 ほぼ全員がぶつけてくる名前に関するツッコミ。


 ちなみに妹の方は何の捻りもなく月子というのでなぜ俺だけ太陽なんだろうか。聞いてみたが特に理由はないらしい。愛がない。


 その書類を回収し、彼女は笑ってみせた。


「ありがとうございます! それじゃ、水着も乾いたし、そろそろ帰ります! えっと、交通手段は何で来ましたか? バスなら後三十分で出ちゃいますから急がないと!」

「原付二種。なんだ、乗ってくか?」

「ヘルメットは?」

「二つある。なんか、いつもハンドルに置いてくるんだけど、それとは別に座席の下にいつも置いてんだよね、ヘルメット。盗まれたことあって対策で」

「おお、ではお願いします!」


 いそいそと砂を払い水着の上から制服を着こむ彼女。女の子の生着替えだというのに、なんというか、うん。水着の上からだというのがいけないのだろうか、普通に眺めてしまった。


 俺は相棒の原付二種の三輪スクーターを立ち上げた。彼女が先に後ろに座って、俺が前に跨る。普通のスクーターの方が小回り効きそうだったんだが、これは貰いものだ。従兄のを譲ってもらったという経緯がある。


「おお、男子の背中。な、なんか照れますね」

「密着してろ。いいか、死にたくなかったら密着しててくれ」

「あ、ハイ」


 むぎゅっとどこか柔らかい幸せな感触は忘れることにして、俺は動作をこなす。


 スマホスタンドにナビ用のスマホを刺す。いざ落ちてもいいように格安のスマホをバイク用に一台契約している。無論、連絡用も所持しており、そっちがメイン。


「どこまで?」

「学生寮なんですけど、森山荘ってところまで」

「あん? 俺もそこなんだけど……下宿先」

「えええ!? うわ、同じ家に住むんですか! これはこれは……よろしくです!」

「男女兼用とか聞いてないぞ」

「まあ個室ありですから。一応男子いますよ! ほぼ女子ですが! あと一人、女の子が入寮予定です!」

「なんだそれ」


 よく分からないけど物凄く肩身が狭そうだ。てか今頃入寮て。俺みたいに青春したかった奴でも来るのかな。


「さあさあ、レッツゴーです!」

「ったく……ちゃんとナビしてくれよ?」

「りょーかいでーす!」


 まぁ、大まかな位置はスマホでわかるのだが。

 スクーターを走らせ、俺はその森山荘を目指すのだった。

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