第2話 模擬戦

「じゃあ行ってくるよ。二人共、また後で!」

 学校の休み時間。柳木和奏はそう言って、手を振りながら教室を出ていく。どうやら彼女は、女友達と図書室に行く予定があるらしい。

 俺は髪を靡かせながら小走りで駆けていく彼女の後ろ姿を見届けていると、同じく見届けていた宗田が呟く。

「やっぱり、可愛いよな……和奏って」

 目尻を下げ、惚れ惚れとしている彼を横目に、俺も思わず心の声を漏らす。

「……同意だ」

 セミロングの茶髪、それと同色だが透き通って色の淡い双眸、華奢な体型、鋭さなど無い柔らかい目付き。更に可憐さと、常に振る舞ってる愛嬌の良さも合わさって、柳木和奏という少女には魅力しかない。

 そのため、男が彼女に惹き付けられるのは必定と言える。

「お前、仲良いんだろ? どうなんだよ」

 いじるように言いながら、宗田は肘で俺をつつく。

「どうって言われても……ただの幼馴染の間柄だ。それ以上でもそれ以下でも無い」

「本当か〜?」

 訝しむ目を当てられるが、本当だとしか言えない。

「……宗田、お前の方はどうなんだ」

 特に意味を込めていない、軽い気持ちの質問だった。

「俺か? 俺は……正直、気になってはいるよ。和奏のことが」

「え?」

 身も蓋も無い、そんな言葉が返ってきて気抜けた声を漏らす。

「からかってるわけじゃないな……?」

「勿論。俺は真剣だよ」

 宗田が嘘をついてる雰囲気は微塵もない。

 友達に同級生への好意を示すとは、こんなにあっさりしたものなのかと、意外性に驚きを否応なく感じる。ただただ、宗田が珍しいタイプなのかだろうか……。

 ――今思い返すと彼は、和奏を前にした時どこか畏った態度になっていた。そこには恋心があり、彼女に良く見せようという思いがあったのだとすれば、合点がいく。

「なあ、紡紅。いいんだよな……?」

 俺の顔を伺いながらそう言う宗田。意図が分からず首を傾げると、彼は尻込みを体現しながら、俺の疑問に答える。

「えーと……その……先に、告白しちゃっていいんだよな……?」

「……何で俺に許可を求めるんだよ。自分の恋心なんだから、自由にするといい」

 無用な気遣いだと、俺は思った。

 ――しかし、言葉を発するのに若干の躊躇を覚えたのは確かで、何故か複雑な心境に陥っている自分が不思議だった。

「分かった。じゃあ、決めたよ。近々告白してみる」

 意気込む宗田を見ながら、俺は微笑を浮かべる。……正確には、苦笑いか。



 5時間目の授業。

 先生が高らかに声を張る。

「ではこれより、模擬戦を行う!」

 この高校では身を守る力を高めるため、定期的に訓練を実施する。今からやる模擬戦もその一環だ。

「今回は二対二の模擬戦だ。各自、思い思いに二人一組のチームを組め! 準備の出来たチームから模擬戦を行なっていくぞ」

 端的に先生が説明をする。

 現在このクラスの総数は8人であり、最大4つのチームが作られることになる。総当たりでも試合数は少なめで、過酷さの度合いは低く、それに安堵せざるを得ない。

 早速俺は、誰と組もうかと考えながら周囲を見回す。すると、何かを躊躇っている宗田の姿が目に留まった。

 直後、勇気を出したように彼は踏み出し、唇を動かす。

「な、なあ。わか――」

「紡紅! 良かったらチーム組まない?」

 和奏の背中に向かって声を掛けた宗田だったが、緊張のためか彼の声量は控えめで、その影響により意思は和奏の耳に届かなかった。

 そして宗田の言葉を遮る形で、和奏が俺にチームにならないかと提案してくる。

「俺はいいが……」

 歯切れ悪く言いながら、俺は宗田に目配せする。彼の意思を無視して、和奏と組むことなど出来ない。だが……。

「……」

 彼は遠慮するように頭を一度少し下げてから、無言で立ち去っていった。

「……どうしたの?」

 その宗田の哀愁漂う後ろ姿を和奏も視認し、何があったのかと尋ねてくる。

「……いや、俺にも分からない。後で聞いておく」

 当然、「実は宗田は和奏のことが好きで……」なんて語るわけにはいかない。俺は不自然に思われない程度に適当な言葉を並べてとぼける。

「じゃあ組むか、和奏」

 俺は場を凌ぐためにチームの話へと切り替えて、この二人で組むことを快諾する。

 ――宗田を心残りに思っている一面と、また別の一面を抱えながら。


 模擬戦一戦目。不運というべきか、対戦相手は宗田と同級生の男子――宇喜多悠人うきたゆうとのチームだった。気まずさを感じながら、俺は木刀を手に取る。

 ルールは魔法禁止で木刀だけの二対二。しかし例外として、物理耐性上昇の魔法のみ使用可能で、負傷の可能性を無くすため、必ず自らに付与しなければならない。

 そして勝利条件は、『実戦であれば、致命傷になるほどの一撃を与えること』だ。

「互いに準備はいいな?」

 審判を務める先生が目を配りながら確認する。

「「大丈夫です」」

 俺と宗田が同時に準備の完了を示す。

 肌で感じる、高まってく緊張感。それがピークに達したタイミングで――。

「――模擬戦、開始!」

 張られた先生の声が開始を告げた。

 俺は早々、宇喜多悠人の方に向かって駆ける。彼はスナイパーを使った遠距離攻撃が得意な人物だが、反面、近接攻撃は苦手。

 だからこそ、彼との接近戦に臨む。早急に宇喜多を仕留めることで、二対一の人数有利を生み出す算段だ。

「――!」

 苦手な部分を突かれたことに焦燥感を露わにする宇喜田の様子が、戦闘で重要な、『敵の嫌がることをする』の達成を示していた。

 そして、俺は木刀を翳す。耳を掠める風の音。空に散る蹴り出された土壌。その全てが俺の猛然とした勢いを物語る。

 全力を注いだ一刀。前のめりな勢いの乗った一刀。

 振り下ろすと同時に、鈍く重々しい音が腕の骨を通って響いた。

「っ……」

 歯を食いしばる宇喜多。彼は咄嗟に、木刀を頭の前に掲げて斬撃を受けたのだ。

 ――だが、簡単に防げるほど軽い斬撃ではない。

 苛烈さ滲む凄まじい力の籠もった木刀は、一瞬にして宇喜多の防御の構えを崩す。俺は、そのまま滑らかな動きで横切り。

 微塵の無駄もなく放たれたそれは、空を切って鳴る薄く細い囁きと共に、衝撃。

「……くそっ……!」

 俺の木刀は宇喜多の胸付近に命中。斬撃を受けた彼は悔しさを漏らしながら、力無く地面に片膝をつき、胸を押さえている。

 物理耐性上昇を各々が自身に付与しているとはいえ、痛みは感じるのだ。

「宇喜多悠斗は脱落だ。下がって休息を取れ」

 実戦であれば致命傷になるほどの攻撃を受けたため、先生が言うように宇喜多は脱落。つまり、必然的に訪れたのは二対一の状況。

 言うまでも無く人数有利であり、勝利まであと一人。

 木刀を横に振った勢いの残滓がまだ残っている中、次の行動を定めてから宗田のいた方向に目を向ける。――その刹那。

 眼前に宗田の姿。

 宇喜多を倒し自惚れていた俺の、完全なる予想外。

 真剣さに満ちた宗田の目に射抜かれながら、彼の手元に視点を落とすと今にも振られそうな木刀。剣呑を纏った木刀。

「――っ‼️」

 すぐに対応しようと意思を向けるが、残る横切りの勢いの残滓が、腕の反応を一瞬だけ鈍らせる。この状況からだと、俺と宗田どちらの方が先に木刀を振れるのか、その答えは明白だった。

 半分宗田への感嘆。半分諦め。後は和奏に託そう、と考えていた。

 だが、俺達の間に一つの影が割って入る。

「和奏……!」

 直後、少女――和奏の苦鳴。宗田の振った木刀は和奏を叩く。

 突然の出来事だったため、思わず彼女の名を呼び、言葉を続けようともしたが……分かっている。そんな暇はない。

 彼女の意図は明らか。俺のだ。そして、一度大きく木刀を振り切ったことで宗田には隙が生まれた。

 今、和奏から俺に与えられた役割は、その隙を突き勝利を得ること。彼女の身を賭した行動を無駄にするわけにはいかない。

 弱々しく倒れていく和奏を横目に、俺は標的を見据え踏み込む。

 一刀。

「――朽見宗田、脱落。よってこの模擬戦は、平野紡紅と柳木和奏の勝利だ」

 先生の告げる、俺達の勝利に、和奏は痛みを噛み締めながらも喜びを露わにした。

「やったね。紡紅」


 





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