終末世界の被害者へ

楠木の雛

第1話 終末世界

「さようなら」

 凛然とした風で背負った罪がそよぐ中、冷たさのある声色が荒廃した無機質なビル群に響き渡る。

 気分と相反する蒼穹。それが嫌に障った。

「……何で毎回、別れを言うの?」

 幼なじみであり、戦友の柳木和奏やなぎわかなは首を傾げる。

「ええと……別れの言葉を言わないと、失礼かなって」

 硝煙昇る拳銃をしまいながら、俺、平野紡紅ひらのつむぐは力無く倒れている骸に視点を落とす。

 見るも無惨な骸から伸びる赤黒い影は鉄錆臭く、鼻腔に不快感を与えてくる。

「失礼? 何それ」

 呆れ交じりに軽く笑う和奏。こんな惨たらしい光景とは対照的に、華やかで美しい表情だった。

「って早く行くよ! 遅れちゃう!」

 コンパクトな腕時計で時間を確認した和奏は慌てた様子を見せる。

 このままだと、また彼女と一緒に遅刻だ。

「急ぐか」

 今は登校の最中。こんなことなんて忘れて、高校生活に戻ろう。



20XX年。

「お、おい紡紅つむぐ。それ⋯⋯またに会ったのか?」

 同級生の男子高校生、朽見宗田くちみそうたが俺の服に少し付着した返り血を見て驚愕する。

 特級犯罪者とはの概念が突如生まれたこの世界で、その魔力を駆使して暴力で反政府的活動をする者を指す単語だ。

 俺は宗田の問いに頷く。

「ああ。和奏と一緒に登校している最中にな。襲ってきたから、返り討ちにした」

「凄っ! 流石、お前は相変わらず強いな」

「こんな世の中だからな。身を守るため、鍛錬を必死で積んだ成果が出てるよ」

 おもむろに教室の窓から外を眺めると、目に映る崩壊した幾つかの家。その家々全てが悲しげで、こちらに沈痛な面持ちを促してくる。

「まさに、終末って感じ。……昔は、平和な日常、光景が広がってたらしいのに」

 俺と同様に情景を眺めていた宗田はそう呟き、言葉を続ける。

「……三十年前、魔力が生まれた当時の人々の多くは魔法を使えることを喜んでたようなのに、そこから悲劇が続いてこんな現状。一変して今では魔法を憎む人ばかりだ」

「……お前は、魔法が好きなのか?」

 宗田が、魔法が嫌われる現在を嘆いてるように見え、そんな問いを投げ掛ける。

「そんなんじゃねーよ。……ただ、昔と今の対比を見て、何でこんなことになったのかを疑問に感じただけ。魔法を上手く使えば未来を豊かに出来たのに何で……って」

 間違った選択をした歴史を顧みた時に抱く自然な感情――選択への疑問を、宗田は抱いていた。

「目先の欲に勝てなかったんだ、人間は」

 人間が魔法を使用可能になる――それは全ての人が強力な殺傷手段を手にしたことを意味しており、自らの欲や思想の実現のため、他人の危険を鑑みず、魔法を悪用する者が出てくるのは必定だった。

 そうして犯罪が多発した結果がこの終末世界。今の世界は、人間の愚かな部分を如実に映し出していると言えるだろう。

「授業を始めるぞー、全員席につけー」

 総勢八人しかいないクラス。無機質な教室に先生の呼び掛けが響いた。それを聞いて、俺達は忙しなく席に着く。

 いつもと変わらない、日常の一幕。俺は先生の話に傾聴するのだった。



 学校からの帰路。家に向かって歩を進める。

 俺達の住むこの地区は、日本政府直轄の保護区域。そのおかげで一部の市民は家に居住することができている。俺、平野紡紅も含めて。

 また、自衛隊や警察、自警団などが駐屯してる甲斐もあり犯罪率は低い。だが、三十年前と比較すると犯罪率は異常なほど高水準なのは明白で、自衛隊などがいても全ての事件に対処するのは不可能な現状が続いている。

 つまり、事件の発生数と頻度に、政府の対応が追い付いていないのだ。

 それを、ひび割れた道路、無情にも瓦礫と化した家々、静寂な街が物語っている。

 ――だからこそ俺がやるしかない。自分達の身は自分達で守らなければならない。

「ねえ、少しいいかな……?」

 怪しいさ漂う小太りの中年男性が、俺の隣を歩いていた柳木和奏に声を掛ける。

「……何ですか?」

 それに対し和奏は身構える。犯罪に巻き込まれることが日常茶飯事な世の中、当然人の警戒心は高い。

「まあまあ。そんな身構えないでさ、大人しく僕に付いて来てよ。痛い目には遭いたくないでしょ?」

 中年の男の脅迫じみた言葉には、彼の意図が如実に表れている。

「お引き取りください」

 臆せず和奏の前に出て、俺は毅然と言い放つ。

「……君、邪魔だよ? 僕らの空間に入って来ないでもらえるかな?」

「それ、こっちのセリフだから」

 和奏も反抗的な一言を飛ばす。俺と同様に、彼女は余裕を見せていた。

「君達は身の程を知らないみたいだね。――しょうが無い。少しだけ痛い目に遭ってもらうよ。……あ、男の方は殺すからね」

 物騒な文言と共に、中年の男は懐から拳銃を取り出す。

 あれは三十年以上前の代物とは違って、魔法を弾として発射する銃。発射する魔法の最大威力や特性は、使用者の実力と意思によって変化する。

 現代で最も跋扈ばっこしている武器の種類だ。

「じゃあね」

 そして俺に向けられる銃口。相手に殺意があることは明らか。

 この瞬間、条件は達成した。

 『自衛のためであれば、自身に明確な殺意を先に向けて来た相手の殺害を容認する』――これは、大量に発生する事件全てに対処できない日本政府が、数年前に最終手段として制定した法律。正当防衛として認められる幅が大きく広がったような感じだ。

 殺害が認められる状態になった俺は、腰に携えられていた拳銃を取り出す。

「っ!」

 高校生が銃を所持している、その事実に中年の男は驚愕した様子。反撃されることが脳裏によぎったのか、彼はすぐに銃の引き金を引く。

 それを視認した直後、俺は反射神経を活かして悠々と横飛び。

 流れ弾が和奏に当たってしまう可能性があるものの、彼女は相当な実力者。素人が放った弾程度、容易に躱せると断定して俺は回避行動を実行した。

 魔法弾を横目に、俺は拳銃を握る右手に魔力を集中させる。そして、中年の男に向けられる銃口。顔色を青くしていく彼にお構いなしで指に力を入れる。

「さようなら」

 呟いた直後、引かれたトリガー。重厚感ある発砲音が轟く。

 打ち出される、糸のように細く鋭い紅の光線。目にも止まらぬ速さのそれは、空を切りながら一直線に進んでいき――相手の胸を貫いた。

「な……な、んで……」

 ここまで僅かな時間の出来事。明瞭に、困惑を言葉と表情に浮かべた中年の男は、『高校生に容易く殺された』という事実を噛み締めながら、呻き声を抱えて自らの血の海へと沈んでいった。

 その光景を見届けた後に、流れ弾を余裕で躱していた和奏は口を開く。

「やるね、紡紅。……流石、将来の『日本政府魔導特殊部隊』」

 俺が加入を希望している、数年前に発足されたばかりの日本政府直属の部隊名。

 無法地帯が広がって、国内が分断された状態になっている日本の統一を掲げて、この終末世界の水面下で活動する部隊だ。

「紡紅の実力だと、即戦力になれるだろうね」

「それはどうだろうな。噂によると、あの部隊には選りすぐりの精鋭しかいないみたいだから」

 日本政府が命運を託しているような部隊なのだ。規格外の実力を持つ者が、星の数ほどいることだろう。

「……そう言えば、和奏は高校を卒業した後どうするんだ? そろそろ、先のことを具体的に考えないといけない時期だろ」

 和奏を含めた俺達は高校三年生になってから、既に5ヶ月が経過していた。

「う……」

 聞かないで欲しかったと言いたげな和奏の表情。

「ま、まあいつか決めるよ」

「それ、過去に数十回は聞いたぞ」

 聞き慣れすぎた和奏のワード。俺の方まで彼女の将来を憂いてしまう。

「……じゃあ、俺と一緒に『日本政府魔導特殊部隊』の加入を目指さないか? 実力のあるお前の方こそ、即戦力になれるはずだ」

「加入すれば当然、命の危険が伴う幾つもの困難に向き合うことになる。……決心がつかないよ」

 提案をしてみたが、和奏は首を縦に振らなかった。

「それに、私は紡紅みたいに心が強いわけでも、志を持っているわけでも無いしさ」

 部隊に入り、日本統一のために活動する――それは必然的に、各地で跋扈ばっこする悪党や反政府勢力などと相克することを意味しており、その分だけ危険が伴う。

 加入を目指す決断を下すのに和奏が躊躇するのは仕方ないことだろう。

「鍛錬を積んでこの実力を手に入れたのも、自分の身を守るため。それ以上でも、それ以下でも無い。――私って、案外臆病だから」

 終末世界で過ごす者の大半は今を生きるので必死で、将来など考える余裕が無いことを、象徴するような和奏の言葉だった。

 ――既に日暮れの時間。哀愁漂う夕焼けが彩り、淡い光が差し込む静謐な場。

 照らす光によって生じた明るさと影が上手く共存して、幾分か可憐さが増した和奏は上目遣いをしながら、俺に向かって神妙な声色を発する。

「だからこそ、頼りにしてるよ。――紡紅」

 

 

 


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