第5話ー② 隣人の事をよく知り、助け合いましょう
本当にあの方は凄い人だ…。何も言っていないのに私の心なんてお見通しだと言わんばかりに、言葉をかけてくださる。
神様そのものより、実際に姿を見せてくださるだけより神々しく感じさせる。
ユモン様がテントを出て行ってから数分後、二人の人が入って来た。
ジュールとエドワードさんだ。
あの時離れてからずっと心配していたけれど、二人とも大きな怪我は無さそうだ。
顔とか腕に少し治療の後が見れるが、歩いたりしている所を見れて安心安心。
「アン…よかった…意識が戻って…」
「ああ、一時はどうなるかとジュールと共に不安に思っていたよ」
ジュールとエドワードさんが口々に言う。かなり心配させてしまったみたいだ。
ほほう…そう言われるって事は、大熊討伐からしばらく経ってるのかな?
どれくらい寝ていたんだろう…。
「ねえ、ジュール。私ってどれくらい意識がなかったの?」
「一週間だ。今日は六月八日、大熊が村を襲ってからちょうど一週間だ」
一週間…そりゃあ、二人に心配させますわ。
「心配させちゃってごめんね…」
私がそう言うと、ジュールはキリっと真面目な表情のまま口を開いた。
「謝るべきは俺のほうだ。あの日あの時…俺が村の外でしっかり倒せていれば居住区の方に逃げ込む事は無かったんだ!…俺が未熟だったせいで…アンにこんな大怪我を負わせてしまったっ…!」
ジュールは血管が浮き出て手の平から血が滲むほど力強く拳を握りしめていた。
「ジュールのせいじゃないよ、私がもっと上手く皆を避難に誘導させられれば良かったんだから…」
本当は彼の手を握ってあげたかったが、まだ体を動かしても痛くなるので微笑みでジュールに責任を感じる事はないと伝える。
多分伝わるだろう。
「ほら言っただろう、ジュール。君はずっと許されないなどと言っていたが、アンが君を責めるわけがないと」
エドワードさんはポンポンとリズム良くジュールの背中を叩いた。
そんな事言っていたのか、責任感があるのは良いんだけれど自分を責めすぎるのは……私が許さないとか勝手に考えちゃってもー……ま、それは私も同じかな…。
おばさんたちの死を私は自分の責任だって感じている。ユモン様は自分を責めるなとおっしゃられていたけれど、私の責任じゃないとは言われなかった。
つまりそういう事だ。
二人して重く考えすぎって事なんだ。
「私もジュールも、まだまだ未熟なんだよ。前世の記憶があっても無くても今の自分ができる事をこれからゆっくり理解していくんだよ。きっと」
何とか励ましの言葉をジュールにかける。これは私自身にも言っている事だ。
ジュールは「そう…だな…」と小さく呟いた。
その拳に込められていた力は抜けていた。
「じゃ、僕はこれで失礼するよ。アンの元気な顔を見れたしね」
エドワードさんはニッと笑って、軽く手を振りテントを出ていった。
「あ、さようなら~」
…なんかあっさりしてたな…。
そういえば、エドワードさんの悩みだった、お姉さんの補佐に就きたいって夢…どうなったんだろう。大熊の討伐に参加していたなら、結構な武功だと思うんだけど。
「…エドワードは別の街に行って分家を増やす事にしたそうだ」
私の心を読んだのか、今まさに気になっていた疑問をジュールが教えてくれた。
「そうだったんだ…何か心変わりするきっかけってあったの?」
「大熊との戦いで自分の実力の天井を見てしまったと言っていたな。どうやら自分ではそれほど強くなれないと思ってしまったらしい。彼の思う姉の補佐というのは分家を作る事で出来るかもしれないと言ってもいたから、自分なりの答えを見つけたんじゃないか?」
お姉さんの役に立ちたいというのが、ざっくりと戦うという事だったエドワードさんがあれだけ落ち込んでいた分家で血脈を広げるという方に明確な道を見出したんだな。私にはわからないけれど、きっとエドワードさんの事だ。沢山考えて出した結論なんだろう。
「それでだな…アン…」
ジュールが椅子に座りながら、手をモジモジとさせながら何やら優柔不断になって何かを迷っている様子だった。
「どしたの?」
なんかすっごく軽く聞いてしまった気がする…。
「君が目を覚ました時…伝えようと思っていた事があるんだ」
ほほう…勿体ぶるなぁ。
なんだろ……あ、もしかして…ジュールの前世の事かな…?
「まあ、察しているだろうが…俺の前世の事だ。あの大熊にも関する事でな」
大熊も関する…ジュールの前世……それって!
「もしかして、フィーユさんの事も…?」
「よく覚えてたな…ああそうだ。フィーユの事も含めた事だ」
ジュールはコホンと咳払いをして、重々しく語り出した。
「スウド暦と言うもう古すぎて忘れられた暦の時代で、俺はオファーレの魔法師による警備会社に所属していて、依頼でグリシーヌ村という所で香辛料の研究をしている人を警護していたんだ。前世の名前はイディオと言った」
イディオ…ほほう、どっかで聞いた事がある気がする…。
「当時香辛料は貴重だったんだ。他国へ輸出するためのいい商品で、自国でも使いたいから効率良く沢山生産したかった。俺は国からその研究を専任された婚約者のフィーユの補佐としてその村に滞在していた」
「専任…フィーユさんって凄い研究者さんだったの?」
「ん?まぁ、そうだな。植物学の権威の孫娘でな、その知識を幼い頃から吸収し続けた物凄い女性だった…俺にはもったいないくらい偉大な人だったよ…」
「そうだったんだ……」
植物学の権威の孫娘で、国から専任されるくらいの頭脳の持ち主…いやー私もそんな生まれならよかったなぁ…。今の生まれに不満はないけれど。
「グリシーヌ村というオファーレの東の端にあった村で研究をしていたんだが、そこはアンブラという隣国との国境沿いの村でな。研究にいい環境がそこの村にしかなかったとはいえ、中々危険な場所だったのはわかっていたんだ」
国境沿いか…神話にもそんな感じの事が書いてあったな…。
「フィーユは主に胡椒の育成の促進の研究をしていて、より早くより多くの実を作れる品種を作る事を目的としていた。フィーユ自身はやりがいがあるとか言って楽しんで研究していたよ」
貿易で主戦力になる香辛料…それも胡椒を指定されて研究するって事は、三百年前の世界じゃ胡椒は貴重だったのかな…。まあ今の時代でもそんなに贅沢に使える物じゃないけれど…。
「フィーユにはな、手で触れた物体の魔力の流れを加速させるという力があったんだ」
なんか凄い事をサラッと言われた気がする。
…魔力の流れを加速させる手?
私の真逆じゃない!!!
「ね、ねえそれって」
「ああ、アン。君とは違うが彼女もそういう力を持っていた。だから初めて君にその力の事を聞かされた時…もしかしたら君は彼女の生まれ変わりなのかもしれないと思ったんだが…」
思ったんだが…??
「どうにもわからないな!もしかしたら、生まれ変わりなのかもしれないが、案外手の平に不思議な力を持って生まれる人というのは数百年単位で断続的に生まれるのかもしれないしな!」
笑いながら頭を掻くジュール。
まあ、そっか。一瞬私もフィーユさんって私の前世では!?とか思っちゃったけど、ジュールみたいに前世の記憶があるわけでもないし、何なら今のジュールに懐かしさみたいのも感じないって事は、絶対とは言い切れずとも、生まれ変わりです!とも言えないんだな…。
「君がフィーユの生まれ変わりかなんてどうでもいいんだ。君は君で、今の世で俺にとって守りたい大切な友人なんだから…」
「ジューちゃん…」
私がそう言うと、ジュールは吹き出して笑い始めた。
「な、なんだそれ…あははっ!」
「なんだそれって、マジョールさんがアンタの事をそう呼んでたのよ」
これは忘れてしまっている部類の記憶の様だ。
「そ、そうだったけか…コホン!えーと、話を戻すが、その魔力の流れを加速させる力を使って、どうにか新しい品種が生み出せないか研究をしていたってわけだ」
あら、あっさり話が戻りましてよ。
でも加速させるって便利そう…少なくとも流れを止めるよりはね。
「だがある時グリシーヌ村の近くにアンブラが国軍を配置し始めたんだ。しかもかなりの数で、どっからどう見ても威圧的な行為だった」
雲行きが怪しくなってきた。
でもあれなんだ、ユモン様とのところで聞いた話で出てきた燃料…つまりエネルギーの取り合いって要素が今の所出てこないあたり、あれは後世に伝わるまでに変わっちゃった要素なのかもしれないなぁ。
「流石にすぐにオファーレの上層部に伝わってな、刺激しないように軍ではなく俺の所属していた警備会社の人間が主導でグリシーヌ村の村民は迅速に避難させられた。だがフィーユは避難を拒否したんだ」
「え、ど…どうして?」
「フィーユ曰く研究の成果があと少しで出そうだった…というのと、子熊が心配だから…だったそうだ」
子熊……?あ、子熊って!
「それってもしかして、先週退治した…」
「ああ、大熊の昔の姿…まだ普通の動物だった頃だ。その子熊は両親を亡くしていてな、村民たちが親代わりとなって世話をしていたんだ、フィーユも村に来てから一緒に世話をしていた。村の人も心配はしていたが、背に腹は代えられぬと言って渋々避難したんだが、フィーユは最後まで聞かなかった」
「そうだったんだ…じゃ、じゃあジュール……っていうかイディオさんも残ったの?」
「ああ、勿論。俺の仕事はフィーユの護衛だったからな、それは変らなかった」
婚約者だもんねぇ。そら傍にいたいですわ。
「さて、ここでとてもややこしくなる情報を出す」
「あ、はい」
「アンブラ軍にはフィーユの恋人がいたんだ」
「はい?」
ど、ど、ど、どゆこと??
ジュールことイディオの婚約者がフィーユさんだけど、アンブラ軍に恋人がいて……??
「つまり…フィーユさんの浮気か、イディオさんが略奪したか…って事!?」
私がハッとした表情で驚くと、ジュールはハハハと笑ってまた話し始めた。
「正解はもう少し単純さ。俺とフィーユは幼馴染で家ぐるみで仲が良くてな、親が決めてしまった婚約だったんだ。だがフィーユは植物学の勉強をしていた時期に別の国に留学で行った先で出会ったアンブラ軍将校の男性と恋仲になったって事さ。俺が婚約者のままだったのは特に気になる女性とかいなかったから、二人の関係を守るために婚約者の立場でフィーユを守っていたんだ」
……ややこしさは変わってなくない?
つまりは、友だちとして仲良かったフィーユさんとイディオ(ジュール)さん、恋人として想い合っていたのはフィーユさんと将校さん…。
イディオさんはフィーユさんに恋心は持ってなかったから、別にその二人の関係を気にすることなく、なんならフィーユさんを悪い虫から守るために婚約者の立場を使っていた…と。
いや、ややこしいって!!何にも単純になってないって!!
「ま、とにかくだ。そのフィーユの恋人の将校は、グリシーヌ村の国境沿いに配置された部隊に所属していたらしくな、フィーユもどうにか軍を下げられないのか、毎夜、俺を含めた三人で相談していたんだ」
「あ、あの…フィーユさんの恋人のお名前は…」
私がどうしても気になった事を質問してみると、ジュールは少し俯き、「思い出せないんだ…どうしてかわからないが、全く…。顔はすぐに思い出せるのに…」と答えてくれた。
思い出せないんだ…じゃあ前世の記憶全てが今のジュールにあるわけじゃないって事なんだ…。
それって今の記憶と前世の記憶が混ざりそうで、怖いな。なんだか気持ち悪くなりそう。
「その毎晩やっていた相談がアンブラ軍にバレてしまって、将校がこのままだと処刑される可能性が出てきてしまったんだ。フィーユはそれをどうにか説得しようと、国境沿いのアンブラ軍の所まで行った。俺が生きたフィーユを見たのはそれが最後の光景だった」
「えっ…」
「護衛だった俺は何をしていたんだと思うだろう?フィーユは俺に睡眠薬を盛ってな、俺はぐっすり寝てたんだ。そしてフィーユはそれから三日以上経っても帰っては来なかった…だが、フィーユがいなくなってから五日後に子熊が村の方にやって来た。この時には村には俺しか人はいなかったから子熊の鳴き声が聞こえた時には、大急ぎで木の実とかを持って行ったんだ。…今思えば寂しかったんだろうな俺、五日も一人で過ごしていたわけだし」
子熊が村に訪れて、フィーユさんが行方不明。
…これは大熊のリボンの話をしてくれた時に聞いた話がそろそろくるかな…。
「木の実を持って行った俺は驚いたよ、子熊の腕に…見知った人間の首が括りつけられていたんだからな…そうだ、フィーユの首が括りつけられていたんだ。首を子熊から取って、子熊の怪我を治療した後は、体はどこだと探した…そうしたらフィーユの恋人だった将校がボロボロな姿で森にいたんだ。フィーユの服を着た首のない遺体を抱えてもいた。俺が、何があったんだと聞くと、フィーユは将校をかばって処刑されたという話だった」
アンブラ軍は将校さんが裏切って敵国であるオファーレに情報を流していると思って罰しようとしたら、フィーユさんがそれに異議を唱え罪をかばった。
さらにフィーユさんの両手の力を知ったアンブラ軍は、その力をアンブラのために使うなら、無罪放免でいいと言われたがフィーユさんはそれを断った。
そのために首を切られるという、当時オファーレの国教における一番の罰を与えたとの事…らしい。
なんて身勝手な話だ。なんて後世の私は思うけれど…将校さんの行動もそう見られてもおかしくはないし、そもそもフィーユさんが庇いに行った時点で裏切っていたと確信されていたのかもしれない。
そう思うとアンブラ軍側の判断は、理にかなっていたのかもしれない。
「俺はな、その話を聞いてどうしたと思う?」
「え、えっと…将校さんを逃がして、フィーユさんを埋葬した…?」
私がそう言うと、ジュール…いや、違う。今の彼はイディオさんだ。自嘲気味に笑った表情は今までのジュールには見られなかった表情だった。
「俺はその将校を殺したんだ。何で…何で守ってやれなかったんだって…」
「え…」
「今思えば気が動転していた。幼馴染が首だけになって帰って来た事、彼女が自信を危険に身を置いていても心配していた子熊に彼女の首を結ばれていた事…様々な認めたくない現実を目の前にして、俺は本能に従うただの獣の様に、目の前にいた将校を殺してしまった…そしてその遺体は森に置いたまま…フィーユの遺体を持ち帰ったんだ。そしてフィーユの首と揃えて、村の近くの人にあまり知られていない洞窟に彼女を埋葬したんだ。だが偶然にもそこは国境で左右で別の国になる洞窟で、おれは彼女の墓が国境にまたがる様に埋葬したんだ」
「なんで?」
「自己満足さ。将校を殺してから埋葬するまでに少し冷静になっていたのかもしれないな。だが俺が森に放置していた将校が問題になってな…」
「問題…?」
「ああ、アンブラからしては軍紀を犯したとはいえ、自国の国民が敵国の森で死んでいた。しかもその国は村がある国境沿いに軍を敷く国だ。どうなるかは…まあわかるだろ」
「…それって…戦争…?」
「ああ、そうだ。これが原因で戦争になった。現状における人類最後の戦争のきっかけを…火種を作ったのは、俺だったんだ…」
そうだったんだ…でもイディオさんの事を誰が責められるのだろう。
愛はなくとも婚約者で、仲の良い友人がいい死に方をしなかった。しかも宗教的に最も残虐な殺され方をしていて…そんな彼が、怒り狂う事に誰が愚かだと言えるのだろう。
「戦争になってからは魔法師団に所属し、色々とあったが…一つ大きな出来事があった。これが戦争を激化させ、長期化させたんだが…これも俺が原因でな」
「大きな出来事……ユモン様がおっしゃっていた新しい燃料の発見とか?」
「あれはそうだな…間違いではないんだが…正解とも言い辛い。正しくは魔力ではないエネルギーが発見されたんだ」
それは新しい燃料の事で合っているのでは…?
「ただそれを使って何か物を動かしたりとか、凄い威力の魔法を使えたとかではないんだ」
「だから、正解とも言い辛いって事?」
「ああ、それは魔力の流れを加速させる土だったんだ。とある国境沿いの洞窟で見つかってな…」
「え、ええ、それって」
思わず体を動かしそうになってしまった。
で、でもそれって、その力って、フィーユさんの…。
「そうだ。フィーユの手に宿っていた力だった。最初は領土の奪い合いだった戦争が、いつからかこの新たな資源を奪い合う戦争に変わってしまった。さらにこの頃にあの子熊が森から姿を消したんだ。あの時は戦争の最中だったから、どこかで命を落としたとでも思っていたんだが、まさかずっと生きていたとはな…」
過去の話をするジュールはとても悲しそうで、寂しそうな表情を浮かべている。
もしかしたら亡くなって前世の記憶が蘇ってからずっと…自分の責任だと思っているのかもしれない。
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