第5話ー① 隣人の事をよく知り、助け合いましょう
その日はジュールが変なことを言い出した。
「…ぼ、ボク…アンちゃんと…もっと一緒に遊びたい……」
これから遊ぼうというのに、どうしたのかな?
それに、普段から結構一緒に遊んでいると思うんだけど…一体どうしたのだろうか。
「母さんが言ってたんだ…いつも誰かが遊ぼうって誘ってくれるのを待つんじゃないくて…ジューちゃん…じゃなかった…自分から誘いに行くのも……だ、大事だって…」
マジョールさんに言われたから、それを実践しようとしているのか。
それにしてたって、毎日ではないにしろ週に二、三度程度遊ぶ私なんかより、もっと普段遊ばない人を誘ってみたらいいものを…なんで私なんだろ。
ジュールは俯き特徴的な光を反射しない緑色の髪で表情は見えず、両手の胸元に持ってきてモジモジさせている。
なんだろう。こんなジュール久しぶりに見た気がする。
だって、ジュールは…あれ?
ジュールって白髪じゃなかったっけ?
こんなに、自身無さげだったっけ…?
「あ、アンちゃん…?」
私の事、アンちゃんって呼んでたっけ…?
◇
鋭い痛みで、私は目を覚ました。
全身が痛い。何か懐かしい夢を見ていた気がするけど、そんなの気にならないくらいに、ものすっごく痛い。何とか動く眼球を頼りに、今自分がどこにいるのかわかりそうな目印を探す。
だが、どうやらここはテントの様な建物で、私が知っているような場所ではなかった。
……私は今どこにいるんだろう。私が持っている最後の記憶は…そうだ!ノワイエたちを逃がして、自分も逃げようとしたところだ。
…その後どうなったんだっけ…って大熊は!?大熊はどうなったの!!
外から漏れ聞こえてくる声でどうにか状況が分からないかな?
もしかしたらここは船で逃げ出した先の新天地か、私は別の集落に保護されているのか…。
むむむ…「おーい、次の船が来るぞー!」…おや、ここは漁港かな?
それに今の声聞き覚えがある…お父さんの部下の人じゃなかったかな?
……もしかしたら、大熊は退治されたのだろうか。
誰かー!教えてー!
あだだだ!体を少し動かしてしまった。まだ痛みが全身に広がる。
少しでも動かすとすぐに激痛が走るのは辛いけど、身体の何処も欠けていないって事だと思えば嬉しいもんだ。
外からの声でもよく今自分が置かれた状況が分からないため、もう諦めて天井を見つめていると、足元の方から声が聞こえてきた。
もしかして、検診とかの時間かな!
「おおーい!起きましたー!」
…なんか違う気もするけれど、私は思い切り声を出した。
声を出す分には、あまり体は痛まなかったので、ドンドン出した。
「ん、おお!誰か!誰か来てくれぇ!アンちゃんが目を覚ましてるぞぉ!!」
テントの幕をチラッと開けた男性が私の大声を確認した後、すぐに誰かを呼びに行った。
お医者さんかなと思ったが、次に入ってきた人はユモン様だった。
「ゆ、ユモン様!?ど、どど、どうしてこんなところに!?」
驚き過ぎてまた大声をあげてしまった。
「あのような事があったのですから。私だって祈りのためにも治療のためにも赴きますとも。私が担当している村なんですから」
とても素敵な笑顔で答えてくれた。ああ、この人の声を聞くと心が落ち着く…。
ユモン様は私の手に布を被せ、ほんの少しだけ紐を使って今寝ているベッドから手を離れさせた。
これから治癒魔法がかけられるのだ。
ベッドに魔法陣が一つ展開される。ユモン様の魔法陣が発する光は淡い緑色で疲れた心も一緒に癒されていく。
展開された魔法陣から、さらに小さな魔法陣がいくつも展開され私の身体を細かく刻む様な形で配置された。ちゃんと手の方には触れないように魔法陣が配置されている辺り、私の両手は本当に面倒なんだなぁって思わざるを得ない。
「ごめんね。怖いかもしれないが、大丈夫ですからね」
そうユモン様はおっしゃってから、私の身体に治癒魔法を使ってくれた。
治癒魔法が私の身体を巡っていく。なんだか暖かい日の光を浴びているようだ。
内側からも外側からも、ジワジワと癒されていく。
そうして実に三十分間、治癒魔法をかけ続けられた。
ユモン様の魔力…すごいんだなぁ…流石神官様だ…。
私への治癒魔法がかけ終わると、ジュールたちが来るまでの間に、何があったのか、私の身体の状況などを教えてくれると言ってくださり、近場にあった椅子にユモン様はお座りになられ、ベッドの脇からお話になられた。
「アン君のお身体は全身の骨が折れていて、出血も大量。治癒魔法を施しましたがしばらくは動かないでくださいね」
「あ、はい」
全身骨折で大量出血…よく生きてたな私…。
「壁に打ち付けられたと聞いた時は焦りましたよ…ただ偶然魔法を纏った大熊の右腕が貴方に当たる前に貴方の手に魔法部分が触れて直撃を避けられ、かつ腕を振るったことによる風で吹き飛ばされたので、殴り飛ばされるよりも怪我が少なく済んだ…と言う幸運が貴方に味方しました。やはり貴方の手は神からの贈り物ですね」
ニコニコと笑顔で教えてくださる。
そっか、私が火で目を攻撃したから暴れちゃって、大熊に吹き飛ばされたんだ。
見えてないところから攻撃されたもんだから、一体自分に何が起きたのかなんて全然わからなかった。
「あ、あの…大熊はどうなりましたか?」
「大熊は無事、退治されたよ。どうやらジュール君の立てていた仮説通り呪いによって変容してしまった熊だった様ですよ」
呪い…やっぱりジュールの前世に関係する熊だったんだ…。
「王都の魔術師や呪術師の検証によると、女性と熊の強い念からああなってしまった様でね。二人の魂が健やかに天に昇る事を祈らせていただいたよ…」
女性と熊……女性はきっとフィーユさんなんだろう。
熊にはフィーユさんの首が括りつけられていたってジュールは言っていたし、その時に、仲の良かったフィーユさんを殺されてしまった熊の怒りと、恐らく死ぬ直前に感じた怒りや悲しみの強い感情が首に宿ってしまったんだろう。
まあ推測でしかないけれど、もしそうなら寂しいし悲しいよね。
「では、村の状況ですが…居住区は大熊が外壁を大きく破壊した事で、多くの家屋が破壊されて、八十パーセントの建物が壊されたようでね、今はかなり急ピッチで再建を進められているよ。ただ少なくない人数の人が無くなってしまってね、墓地もそうだけど、慰霊碑を作るかどうかで、少し村の上層部がもめているらしい…嘆かわしい事ですね…」
おばさんも、それ以外の人もあの時……私がもっと上手く説得できていたら結果は違ったんだろうか…。
もう過ぎてしまった事を悔やんでも仕方がないかもしれない…。ただ、もしもを考えずにはいられない。
だって…おばさんの作ったクッキー、物心ついた時から貰ってて…好きだったんだもの…。ここ最近は貰ってなかったけど…ああ……寂しいな…。
「おや、テントの外からジュール君の声が聞こえてきますね。では私はここらでお暇致します」
ユモン様は、スッと綺麗な姿勢で立ち上がり、椅子は今ある場所に置いておくとおっしゃった。
そして去り際に、「アン君、あまり自分を責めてはいけませんよ?貴方は十分、できる事をしたのですから…」とおっしゃり、テントから去っていかれた。
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