第4話ー④ 自らの責任についてよく考えなさい

 行きかう人の波を掻き分けて、声を張り上げて避難誘導している警備兵の人の元になんとか辿り着いた。

 「す、すいません!みんなどこに避難しているんですか!」

 手伝うならまずそれを知っておかなきゃいけない。

 警備兵さんは、「沿岸部だ!海には村の人が皆乗れる船があるから、いざという時の脱出が可能なんだ!」と教えてくれた。

 そういえば父が言っていたな。村の人全員を乗せて別の場所に逃げるための大きな船があるって。漁師仕事の他にそれの管理の仕事もしていると言っていた。

 本当にあるんだ!話でしか聞かず、結局見たことは無いけれど、父は嘘が嫌いな人だからこういう時に全幅の信頼寄せられる!ありがとうお父さん!

 「ほら、君も早く逃げて!謎の獣の大声が聞こえたんだ!っていうか君も聞いただろう!」

 何ならその獣の目の前からここまで走ってきました!!

 とにかく門番さんたちに避難を手伝えと言われているから、警備兵さんを混乱させないように伝えなきゃ!

 「私は西門の門番さんから避難を手伝うように言われてきました!お願いします、手伝わせてください!」

 端的に言ってしまった。大熊の事は、下手に言って周りに聞こえたら更なるパニックを呼びかねないから、ざっくりと必要なところだけ言ったんだけど、伝わったかな…?

 「門番さんって、カザミの事か?」

 カザミ……あ、そうそう。ジュールのお父さんの名前だ。

 今この瞬間まで完全に忘れていた。

 「そうです!今、村の外に大型の野生動物が来ていて、兵士の方もそちらに向かっているので――」

 私がそこまで言うと、警備兵さんは「わかった。確かに今は人手が欲しい。じゃあ君は商業区ではなく居住区の方を頼む。まだ避難できていない人も多いはずだ!」と指示を出してくれた。

 ありがたい。大型の野生動物と言ったあたりで、何かを察した様子だった。

 大熊の話は兵士の人たちには伝わっているんだな…。

 逆にそうではない人たちにはどれだけ伝わっているんだろうか。いや、今考える事ではない。早く行かなきゃ!

 私は急いで、居住区まで走った。

 ジュールたちを追って西門に行った時は十五分という自分でも驚くような速さで辿り着いたが、今回は流石に道に人が多すぎて中々進めず、なんと二十五分もかかってしまった。普段より五分もかかってしまった…。

 少しの焦りを感じながら、私は商業区から居住区に行く門を潜り、「避難してない方いますかー!」と声をあげて、走り回る。

 商業区と違い、密集した建物が並ぶ居住区だ。一度大声をあげると、大体の家に聞こえる。

 私の声に反応して、何軒もの家の人が顔を出した。

 「アンちゃんじゃないか!どうしたんだい?」

 まるで事も無しげに聞いてくる、私の家の三軒隣に住むおばさん。

 どうやら大熊の咆哮はここまでは届かなかったようだ。

 …いや、私は家の外壁が崩れているのを見て、響きというか声の振動だけはここまで来たんだな…と察する事ができた。

 「おばさん、今村の外に大きな動物が来ていて、かなり凶暴だから急いで海岸沿いに避難してって警備の人たちが言って回ってるの!商業区は大分パニックになってるから、気をつけて避難して!」

 私は矢継ぎ早にそう言った。

 あまりに焦ってそういう物だから、おばさんは「え、えっと…つまり、今村が危険だって事かい?」と簡単にまとめてくれた。

 「そう!」

 私は全力で肯定した。

 「そうは言ってもねぇ…村の外ってどの辺りだい?」

 「え、西門側だけど…」

 「西門!ならこっちまでは来ないんじゃないの?別に海の方まで避難しなくても…」

 おばさんがそう言うと、他の家から出てきた人たちも、それに同意するように「警備兵の人もいるだろう?そもそも何でアンがそんな避難を呼びかけてるんだ?」とか、「居住区と森は離れてるから安全だって!」と言われてしまう。

 ああ、居住区にまで咆哮が届いていたら違っただろうに…!危険性や緊急性が伝わらない!

 「今来てるのはただの野生動物じゃないの!すっごい危険な動物なんだから!」

 私がどうにか説得しようとしても、「そうはいってもなぁ…今日は籠を結構な数作らなきゃいけないしなぁ…」と仕事を理由にしたり、「逃げるんなら商業区にいる連中でいいだろう」と少々薄情な事言って来る始末だった。

 どうしよう…どうしよう…。

 「ほら、アンちゃん。そんな事よりさっきクッキー焼いたら食べていきなさいな」

 とおばさんに手を掴まれて、引っ張られてしまう。

 クッキーは好きだけど、今はそんな事してる場合じゃないの!

 何でよ!私が普段から大声だしてるならまだわかるけど、普段大声出すような人間じゃない私が避難してって言いながら走って来たんだよ?大事だって思わないの!?

 「ちょ、ちょっと待っ」

 私がそこまで行った所で大きな爆発音が響いた。

 爆発したのは目の前。居住区の外壁だった。

 飛んできた瓦礫が密集した家に落ちてゆく。更に引っ張られていた力が急に無くなった事に気づく。

 瓦礫が私の手を引っ張っていたおばんさんの頭を潰していた。あまりにも早い速度でぶつかったのか、おばさんの頭部は半分以上が無くなっていた。

 「あああ!?」

 兵士さんの遺体は遠くだったからか、恐怖は来なかったが、今目の前で人が亡くなった時、私の心は恐怖に支配されてしまった。

 そして壊された外壁の向こうから、炎と煙の中に蠢く大きな獣。

 大熊だ。ジュールは?エドワードさんは?やられてしまったの?

 ……ああ…あああぁぁあああ!!!!!!

 私の足は震え、立つ事すらできなくなり尻もちをついてしまった。

 私だけじゃない。居住区にまだいた人たちは皆パニックになり、皆走って商業区へ向かっている。

 逃げる人々を見て、私は一瞬だけ冷静になれた。

 それは何故か、逃げる人々の中に明確にいない人物がいたからだ。

 ノワイエである。彼女は今日も子供たちのお世話を数人で行っていたはず。

 にもかかわらず、走り去っていく人の中に彼女は見えない。子供もいない。

 腰は抜けている…でも、やらなきゃ……こわい…でも、でも、でも、やらなきゃ…ああ…そうだ。私はできる…私はできる……私は…っ…できるっ!

 「皆!海に逃げて!!既に避難した人は海に集まっている!!」

 渾身の大声で、叫んだ。伝えた。

 私の声を聞いた人が逃げ行く人たちに、「海だ!」、「海に行くぞ!」と伝えあっているのも聞こえた。

 よかった。……思ってた通りにはいかなかったけれど、避難させることはできた。

 あとは、探さなきゃ。ノワイエたちを…。

 大熊は今どこに……。

 辺りをキョロキョロと見回すと、外壁の穴から侵入した大熊は、少しだけ入ったところで、何人もの兵士と戦っていた。

 その中にはジュールやエドワードさんの姿も見えた。

 よかった!二人ともまだ生きてる!

 この事実だけで、私の中にいる恐怖を少し抑え込むことができる!

 私はグッと足に力を入れて、立ち上がった。

 そしてどこかまだ壊れていない建物を探す。もしまだいるなら、生きているなら、そういった所にノワイエたちはいるはずだ…!

 瓦礫によって壊れた家々の間を大熊に見つからないように慎重に移動する。もしこちらに注目が来てしまえば、ノワイエを探すどころじゃなくなってしまう。

 どこだ…どこだ…!

 遠くから人の呻くような声が聞こえる。家に押しつぶされている人だろうか…それとも戦っている兵士だろうか。

 声が聞こえた方に向かってみると、倒れてきた柱に左足を潰されてしまった男の人が倒れていた。大きな音を鳴らさないように近づく。

 大丈夫ですか…という言葉が出かかったが、見るからに大丈夫じゃないんだからかけるべき言葉はそうじゃない。

 「助けに来ました!」

 張り上げないように、しかし男性を勇気づける様に強い語気でそう言った。

 男性は「あ、ありがとう…!少しでいいから柱を持ち上げてくれれば抜けそうなんだ、お願いできるかい?」と涙ながらに言った。

 私も助けない理由がないので、頷きすぐさま柱を掴む。

 「ふんぬぬぬぬ……!!!」

 重い…重すぎる…!でも、こんなところで時間をかけるわけには…!!

 自分史上一番力を込めて柱を持ち上げる。するとようやくほんの少しだけ、持ち上げる事が出来た。

 うおお、凄いぞ私!!

 「ありがとう…あいたた…」

 男性は何とか足を抜くことができた。私はそっと指を挟まないように、地面に置いた。

 「はぁ…はぁ…海っ…!海に皆避難しています、ゆっくりでもいいので、あの大熊に気づかれない様に、商業区を抜けていってください…!」

 「わ、わかったよ。貴方も気を付けてね…!」

 男性は怪我をしている左足をかばいながら、居住区の門の方へ向かっていった。

 さあ、私もノワイエたちを探すのを再開しなくちゃ。

 ヒリヒリする両手の痛みを我慢しながら立ち上がると、周囲に熱があるのを感じた。

 炎だ。火事になっている。

 大熊の方を見ると、両手から炎を出しながら兵士さんたちと戦っている。振り回している両手から零れた火の種があちこちに飛び、家を燃やしているようだ。

 元々密集していたし、木で出来ていたここらの家はすぐに燃えてしまうだろう。

 早くノワイエを…! 

 私はもはやコソコソと探していては、時間が足りないと考え走る事にした。

 崩れた家の破片などが地面に落ちているため、走りづらいが逃げ遅れているかもしれないんだ、我慢我慢!

 「ノワイエ~どこ~」

 流石に大声まで出すわけにはいかないので、何とか家居たら聞こえるくらいの音量で呼びかける。

 ただ、大熊との戦闘の音も大分激しく辺りに響き渡っているので、どれだけ聞こえるかはわからない。

 すると、偶然にも街路樹によって瓦礫が防がれたのか、密集した家から少しだけ離されて建っている家があった。

 無傷と言うわけではなかったが、とにかく窓から明かりが漏れている事からも中に誰かがいる事が分かる。

 ノワイエであって欲しいという気持ちで、その家に近づき大熊の方にも注意を向けつつ扉を開く。

 家の中にパッと見で人はいなかったが、キッチンのある方から子供の声が聞こえてきた。それと女性の声だ。

 この女性の声には聞き覚えがある。探していたノワイエの少しおっとりとした声色だ。

 「ノワイエ!皆、無事!?」

 私はキッチンの方へ走って向かい、炊事場の影に隠れていた八人の子供とノワイエ、そしてノワイエの手伝いの男性と女性を見つけ、声をかけた。

 子供たちは私の顔を見るなり泣き出してしまった。

 しまった、もしかして助けが来たと安堵してしまっただろうか!

 まだなんだ、ごめんよ子供たち…。

 「あ、アン姉…」

 ノワイエは声色こそいつも通りだが、どうにも挙動がおかしい。

 ……もしかして、まどから大熊を見てしまったのか!?

 「ノワイエ、そしてお二方!」

 手伝いの人も細かく震えているのを確認したので、ノワイエと男性の肩に触れ三人に呼び掛ける。

 「外の状況を知っているのかもしれない…だけど、今は子供たちのためにも勇気を振り絞ってください!今商業区を抜けて海の方に避難所があります!そこまで、どうか子供たちを守って!」

 私の言葉にお手伝いの男性と女性は、グッと拳に力を籠め、互いにアイコンタクトして、決意を固めた様子だったがノワイエは違った。

 既に心が折れているのか、目はうつろで口からは浅い呼吸音が聞こえる。

 ついにはボロボロと大粒の涙まで流してしまった。

 「アン姉…アン姉ぇ!無理だよぉ!あんな化け物がいる外になんて出られないてよぉ!」

 ノワイエはドン!と中々の勢いで私の胸に飛び込んできた。

 全く、私のバランスの取れた胸が無ければ大怪我だったぞ?

 どうやらノワイエは完璧に心が折れてしまったようだ。

 まさか年下の子供たちよりもボロボロになってしまっていたとは…。

 …心苦しいが、どうにかその恐怖を打ち破ってもらわないと…!

 「大丈夫!一人じゃないでしょ?ノワイエが選んだ凄腕のお手伝いさんもいるんだから、三人で協力すれば大丈夫!」

 私はそう宥めても、

 「いやだぁああ!もう死んじゃうんだぁああ!」

 と泣き叫ぶ始末。

 どうしたものか…このままノワイエを泣かしたままにすると、その恐怖が子供にも伝播してしまう。既に私が家に入って来た涙が止まっていた八人の子供たちの中に再び泣き出してしまいそうな子もいる。

 「ノワイエ…いったいどうしてそんなに怯えてるの?何を見たの?」

 もう正直に聞いてしまえ、そう思った。

 多分傷ついている人に一番やってはいけない事だと思う。でも今は急を要している。ちゃんと後で謝る!十発くらいなら拳で殴ってくれて構わない!

 「ううぅ……見ちゃったのは大きな化け物だけじゃないの…み、みみ、見ちゃったのは…飛んできた瓦礫で人が…人がぁああ…」

 そう……だったんだ…。

 私の脳裏には、大熊が外壁を壊した時に飛んできた瓦礫で頭の半分が潰れてしまったおばさんの光景が浮かんだ。

 ノワイエは窓越しに?とはいえ、それを見てしまったんだ。

 なら、私が書けるべき言葉は…。

 「私なんかよりずうっと、繊細な子だものね……すごいショックだったんだよね…。わかる…わかるよ…」

 私はノワイエの背中をポンポンと叩きながら、彼女の涙がおさまる様に優しく言葉をかけた。

 「でも…でもね…ノワイエ。貴方は村長さんから子供を任されているの……私が提案した事だけれど、貴方はその仕事を受けたの……それはわかるよね?」

 「うん……」

 涙声で相槌を打つノワイエ。

 「……だから貴方には責任があるの。子供を守り、次の世代を育む責任が…」

 少し卑怯かもしれない。彼女は仕事には熱心だった。

 なんだかんだと仲の良かった私を手伝いにしっかりとした理由で呼ばなかった辺りからも真摯に自分の役目を果たそうとしていた。

 そんな責任感の強い彼女に…私は…何て卑怯なんだ。

 あー、自分が嫌いになりそ。

 私は胸にうずくまる彼女の肩に手を置き、身体から話して目と目を合わせて会話をする。

 「きっと貴方ならできる!私よりずっと魔法の才があり、人を見る目もあった貴方なら、この状況からでも、子供たちを連れて脱出できる!勿論私だって一緒に逃げるから!」

 多分…ノワイエたちで避難し遅れている人は最後だろう。

 正直後の所は火事や瓦礫で元の居住区の姿がわからないくらい壊れているので、柱に挟まれていた男性くらい、目立っていないと助けに行けないと思う…。

 だから、私はここでノワイエたちと共に海へ行く。

 そう決断した。

 「アン姉……ん、あれ、アン姉その手…」

 ノワイエは私が肩に置いていた手を取り、その手の平をまじまじと見た。

 ついさっき負った火傷とささくれた木によって付けられた傷だ。

 恥ずかしい…。

 「これはここに来るまでに逃げ遅れた人がいたからね…はは」

 その言葉を聞いたノワイエは、急に私の手を強く握った後、立ち上がった。

 「ご、ごめんなさぃ…。私が怖がってしまったばかりに…子供たちを危険な目に…」

 そう謝ってから、

 「ここからは大丈夫!大丈夫です!行きましょう!」

 と決意をした。

 甘い物、これが終わったら一緒に食べに行こう。勿論私のおごりで。

 「今居住区でも離れた所に化け物はいるんですよね?」

 ノワイエの質問に、「そう。今いる場所からはかなり離れているよ」と伝える。

 すると彼女は頭の中に地図でも開いているのか、指で何かをなぞるような動きをした後、「よし!」と言って、子供たちの方をチラッと見た後、私とお手伝いさんに目線を移した。

 「ルートはわかりました!できるだけ早く行きましょう!今居住区に化け物がいるなら商業区に入れば、どうにか安全なはずです!」

 ノワイエの言葉通り、私たちはすぐさま子供たちを連れて家を出て、商業区に繋がる門へ向かう。

 ノワイエ、お手伝いさん女性、子供八人、お手伝いさん男性、私の並び方で移動している。

 大熊の方にも注意を払うが、やはり苦戦している様子で、大熊は怪我こそ負っているが、致命傷にも撤退するほどにもなっておらず、何故あの時は刺激臭程度で逃げられたのか疑問に思えるほどの大暴れをしているのが見える。

 子供たちは煙を吸わない様言うものの、口を押さえる布だったりが今服しかないため、少しせき込む子供も出てくるようになった。

 さらに、子供の歩幅に合わせて逃げているため、五分程歩いているがまだ門までは距離がある。

 遠くから激しい音が聞こえる。それに子供が怯えて、中々進めない…。

 もしかしたら、子供を抱えて逃げた方が早いかもしれないけど…八人…大人一人で子供二人を抱えて逃げるのは大変か…いやでも……。

 いや迷っている暇はない、急ぐぞ。

 「ノワイエ、子供たちを抱えよう。瓦礫が多すぎて子供には歩き辛過ぎる」

 私が提案しようと思っていた事を、お手伝いの男性が提案した。

 おお、流石ノワイエの選んだ人だ。

 「そうだね、アン姉もお願い」

 「オッケー」

 私もノワイエの指示に従い、子供を抱えようとする。

 だが、私が抱えようとした子供の一人が、急に固まってしまった。

 一体どうしたんだと、子供が見つめる方を見ると、大熊がいた。

 一瞬子供が大熊を怖がってしまったのだと思ったが、違う。大熊がこちらを見ている。

 顔は戦っているジュールや兵士さんの方を向いている。だが、目だ。

 目だけが私たちがいる場所を見つめている。

 私がそう認識した刹那、大熊が先ほどまでいた破壊された外壁沿いから姿を消した。

 それと同時に凄まじい風がここまで吹き荒れた。

 何が起きたのか理解する前に、何が起こってしまったのか認識させられた。

 轟音と共に、私たちの目の前に大熊が落下してきたのだ。

 「っ!?ノワイエ、子供たちを!」

 私はとっさに、大熊が着地した衝撃で出来た子供たちと大熊の間に出来た空間に割り込み、守る様に両手を広げた。

 とは言え大熊に対して両手を広げたとはいえ守り切れはしないだろう。

 だからこそ、どうにかして一秒でも時間を稼がなくては!

 ジュールたちがこっちに来るまでの時間を!

 私は大熊が顔をこちらに向けて近づけてくるのを見ながら足元に魔法陣を展開した。

 「アン姉!」

 後ろからノワイエの声が聞こえる。

 「私の事は良いから、子供たちを!貴方たちも早く逃げなさい!」

 振り向く事なく、大声で返答する。私もかなり焦っている。

 後ろからは子供たちの泣き声も聞こえる。ああこれ、地獄絵図ってやつだ。

 そして、大熊は一気に口を開き、私の頭を飲み込もうとした。

 ――――――その時を待っていたんだ。私の足元の魔法陣から小さな火がいくつも飛び出した。

 その小さな火は大熊の喉、そして目に入った。

 「グオォアァアオオ!!」

 苦悶の叫びをあげる大熊。

 どうにか隙と時間を得る事が出来た!

 私は後ろをチラリと見ると、ノワイエたちはちゃんと走って門の方まで向かっているのが見えた。よかった…。よし私も早くここから逃げな――――――…。

 そう思ったはずの私は急に何かに吹き飛ばされた。

 朦朧とする意識に残っている記憶には、突然壁か何かにぶつかったような衝撃と、ジュールの「アン!!!」という悲しそうな叫び声だけだった。

 その後、私の意識は途切れた。

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