第4話ー③ 自らの責任についてよく考えなさい

 私は全速力で走った。普段は二十分かかるところを十五分で正門までたどり着いた。

 だが既にエドワードさんたちは門の外へ出ていた。

 なんでこんな早く…と思ったが、そういえばエドワードさんは転移魔法を使える人だったと思い出した。

 ……村の中で許可された魔法以外を使うんじゃなーい!!!

 私に見えなくなるまで早歩きしていたあの二人が走っていた私より早く門から出るなんて、そうとしか考えられない…全く…もう!

 私は門から出る時、ジュールのお父さんに、エドワードさんとジュールが大熊退治に行った。今から止めるために説得に行くとだけ伝え、私も門を出た。

 後ろから静止の声が聞こえるが、走ってこないあたり私ならジュールを止められると思っているのか…それとも……。

 「あーなるほど…」

 私の考えが間違っていたことがすぐにわかった。

 何故走って止めに来なかったのか。そもそも大熊がいた森の入り口に一番近いであろう西門から出ておいて、誰もエドワードさんを止めなかったのか…。

 それはアムール大森林の入り口の前に大勢の兵士が立っていたからだ。

 どうやら、王都から派遣された兵らしく、エドワードさんと何やら言い争っていて、ジュールは何か別の兵士に宥められていた。

 何したんだジュール…。

 「おーい、お二方ー!」

 私が呼びかけると、ジュールが反応し手を振って来た。

 さらに大声で、「森に入れるように手を貸してくれー!」とも言ってきた。

 もしその大声で森から大熊が飛び出して来たらどうするのさ。

 ジュールの方に近づき、兵士の方々に話を聞く事にした。

 「いったい何があったんですか?」

 私がここに来るまで大体十五、六分、どんな騒ぎを起こしたのやら…。

 「今この森には正体不明の熊が生息している事が問題になって、王都から許可を貰った人間しか中に入れないんだ。なんだが、このジュールって男が自分は村長から大熊退治の許可を得ている!って聞かなくてさ…そこの村長の息子さんも同じでね…困ったもんだよ…」

 溜め息交じりに兵士さんは教えてくれた。その表情は苦笑いだ。

 「すいません…この人たち根は真面目なんで、一回村に帰らせますから…」

 私は頭を下げつつ、隣にいたジュールの右手を掴んだ。

 「ぐぅ…流石に…ダメか…十分以上粘るのはダメか…」

 ダメだろ。

 エドワードさんも説得しなくちゃ…。

 「エドワードさん、危険ですから村に戻りましょう?」

 私がそう言うと、エドワードさんは「だが…私だって戦える!」と言ってきた。

 そういう事ではない。エドワードさんはこの村を数十年単位でまとめ上げて来たディッセン家の人なんですよ。留学されてる姉君が一人、そして弟が二人いる…だからと言って、貴方が死ぬかもしれないのは良くない。

 「戦えるのだとしても、今は王都の兵士の方が来ているんですから任せた方がいいんですよ。もし協力をお願いされたら、その時に力を振るえばいいんです」

 何度もそんな感じの話をしていると、エドワードさんも段々と落ち着いてきたのか、強く握っていた拳が解けてきた。

 よかった。

 「武功だけが、親父を振り向かせるものじゃないものな。すまない取り乱していた」

 エドワードさんはそう言うと兵士に軽く頭を下げ、私たちと共に西門に向かって歩いた。

 そうそう、ジュールの手はもう放した。駄々をこねなくなったので、煽った事も反省しているでしょう。

 「考えてみれば、村長家は苗字を持っているんだもんな…家格の事を考えなくてはいけなかったな…」

 ブツブツと何か呟いているジュール。

 本当に反省している様子で何より。

 「だが、大熊の脅威がある以上、いつでも戦えるようにしなくては…」

 エドワードさんも何かブツブツ言ってる…。

 二人とも夜中にこっそり行くとかやめてよね?

 テクテクと行きとは違って、ゆっくりとしたスピードで門まで歩き、そろそろ門番の人たちの顔が良く見えるようになるなぁ、なんて距離に差し掛かった時―――

 「うわああああ!??」

 私たちの背後から大きな悲鳴が聞こえた。

 声がした方へとっさに振り返ると、森の入り口に熊が立っていた。

 ジュールから何を言われずとも分かった。あの日の大熊だ。

 今数百メートル離れた所にいても理解できるその大きさ。恐らくすぐ近くにいるであろう兵士さんと見比べて、大きさが三メートルなんてもんじゃあない、さらに大きな熊だとわかる。

 「グラァァアアア!!!」

 大熊が地響きのような咆哮をあげる。やはりこの声は前に逃げる時に聞いた声だ。

 「まずいな…兵士が一人やられている。人の肉の味を覚えたかもしれない…」

 エドワードさんが大熊を睨みながらそう言う。

 まさかと思い、大熊の足元を見てみると、血だまりの中に先ほどまで話していた兵士さんの一人が倒れこんでいるのが見えた。

 ああ、なんという事だ…じゃあ大熊は、これから人を襲うようになったという事か。

 「いや、確定じゃない。ただもしあの兵士を大熊が食べたりしたら、そういう事になる」

 私の表情から思考を読み取ったのか、ジュールが背中をさすりながら言ってきた。

 そっか…でもこれっていつそうなっても可笑しくないって話だよね…?

 「少々予定と違うが…ここで戦うしかないか…」

 ジュールは左手に魔法陣を展開しながら言った。

 私は何か言おうかと思ったけれど言葉が出てこず、とりあえず手が触れないように少しだけ後ろに下がった。

 エドワードさんも手元に魔法陣を展開し、魔法陣からまるで鞘から剣を抜く様に、光り輝く光剣を創り出した。

 大熊は魔力を探知したのか、キョロキョロと辺りを見回していたのを、ジュールたちに視線を定めた。

 本当だ。確かに大熊はジュールを見つめている。エドワードさんも視界に入っているのだとは思うが、大熊が見つめているのはジュールだ。

 あの時と違うのは、大熊は思い切りこちらに走ってきているという事だ。

 ものすごい勢いだ。瞬きしたらさっきまで数百メートル先にいたはずなのに、もう既に目の前に来ている。

 ジュールが防御魔法を使って大熊の突進を止める。魔力で出来た防壁にぶつかった時に地面が割れるくらいの衝撃が走った。

 腰が抜けそうだったが、ジュールが後ろにいる私を振り返る事なく叫んだ。

 「アン!村だ!急いで村に戻って人を避難させてくれ!もしかしたらこのまま大熊が村に向かってしまうかもしれない!」

 村に…!?

 「わ、わかった!ジュールもエドワードさんも無理はしないでね!」

 「「勿論だ、アン!」」

 二人の声に背中を押されるように、西門へ向かって走り出した。

 背中を見せた私に反応したのか、走り出したのと同時に後ろからまた激しい衝突音が聞こえた。

 だが、振り返ってみている場合じゃない。

 何とか西門に辿り着いた私は息も絶え絶えに、ジュールのお父さん…門番さんに

 「はぁ…はぁ…大熊が森から……出てっ…出てきて、今……ジュールと…はぁ…エドワードさんが戦って……」

 と伝えた。

 門番さんは「あの獣の叫び声は何かと思ったが、まさか噂に聞く大熊だったとは!ジュール…!くっ、わかった、私門番及び防衛隊に連絡をする!アンは他の大人たちと協力をして老人や子供の避難をしてくれ!」

 誰かを守る事の次に出てくるのが無力な人たちの避難な辺り、ジュールと親子だな…何て今考えるべきじゃない事を考えてしまう。

 いやいや、急げ私!

 門番さんにわかりましたと返答し急いで、村へ入る。

 だが、私はもっと深く考えるべきだった。そこそこ離れていた門番さんに大熊の咆哮が聞こえていたのなら、この村の中にも聞こえていると。

 村の中はパニックだった。

 皆が慌てながら、どこへ逃げればいいのか右往左往している。

 本来避難指示を出す役目の村の中の警備をする人たちは皆大熊が発見されてからほとんどの警備兵が防衛隊と言う部隊に編成されて大熊との戦いに対して使われるようになってしまって、少ない人数で避難指示を出している。

 恐らく村長さんも村長邸で指示を出しているだろう。

 私も手伝わなきゃ!

 戦う魔法が使えない、私なりの戦いってやつだ!

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