第5話ー③ 隣人の事をよく知り、助け合いましょう

 これまでの話を聞くに、大熊になった原因の呪いは、フィーユさんの想いと熊自身の想い……後は将校さんとイディオさん…この四人の強い感情が呪いになって子熊を三百年生きた大熊にしちゃったのかなと予想してみる。なんとも言えない悲しい予想だけど…。

 「その魔力の流れを加速させる不思議な土は、恐らくフィーユの肉体が土に還る事で生まれた副産物的な物なのだと思うが、それともう一つ恐ろしいものが生まれた。これが俺が前世で死んだ原因だった」

 ただの戦死とかではなかったって事なんだ。

 「これもまた呪いの話なんだが、子熊に宿ったのとは別にその洞窟に謎の生物が生み出されたんだ。それを当時オファーレ、アンブラ両国で”魔物”と呼んだ。俺が洞窟に埋葬した後、神職の人間に祈祷を頼まなかった…それが原因ではないかと俺は考えた」

 魔物…!ユモン様に会った時に聞いた事で一番気になっていたヤツ!!

 呪いで無から生まれたのか、それとも何かの動物がこれまた変化した姿なのか…?

 「ね、ねぇ魔物って洞窟から生まれたって、何もない所から生まれたの?」

 「俺も当時それが気になってな、発生源となってしまった洞窟に向かって調べてみたら、虫が素材になっている事が分かった」

 虫?ええ…何か魔物へのイメージが変わってしまいそう。

 そっかぁ…動物の中でも虫かぁ…犬とか猫とか…象とかでもない…虫かぁ…。

 「当時確認された魔物の姿は蠅の様な見た目の物も確認されたんだ。それもあって当時の呪術師が強い呪いによって生まれたと王に進言していた」

 蠅…多分大きさもそこそこあったんだろうな…。

 いやだなぁー…おっきな蠅…。出会いたくないー…。

 「細かい事は省くが…その魔物たちを消すために、複雑な大魔法を使う事になったんだ。魔物を浄化するために俺は自分の命と引き換えに洞窟を浄化した」

 「命と引き換え!?それで死んじゃったの?!」

 「ああ、だが大魔法なだけあって、ただ浄化するだけじゃない。魔法の使用者の命を使うため、使用者の経験と記憶をそのままに生まれ変わる事が出来るという効果があったんだ」

 経験と記憶をそのまま…じゃあジュールは一応前世の経験も引き継いでいるって事なんだ…前世の経験ってなんだ…?あ、魔素と魔力を混ぜる時の分量の感覚とかか…。

 でもそれって、元々いたジュールはどうなってるの?なんだか聞いてる限りだと存在を上書きしているって感じがする…。

 「ただ浄化に関しては十分文献で確実性と実用性が認められたんだが、転生に関しては成功例が無かったんだ。だから実際に転生できるのかと言うのは賭けだったんだ」

 「へぇ、じゃあ魔物の事をユモン様に聞いたのは、念のためって感じだったの?」

 「そうだな、確実にやっただろうとは思ってはいたが、どうなっているかは確かめたかったからな。まあまさか国が無くなっているとは思わなかったが…」

 私もユモン様のお話と神話の本を読むまでは、オファーレとアンブラって国の名前知らなかったもんな。

 何ならどこにも国家体系が書いてないせいで、王国なのか共和国なのかもわからない。

 あ、でもさっきジュールがオファーレの王様に進言云々の話をしていたから、オファーレは王国だったのかもしれない。

 「成功っていうのも、転生ができるかどうかわからなかったからなんだね」

 「ああそうだ。確率だってわからなかったんだから…ってなんでそれ知ってるんだ?」

 「あの日に離れの外で聞き耳立ててたら聞こえたの。成功した!って言ってたのが、あれが一体何の事なのかなぁ…ってずっと思ってたんだけど、そういう事だったんだねぇ…」

 「聞いてたのか…うーん…そうだな…そう、魔物を浄化するための魔法でジュールとして転生したんだが、時折変な行動をしたりしてただろう?あれは十四歳まで生きてきた記憶との齟齬で精神的な年齢があやふやになってしまって妙に幼い行動をしてしまっていたんだ」

 「あれってそういう事だったの?」

 「ああ、だって性格だって全然違うだろう?」

 「うん、正直前のボソボソ話すジュールの方が好きだったかな…」

 「えっ…」

 あ、秘密の事を言ってしまった。

 いやだって、そっちのジュールの方が落ち着いてて、優しかったし…。

 今のジュールも優しいとは思うけど。

 「が、頑張るから!今の俺も、いい奴だって思ってもらえるように!」

 急に慌てだした。どうしたのだろうか。

 それと、話したかった過去は話し終わったのかな。

 結構暗い話だったけど、何かテントの中の雰囲気が全然シリアスじゃないんだけど。大丈夫そう?

 「なら、あと少しで成人なんだから…節度を持ち、常識的な行動を心掛けるようにしないとね?」

 「も、も、勿論でございます…!」

 何で敬語??

 「あ、そうだ。気になってたんだけど、図書館で神話の本を読んでね?そこにオファーレとアンブラの戦争の話が載ってたんだけど、底が見えない大穴って何の事なの?」

 そうだそうだ。折角ジュールが前世の話をしてくれたんだから、気になってたこれ!聞かなきゃ損ですな。

 「神話?神話ってなんだ??」

 あら…知らなかった…。

 「前に図書館に行った時に、読んだ本に書いてあったんだよ~。タイトルは何だったかな…何とかモンストル…エクス…なんたらみたいな」

 あれ、そういえばそれの作者の名前が…イディオ…って名前だった様な…?

 「それってもしかして『ド・モンステア』って本か?」

 「ちょっと違うけどそんな感じのタイトル。作者がイディオって、ジュールの前世の名前と同じだよね」

 ただ、私はここまで質問をしておいてなんだけど、ジュールって魔法使ってすぐに転生したって事だから…あの本って誰が書いてたんだろう?

 だってあれ私がちゃんと読んだところはジュールの話の事が書いてあったけど…その後の事も結構書いてあったよね…?確かどんな風に戦争が終わったとか、終わった後にどうして両国とも滅んだのか…とか。

 「多分俺が書いていた報告書を基にした本だろうな。俺が国に書いてた報告書のタイトルがド・モンステアだったはずだから…多分それをもじったタイトルなんだろうな」

 「はぁーそういう事なんだ…。じゃあ著者が罪人イディオっていうのは偶然なのか…」

 「ん?罪人イディオ?なんだそれ」

 ジュールは心の底からわからなさそうな表情をして聞いてきた。

 「その神話の本の著者の名前が罪人って意味のクリミネルって言葉が苗字みたいに書かれてたから…」

 「ああ!そういう事か!!それは俺の苗字だ!イディオ・クリミネルって名前だったんだよ、俺の前世。なるほど、そっか、今の時代だと前世の苗字、罪人って意味になるのか!あはは!」

 なんかすっごい笑ってる。そして多分心の中ですっごい自分の事を傷つけている。

 だって、ジュールはずっと前世のフィーネさんの死から始まった戦争や、魔物の登場も全部自分の所為だって言っていたし…多分責任があるところはあるのだと思うんだけど、全部が全部彼の所為じゃないとも思うんだけどなぁ…。

 でもこれは、きっと私が言っても意味がない。彼が今の人生で答えを見つけて、自分を許せるようになっていくの物だと思うから。

 それにしても、本を書くにしても基にした報告書の作者の名前で出版するかね。

 なんで後世に残るかもしれないのに、自分の名前も使わなかったんだろう…。

 もしかして当時のジュールの行いを見ていた人が書いたのかな?それとも自分の罪をジュールに被せるため?どちらにしろ、調べないとわからない事だな。

 「さて、そろそろ復興の手伝いに戻らないとな…っと」

 ジュールはそう言いながら椅子から立ち上がった。

 少しジジ臭いと思ったけど…言わないでおこう。

 「助けてくれて、ありがとうね。動けるようになったら、私も村の事手伝うよ」

 「……わかった。ま、あまり無理はするなよ」

 助けてくれて、の部分があまり腑に落ちなかったのか、ジュールは少し思案する様子を見せたが、最後には私を労わる言葉を言って、テントから出ていった。

 さて、これでまた一人だ。いつまでベットに寝てないといけないのかわかんないから、今すぐにでも立ち上がってしまいそうな気力を、どうにか抑えながらこれからの事を考える。

 とりあえず、私が何故ジュールに助けて貰ったと思ったのか。それには理由がある。一つはそもそも大熊の腕が直撃しなかったとしても、認識できない速度で吹き飛ばされ壁に叩きつけられたのだから、まあ無事ですまないよな…って考えた時に、意識を失う瞬間に聞こえたジュールの叫び声から、あの場で大熊を差し置いて私に応急措置をしてくれそうな人間はジュールしか思いつかない。そして二つ目は、一週間目を覚さなかった私を心配はしていたけれど、生死を彷徨っていた様な心配ではなく、単純に意識が戻らなかった心配をしていた事から、死の危険がない事を知っていたんだろうな…と思ったのだ。

 どちらにしろ、あそこで大熊を退治してくれたから村も復興をするという道を選んでいるわけだし、彼のおかげなのは間違いない!歴とした事実だ。

 まだノワイエたちの事も気になるけど、今は怪我を治す方に専念しよう。

 そういえば結局あの本に書いてあった穴ってなんの事だったんだろう。

 …うーん、まあ戦争とか国境沿いに配備された軍の事の比喩って事だったのかも。

 はぁ、色々話聞いてたら眠くなってきちゃった。

 「今日はもう寝ようっと!」

 大声を出して宣言してから目を閉じる。

 そして、落ち行く意識の中思い出す。ジュールとよく遊ぶ様になったのは、夢の中と同じように、彼の方から話しかけられた日からだったなぁという事を。

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