第3話ー③ 知恵とは世界を広げ、過去と今を繋ぐものです

 そう、今彼が読んでいた本は一時間ほど前に私が読めずに棚に戻した『東方呪術書記』だったのだ。

 「ジュールって、別の国の古文を訳せたの…?」

 「いや俺自身は訳せないぞ」

 「え、じゃあ何で読めたの?」

 「魔法だ。翻訳魔法と言う瞳と脳に作用する魔法があって、それを使うと大抵の文字は読む事が出来る」

 魔法って便利ぃ…。

 「で、何が興味深かったのさ」

 「この本は言ってしまえば東方の国で起きた呪い関連の事件や出来事を書いてあるんだが、その中の一つに大熊と似たような事件があったんだ」

 ジュールが見せてくれたページには次のように書いてあった。

 『こは晋央四十二年の巴郡の事なりき。この日この巴郡にゐる民が夜に畏き獣を見きといふ報せが警邏の者に伝はりき。警邏は始め二人に夜の見回りに行き、報せつきづきしかりし獣を見きといふきはを重点やうに見回れどその夜は何も見ざりき。後日、見回りの人数を変へず見回りき。その時警邏の一人が二十米より上の大きさを誇る巨大なる狼が竹林の奥よりうちいでしを見き。その狼は爛爛とせる瞳持ち、絶えず涎流し警邏を今にも喰ひ殺さむ威圧感を放れりといふ。この狼はその後巴郡の中の住人一人を殺せるのちあらずなりきといふ。その後呪術師の検証をもちて、こはき呪ひをかけられし犬なる事分かれり。誰のかけしやは百年経し今も分からず』

 …うーんわからない!

 「これなんて書いてあるの?」

 素直に聞く事にした。

 「強い呪いにかけられた犬が狼の様になって、その地域の人間を一人殺した。という話だ。大きさは二十メートルを超えていて、恐ろしい瞳を持ちダラダラ涎垂らしてたらしい」

 …汚い…。

 いやそういう話じゃない。二十メートル超えの犬…確かに規模としては私たちが出会った熊以上の出来事だけど、犬が呪いによって狼の様に変貌してしまっていた…。

 「つまり、俺たちが出会ったのは熊かもしれないし、呪いによって変化させられた別の生物かもしれないってわけだ」

 「でも探査魔法で熊ってわかったんじゃないの?」

 「……そうなんだよな…あれは形じゃなくて情報として脳に入ってくるわけで…誤認させるような魔法でもあればなんだけど…なぁ…」

 この様子から見るに、探査魔法は引っかかった対象はかなり正しい形で認識できるようだ。てことは、熊であるというのは間違いじゃない可能性の方が高いって事…かな?

 「そもそもその出来事が本当にあった事かわからないじゃない。その本がどれだけ現実に即した物なのかわからないわけだし」

 私がふと思いついた事を言ってみると、ジュールは「晋央っていう元号が使われていた国は実際にあった…確かにだからと言って本当にあった事だというわけではないんだが…」とブツブツ呟き始めた。

 もし、あの大熊が呪いによって生み出されたものなら何が元の姿なんだろうか。

 イタチ?狸?……どれも熊とは似ても似つかない気がするんだけど…。

 「まあ、とりあえずこういう話もあるんだなと頭に入れておくだけでもいいかもな」

 ジュールはそう言って、彼はその資料についてメモをした。

 さて、彼が手を借りた子供たちはどんな本を持ってきたのだろうか。

 「子供たちは何かいい本見つけたの?」

 「ん?あーそうだな。子供が持ってきた本で一冊だけいい感じの本があったんだ」

 そう言って彼が手渡してきた本は『アムール大森林のふしぎ!』というタイトルの本だった。子供が読むには随分分厚く重い本だと思ったのだと思ったら、中を見てみると絵がメインに細かい解説が書いてある本で、物凄い数の絵が差し込まれているためページ数が多くなっているようだった。

 ちなみにアムール大森林とは村の近くにある大熊のいた森の事だ。

 「この本の何処にいい感じの情報が載ってるの?」

 私がパラパラと何百枚もあるページを軽く見ながらめくっていると、ジュールが私から本を取り、該当のページを開き教えてくれた。

 「これは…」

 アムール大森林の歴史についてというページだった。

 歴史かぁ…これに一体どんな事が…?

 私はそのページに書いてる解説を読んでみた。

 …む、大熊に関連してそうな項目を見つけた。森の主についてだ。

 あの森には主と呼ばれる、他の動物より強力な動物が生まれる事があるのだという。この本にはかつていた主の例として虎について書かれている。

 それは標準とされている大きさより一回り大きな体を持っており、森の同種の生き物を統率するリーダーの様な働きをしていたという。

 …確かに大熊の大きさは通常の熊より二回りくらい大きかった。まあ私は見てないんだけど。

 「こっちの方が信憑性はあるよね。だって森の事を書いているわけだし」

 「ああ、ただそちらの話で考えると、あの大熊は森にいる他の熊たちと徒党を組んで来るという事になる」

 あ、確かに…。この昔の主だった虎も同種の生き物を統率って書いてあるし…。

 「同種の生き物ってさ、これもしかしてかなり細かい分類で手下にできるって事なんじゃ…」

 私の気づきをジュールに伝えると、「なるほど…」と呟いた。

 彼は何かを考えている様子で、ずっと腕を組んで胡坐をかいて床に座っている。

 あの大熊が森の主なのか、それとも呪いによって変化させられた動物なのか…どちらにしろ、危ない存在である事には間違いないんだな。

 それにしたって、私がこの村に生まれて十五年。こんな怖い出来事が起きたの初めてなんだけど。

 主とかはいったいどんなペースで生まれている物なんだろう…。私は、もう一度主について書かれているページを読んでみるが、そういう事は書いてなかった。だが、虎が主だったのは六十年くらい前の事らしい。

 もしその間に主が生まれてないのだとするならば、あの大熊が約六十年ぶりの主って事になるかもしれないのか……あの、なんで主が生まれた時の対処法も書き残しておいてくれなかったんですかね…。

 虎の時どうしたんですか!!

 ……まてよ、六十年前って事は…案外生きてる人いるかもしれない…。少なくとも今の村長さんは確か八十代だったはず…。

 「ね、ジュール?主の事、村長さんに聞けば何かわかるかもしれないよ!」

 思わず声が少々大きくなってしまったが、周りに誰もいなくて良かった。

 「ああ、確かに年齢を考えると、村長は覚えてそうだが…もっと、聞きやすい人に心当たりないか?村長だと話を聞きに行くのに時間がかかりそうだ…」

 「大丈夫だって!森の大熊に関係してる事だって伝えれば、すぐに話聞いてくれるって!」

 村の危機かもしれないんだから、きっと村長さんも柔軟に対応してくれる!…はず。

 「じゃあ、今日の帰りに早速声をかけてみるか…」

 ジュールは、最終的に『東方呪術書記』と『アムール大森林のふしぎ!』の二冊の重要なところだけをメモに写し、子供たち共に図書館を去っていった。

 図書館の時間を見てみると、時間は既に午後四時を過ぎていた。

 ジュールと子供たちで二時間近く探して、結果的に良さげな本は二冊だけ…。

 やっぱりあの時の大熊は異質な存在だったんだろうか。

 ……私も早く帰って、魔法の練習しよ。

 さっさと生活魔法を身に着けて、次は身を守ったり攻撃したりする魔法を勉強するぞ!

 と二冊の教本を持った辺りで、ふと頭に思い浮かんだ事がある。

 そう、魔物の事だ。

 …正直元々ジュールが質問する前に持っていた私の知識以上の事は本にも載っていないと思うんだけど…どうかな?

 試しに生き物に関するコーナーへ行ってみるものの、これと言って魔物に関する本は無かった。

 では次に行くとしたらどこかな…?

 あ、神話…?いや…でも流石に…だけど……うん、見てみる。見てみるだけ!

 小走りに神話についての本が詰まっている本棚の所へ向かった。

 神話のコーナーは他のコーナーより多く場所を取られており、十台の本棚に様々な地域の神話が詰まっている。

 フルール王国で広く信仰されているのはローリエ教だが、他の国ではそうとは限らない。この国は他の国の神話も大らかに受け入れるという政策を取っているため、この村の図書館に限らず、どこの図書館でもこういったコーナーはある…と母が言っていた。

 さて、魔物についてなら神話のどういった話の本を読めばいいんだろう…。

 私は何となく目線の位置にあった本を手に取った。

 タイトルは『ド・モンストル・エクスピアシオン』、意味合いとしては魔物の償い…?適当に取ったけど、どんな本なんだろうこれ…。

 中身を見てみるとそれは、およそ三百年程昔の戦争のお話だった。

 それって…ジュールの前世の頃の話じゃない…!?

 うそ、まさかピンポイントでこの時代を神話として書いてる本を見つけるだなんて…私って運良いんだなぁ…!

 内容は…ええっと…『スウド暦四百四十二年八月二十九日、オファーレとアンブラの国境沿いの村、グリシーヌ村で大きな穴が発見された。その穴は綺麗な円形で、半分はオファーレ、もう半分はアンブラにかかっていた。その穴の大きさは直径がおおよそ二百キロメートルだと計測されたが、深さはそのあまりの深さに計測は断念された。石を入れれば地面に当たる音はしなかった。それだけの深さだった。そんな大きな穴がその日まで見つからなかったのは全くの謎で、その村の誰も答えることはできなかった』?

 スウド暦って全世界が今の暦に統一される前に使われていた年号だよね…この辺りの地域ではなかったはずだけど。

 大きな穴かぁ…あまり魔物とは関係なさそうだな……でもこの話にある村の位置ってどっかで聞いた事があるような…。

 まあいいや、何かそれっぽい…魔物っぽいのが出てくるとこまで飛ばしちゃお。

 一気にページをめくり、視界に魔物の魔の字が入ったらめくるの止めた。

 『スウド暦四百四十二年八月三十日、その大穴に一人の村人が落ちた。グリシーヌ村の女性で主に胡椒の栽培をしていた女性で、名をフィーユといった。年齢は二十二で村でも評判の良い女性であったと伝えられている。何故穴に落ちたのかは村人は誰も答えられなかった。しかし、これだけは確かなのは、フィーユ嬢が落ちたその夜穴から奇怪な怪物、魔物が出てきたのだ』

 ほう……つまりフィーユさんの落下が原因で、三百年前に魔物が…。

 え?魔物が??出てきた?

 …いやいや、落ち着け私。これは神話、大体が作り話だ。ローリエ教だってそう。

 大人子供に共通する教訓的内容を神様という尊大な存在を使い教え込むものだ。

 決して神様が存在しないとは思わなけれど、神話は大体が作り話か、現実にあった出来事を脚色したりぼかしたりして伝えているのだと私は考えている。

 だからこの魔物も何かの比喩だ。穴から出てきた魔物……。

 これってもしかして、その三百年前に起きた戦争のきっかけなんじゃ。そうだよ、じゃなきゃ評判の良いって書いてあるフィーユさんの死に誰も答えられなかった何て事ないよ!つまり、オファーレかアンブラのどちらかの人間に殺されたって事…かな。じゃあ、魔物は戦争の隠語…って事?

 じゃあ、この穴も何かの比喩…?

 穴…穴…ああ、ダメだ。こっちはわからない…!もしこれも比喩的なもなら、一体どんな内容が当てはまるんだろう。

 フィーユさんの話も比喩とは限らないけどさ。でも流石に物語に登場するような魔物が本当にいたなんて思えないし…本当だったとしてもすぐには信じられないよね。

 はぁ、今日の所はここまでにして、この本に書いてあった事は今度機会があったらジュールに聞いてみよう。

 残りのページを読んでも後は、どうオファーレ・アンブラ両国がどうやって滅んでいったのかという事がおどろおどろしい単語を使って書かれているくらいで、ジュールの前世に関係ありそうな出来事は書いていなかった。

 もう読むところはないかと、私は本を閉じようとした際に、ある記述が目に入った。それは『フィーユとの不可解な別れにイディオは深く嘆き悲しんだ』という文だ。

 前後の所からその人物はオファーレ人男性だという事はわかった。

 もしかしたらこの人とフィーユさんは恋人だったのかもしれないな。

 私は今度はしっかりと本を閉じた。

 本棚に戻す前に、もう一度探しに来た時のために、しっかりタイトルを覚えておこうと考えタイトルを見つめていたら、ふと著者が目に入った。

 そこには”著者イディオ・クリミネル”、そう”罪人イディオ”という名前が書かれていた。

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