第3話ー② 知恵とは世界を広げ、過去と今を繋ぐものです

 居住区の東側の端にある図書館。元々はものすごい本好きの老夫婦の邸宅だったらしい。それを老夫婦の遺言に従い、村の住人ならだれでも使える公共施設にしたのだという。

 現在は村長さん一家が管理をしており、とても綺麗な木造の建物だ。

 私は図書館に着くと、大量の傘が押し込められている傘立てに自分の傘を無理やり押し込み、中に入った。

 中は少し涼しくて、過ごしやすい様になっているようだった。

 受付の人に会員証を見せ、今日借りられる冊数を聞いた。

 「最大三冊までを一度に借りられます。返却期限は借りた日から二週間になります」

 なるほど…。私はわかりましたと返事をして、魔法の教本コーナーへ歩いていった。

 さてと、ここでいい本を見つけられればお金なんてかからずに済むわけだから、真面目に探すぞ!!

 …ジュールたちに邪魔されたらたまらないから…見つからないようにしようっと。

 コソコソと本棚に隠れるように、歩いていると、足元から「アン姉ちゃん何してんの?」と子供の声が聞こえた。

 恐る恐る視線を下に移動させると、一昨日までお世話していた子供であり、先ほどジュールの列に並んでいた男の子がそこに立っていた。

 ああ…見つかるの早すぎるって…。

 「え、えっと……魔法の事について調べようかなって…ね?」

 私はしゃがんで目線を合わせてそう答えた。

 今更魔法について勉強しているっていうのが恥ずかしすぎて、素直に言えなかった…。何か私凄い魔法に興味のある奴みたいじゃん…。

 いやまあ、今は凄い興味持ってるけれどもさ…。

 「へー!そうなんだ!」

 こら!図書館では静かにしなさい!!

 「あ、ご、ごめんなさい…」

 あら、顔に出てたかな。男の子はシュンとした表情になり静かになった。

 …うう…気まずい、何か会話で一区切りついたらここから離れられるのに…!

 そうだ!

 「ね、ねぇジュールたちは何を調べに来たの?」

 彼らの目的を知れば、特に関わる事なく私も調べごとに集中できるかもしれない!

 これは名案だ!

 「えっとね、なんか村の近くの大きな森あるじゃん?あそこの動物について調べるんだって。それで僕たちにそれについて載ってる本を探すの手伝って欲しいんだって」

 結果的に、彼がなぜ子供たちを買収したのかもわかってしまった。

 森の動物について……?それってもしかしてあの大熊の事を調べようとしてるのかな…?

 ぐぬぬ…もしそうなら、私も少し協力しなくちゃって気がしてきちゃうじゃないの…!

 魔法の教本を探しつつ、それとなーくジュールに声かけてみようかな…。

 「あ、ありがとね。私は魔法の教本の方に言ってるけど、あまり騒ぎ過ぎないようにね?」

 「はーい」

 男の子は良い返事をして、トコトコと児童書コーナーへ歩いていった。

 ……ジュールの言ってた本を探す気は…無いのかもしれない…。

 「さて、私も早く探さなきゃ…」

 私は立ち上がって、そそくさと教本の置いてある本棚の前に来た。

 頭より遥に高い本棚を見上げながら、目当ての教本がないかを目で探す。

 ああ、なんて本の多さだ。何か検索できる魔法とかないかな、こんな視界に入る以上の量の蔵書から目当ての本を見つけるだなんて無茶だ!絶対に夜になっちゃう!

 私が、うーんうーんと唸っていると、ふと本棚の脇に何か書いてある板が立て掛けてあるのを見つけた。

 これは…?

 近づいてみるとそれは、この本棚の何処の辺りにどんな本があるかという事が書いてあるとても便利な板だった。

 これはさっき私が思っていた、検索できる奴…!!魔法じゃないけどこういうのあるんだ!!

 ようし、私の欲しい本はどこかな~!

 その板を隅々まで見た。見たが…どうやらこの本棚は戦闘用の魔法だったり、護身用の魔法だったりの教本が置いてあるらしく、生活魔法の教本はここではないみたいだ。

 えっと…教本のコーナーは今いる場所なんだから、そう遠くはないよね…。

 私はウロウロと室内を歩き回った。

 そして最初に見た本棚の斜向かいにあった本棚に生活魔法の教本があった。

 やった!見つけたぞ!

 さて、時計を合わせる魔法の教本…あと何かいい感じの魔法の教本を一冊借りていこうかなと思う。

 ううむ…後は…あと…は……あ、掃除魔法の教本にしようかな。これ覚えられればきっと家のお手伝いが出来るようになるし、何か足で使っても別に問題はなさそうな気がする。

 早速本棚から教本を探す。本棚横にある板を参考にしながら、該当する本を手に取った。

 ぬふふ、これで私のお財布からお金がいなくなる事なく、魔法を学べるのだ。

 いやぁ嬉しい!

 私は嬉々として、本を読むため座席のあるコーナーへ移動した。

 ふわふわとしたい居座り心地の椅子に座り、パラパラと教本をめくる。

 なるほど。わからん。

 やっぱり魔法を使いながらじゃないと、私には難しいな…。

 昔から魔法なんて別に使わなくても…って思いながら生活してきた弊害が教本を読むという行為にも出てきてしまっている…。

 教本と言っても、この世界で魔法を使わないで生きている人などごく少数であり、そう言った人々の事は考量されていない書き方なのだ。

 ようは細かい所は親とか知り合いが使ってるの見た事あるでしょ、そういう感じ!と痒い所に手が届かない文章なのだ。

 この教本が作られた時期を見てみると、バスカヴィル暦十年と二年前の年が書いてある。二年でどれくらい記述が変わっただろうか…。やっぱ最新版を買った方がいいのかな…いやでも……。

 くぅ…我が家が滅多に家に帰ってこない母親と家にいる時間より舟屋で網などの漁師道具や船のメンテナンスをしている時間の方が長い父親でなければ、コツとか聞けたのにぃ…!

 はぁ…今更環境に文句を言っても仕方がない…か。まあやりながら感覚を体に教え込ませるのは、全ての魔法で共通している事だ。この本達でもいいから借りて、反復練習をしていくしかない…!

 私は借りる手続きをするため立ち上がった。

 だが手続きの前に、ジュールに声くらいかけておこうかな。

 一応大熊の件は私も無関係ってわけでもないし。

 二冊の本を持ちながら、動物やこのあたりの地域の伝承などを扱っているコーナーを見て回った。

 だが、ジュールは見つからなかった。むむ…いったいどこに…?

 森に住む動物について知りたいって子供たちに手伝わせてるんだよね。ならこういう所に居そうなんだけど…。

 あんなに大きな熊なんだから、何かの伝承とかにも出てきそう…って思うんだけど……ジュールはいないのねぇ…。

 いったいどこに…?

 私は適当に本棚のジャンルなどは見ずに、ジュールを探した。

 十五分程探した頃、呪術関連書籍のコーナーの本棚の前で胡坐をかいて座っている彼を見つけた。

 こんな所にいたとは…。呪術?大熊の事調べてたんじゃないの?

 とりあえず、私はジュールの肩を軽くたたき、声をかけた。

 するとジュールは、「ん、ああ、アンか。君も図書館に来ていたんだな」と呟いた。私の方はチラッと横目で見たくらいだ。

 むむむ、随分と集中をしているようだ。だけど、私も大熊の事は気になるし、手伝えることがあるなら手伝いたい。

 目当ての本は見つけたし、暇なのだ。……だって帰ったら勉強しなくちゃだし……。

 「ねぇ、なんで呪術の本なんて読んでるの?」

 私の質問をジュールは無視した。どうやら彼は本を読むと完璧に自分だけの世界に入れるようだ。ならさっきは何故返事をしたのか…。

 あ、そうだ。声をかける前に肩をトントンと叩いたからかもしれない!

 私はもう一度彼の肩に手を触れて、「何で呪術関連の本なんて読んでるの。大熊の事調べてたんじゃないの?」と聞いてみた。

 今度はちゃんと意識が目の前の私に移動したようでちゃんと「あれだけの熊が自然に発生するとは思えない…だからこういった視点からも調べてみているんだ」と答えてくれた。

 なるほど。確かにあの熊は尋常じゃない熊だった。

 考えてみればただの熊が、十キロ離れた私たちを目で捉え、こちらの匂いまで気にして、魔法の波紋で使用者の位置を肌の感覚だけで割り出せるものだろうか?

 呪術…つまり誰かが意図的に、何かしらの目的をもってそういう熊を作り上げ、村の近くに置いていたという可能性をジュールは考えている。

 もしそうなら一体誰がそんな熊を作ったのだろうか。

 村の中の住人?いやいや、それだと自分だって危ない目にあってしまう。呪術なんて呪うだけでコントロールなんてできない代物だ。魔法とは全くの別物だって、昔母が言っていたのを覚えてる。

 さて、私にも何か手伝えないか……とりあえずジュールと一緒にこの呪術関連の本を見てみるか…。

 私は手に持っていた本を近くの机の上に置き、本棚から『東方呪術書記』という本を選び手に取った。

 パラパラと中身を見てみると、何とも古い文字と古い書き言葉でつらつらと東の国に伝わる呪いについて書き連ねられていた。

 これはなんだか…読んでるだけで呪われてきそう…。

 最初のページから頑張って読んでみることにしよう。

 ええっと…『先ず呪術とは、人を不幸にするものならず、人に復讐しするものならず。元来呪術とは呪ひの事に、人の行ひの指針になり導くものに、人をこはき心の願ひに守る者なり。なれど、ふとせるこはき念が力を持ちて、呪ひの起動しぬる事もあれば、他人を不幸にうるものにもあるはいひけたず。なれどそは早くの用途ならずといふ事こはく言はまほしきものなり』……なんて?

 あまりにも言語体系が違いすぎて私の中の古い言葉で訳せない…!

 多分これはフルール王国の下の方にある国の言葉のはず…。

 これは止めておこう。流石に訳しながらだと時間がかかり過ぎちゃう。

 私は今持っていた本を本棚に戻し、別の本を探した。

 私でも読める本…読める本……これならどうだ!

 次に手に取ったのは『呪いに使用される道具目録』だ。この表紙に書かれている言葉はスラスラ読めるぞ!これならいける…!!

 すぐさまページをめくり中に目を通した。

 ……ふむ、タイトル通り道具の図と一緒にどんな呪いに使われるのかと言った解説が書いてある。

 例えば藁人形だ。これは藁人形の中に人の髪の毛や爪などを入れて、その上から入れた髪の毛などの主の名前を書いた紙を貼り、おおよそ午前二時から午前四時までの時間に神聖な森の木に念を込めながら釘で打ち付ける事で、その内容物の持ち主である対象者に呪いをかける…らしい。

 これは場所によっては人に不幸をもたらすために行う人もいるらしいとも注釈で書いてあった。

 そういった、古今東西の呪いに関する道具についての本のようだ。

 …もしかしたら。身に着けていたら目が良くなる呪いが掛かる道具とか、魔法の感覚に敏感になるアイテムとかがあるんじゃないの…?

 これは案外いい本を見つけたかも!よし!

 と思い読み込んで一時間程。これと言ってそういう効能のある道具というのは無かった。

 しかもよく読むと、呪いというのは願いを込めて行うもので、一定の効果を持っていて発動するものではないらしいという事が分かった。

 言ってしまえば、どんな呪い道具でもあの大熊みたいな能力を与えられるかもしれないという事だ。

 しかも呪いと言うのは曖昧な点もあり、必ずしも効果が表れるというわけではないとも本に書いてあった。

 なんて無責任な!じゃなくて、これが昔母が言っていた魔法とは別物だということなんだろうな。失敗すれば何も起こらないけれど、正しく魔法を使えれば絶対に効果は現れる。

 さらに読み込むと、魔法とは違い呪いには失敗した時には呪いが返ってくるという事が書いてあった。失敗した時に願った効果が自分に返ってくる…魔法とはやっぱり別物だ。

 この本は興味深かったけど、欲しい情報とは違うかな…?そう思い、本棚に戻すと、ジュールが「この本に興味深い事が書いてあったぞ」と急に声をかけてきた。

 大声出すところだった…危ない危ない…。急に話しかけてきて驚かせないでよ全く…!

 ジュールが手に持っている本の表紙を見せてくる。

 「え、その本って…」

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