第3話ー① 知恵とは世界を広げ、過去と今を繋ぐものです
ネルケ村は五月下旬から雨季に入る。
現在は五月二十八日。すっかり雨季に入っている。
私は実家の自室の窓から外を眺めていた。
先週の中頃にマジョールさんのお葬式はつつがなく終了し、ジュールたち家族も最後の挨拶の時の風景を今でも覚えている。
そしてマジョールさんのお葬式を境に雨季が始まり、今も大粒の雨が降り、大地に潤いを与えている。
この村ではあまり農作物を育ててはいないから雨はさほど重要視されないが、近くの農業をしている街ではこの季節を恵みの期間、”シィランス”と呼んでいるらしい。
こっちではそういう呼び方はしないから初めて知った時、ちょっと笑ってしまった。ただ雨が降るだけで大げさだなぁなんてさ。
ま、流石に成人した今では、それがどれだけ大切な時期かって事はわかってますけれども。
さて、今日は子供たちのお世話の予定がない。というか一昨日から無い。
なぜなら、前にノワイエの子供をお世話する能力が高いという話を村長さんにしたところ、ノワイエが望むならお試し期間としてしばらく彼女をメインで子供のお世話をする事になったのだ。
その時にノワイエによって選ばれた数人が彼女の手伝いをする事になった訳なんだけど…私は選ばれなかった。
ノワイエ曰く、「えっと…アン姉は子供たちに舐められてるのでぇ…」と。
あまりの怒りに雨季に訪れた雲を吹き飛ばしてしまいそうだった。そんな事できっこないけど。
ま、子供のお世話の天才であるノワイエにそう言われては流石に食い下がる事も出来ず、私は晴れて無職になったのだ。空は雨模様なのに晴れてとはこれ如何に…。
で、今日は何をしようかなぁ…やっぱり魔法の勉強かな。
この前の大熊の遭遇した時に、私は自分の魔法知識の浅さに酷く落胆した。
あの時私も魔法が少しでも使えたら…そう思った。
大熊は結局一週間以上経った今も見つかっていないし、村周辺にそれに類似した動物が現れたという情報は来ていない。あのまま森の奥に引きこもったのだろうか。
わからない事を考えていてもしょうがない。今は魔法だ。
私の魔力の動きを止めてしまう両手は私の魔法発動にも作用してしまう。つまり、手を使って魔素を集めたりができないという事で、広く知られている手の平に魔素を集める魔法制御が私はできないのだ。
だから私は考えた。足でやろうと。
幸い体内の魔力の流れで手の方に流れていっても、魔力の流れは止まらない事が分かったのだ。
つまり空気に触れている両手が私が作った魔法陣や魔法に触れさえしなければいいという事。この方法が上手くできる様になれば、生活魔法だって自由自在!ランプの灯りだって点けられる!!足で!!!!
なんとも行儀が悪い事は承知なのだけれど、魔力が空気中に放出できるのは両手か両脚の身体の先と言われている場所なのだ。そのため、私は手が使えないので仕方がないと両親に許可された。
別に両親に許可してもらわなくてもいいんじゃないかと、友人に言われたけれど、一番魔法を使う場所は家の中だし親は気になるだろうから許可を取ったのだ。
それにしても魔法とは難しいもので、一週間前から練習をし始めて使えるようになったのはまだ日常的に使うランプに火を灯す魔法くらいだ。
まさか魔素を集めるのがこんなにも難しいとは…。さらに言えば魔力を魔素と混ぜるのがこんなにも複雑だとは…。
体の中を巡る魔力を大気中の魔素と混ぜる事で魔法は発動する。その混ぜ合わせる工程を補助する役割があるのが魔法陣だ。
魔法陣で集める魔素の量は使用者本人が分かってないと魔法は失敗して発動しない。
だからちゃんと教本を読みながら練習を繰り返して魔素の量と混ぜ合わせる感覚を体に覚えこませるのだ。
私は一週間でようやく一つだけ染みついた感覚は…はぁ…これって早いのか遅いのか…わからないけれど、もっと覚えやすいと思ってた…。
こんな一つ覚えるのも難しい技術を、私はどっちかの手で触れるだけで消し飛ばせてしまうのか。私、自分が怖い…。
はぁ…今日はどの魔法の練習をしようかな……。
「ん?あれ、魔法の教本…時計の時刻を合わせるの持ってなかったっけ?しまったなぁ…無くしちゃったかぁ…」
ぐぬぬ……まさかこれは買いに行かなきゃいけないよね…。
チラリと窓の外を見てみる。雨は絶え間なく降り注いで、窓は水滴まみれになっていた。
ああ、こんな天気の時期に外に出なくてはいけないなんて…辛い……。
ただでさえお金がないっていうのに…。まあ私が働いてないからなんですけど。
既に時間は午後の二時になろうかという所。
はぁ…さっさと行って練習しよう。
私は自室を出て、玄関に立てかけてあった家族共用の傘を手に取り、外へ出かけた。
目的地は商業区にある本屋…もしくは古本屋。できれば古本屋で買いたい。なんてったって安いからね!!
私は大粒の雨によって容赦なくボコボコにされる傘の音を聞きながら、居住区を歩いていた。
ちなみにジュールの家は居住区ではなく商業区にある。何故ならジュールの家は昔引っ越してきた家だから。歓迎はされたものの既に居住区に新しく家を作るスペースがなかったのだ。
だから丁度敷地が開いていた商業区に彼の家は建てられた。だからか、この村の中でも特に大きな家になっている。村長さんの家より大きいし、敷地も広い。
………なぜ私が急にジュールの事を考え始めたのか。その答えは明確だ。
居住区を歩く私の目の前を後ろにゾロゾロと子供を引き連れたジュールが横切っていったからだ。
ジュールの家はこのあたりに無い。だからなぜこの居住区に来ているのかが不思議なんだ。だって彼に友達なんて……いやこれは流石に酷いから考えないようにしよう。
とにかく、あの変な行列は何だったんだろう?
…またジュールが変な事をやらかしているのではないだろうな…。
昨日なんて泥団子作って自分の家の外壁にぶつけていたのだ。恐ろしくて声をかける気にもならなかったけれど、彼の奇行は止まる事を知らない。
はぁ……本屋より先に、ジュールの事を解決しよう…。
私は行き先を急遽変更し、こっそりとジュールたちの列に加わった。
その列はゆっくりと居住区の端っこにある建物へ向かっていた。
確かこの道を進んでいくとあるのは……あ!
「図書館か!」
私が思わず大声を出したら、並んでいた子供たちとジュールが一斉にこちらを向いた。
…まさか今気づいたの?
「アン!?何でこんなところに?」
ジュールはそう言った。いやここは居住区だから……って別に休みの日でもないし、不思議にも思うか…。
「特に働く用事とかもなかったんだけど、買い物があって出かけてたら何かジュールが子供たち連れて歩いてるから…また変な事しようとしてるんじゃないかと思って」
「な、なんだと!別に変な事しようだなんて思ってないぞ!なあお前たち!!」
そうジュールが子供たちに声をかけるが、誰も返事をしない。
「………今俺たちは、アンがさっき言った通り図書館に向かっているんだ」
え、今のスルーでいいの?悲しすぎない??
「そ、そう……なにか調べもの?」
「そうだ。この子たちにも手伝ってもらおうと声をかけたのだ!」
彼がそう言うと、子供たちの一人が大声で「お昼奢るから手伝えって言われたんだー!」と言った。
こいつ…子供を買収したのか…。
「と、とにかくだ!俺たちは図書館に用事があるから!じゃあな!!」
ジュールたちはそのまま図書館の方へ歩いていった。
私はその背中を見つめながら、ふと思いついた事があった。
そう。今日の買い物の事だ。
今日買おうと思っていたのは魔法の教本。それも生活に使う魔法のだ。
そういう生活していくうえで必要な技術の教本って…図書館に置いてあるんじゃ…?
私はひらめき型の天才だったのかもしれない。そうだ、図書館ならお金を使わずに本を読める!借りれる!
利用するための会員証なら随分と昔に作った!!
…私も図書館……行ってみるかぁ…!
私は雨に濡れすぎないように、足早に図書館へ向かった。
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