第4話ー① 自らの責任についてよく考えなさい
私、アンとジュールが良く歩くようになってから既に二十日ほど経った日。
バスカヴィル暦十二年の六月一日、まだ雨季は過ぎておらず、相も変わらず雨の日は多い。
だけど今日は曇りがかった空なだけで、雨は降っていなかった。
そんな日、私は居住区を上下に別ける様に流れている川のほとりで、魔法の練習をしていた。
この川は何か色々な名前で呼ばれているせいで、これと言った特定の名称が無い変な川だ。私は川と呼んでる。だって川だし。
それはそうと、今日練習しているのは水を出す魔法だ。これが使えれば清潔な水を出す事が出来る様になり、いざという時に役立つのだ。
ちなみに、時間を合わせる魔法は魔素の集めるとこまでは良かったが、肝心の練習用の時計が家に一つも無かった事が分かり、習得を一時断念した。
なので、今は水を出す魔法を練習しているわけだ。
部屋ではなく川に来て練習しているのは、水という存在をよりリアルに感じるためであって、決してずっと家にいるのが飽きたわけではない。
ホントダヨ。ホント。
足に魔法陣を展開し、魔素を集めながら体の中の魔力を足の先から出る様に流す。自分の感覚でここだと思った時に、自分で決めた魔法発動の合図を出す。私の場合は足で強く地面を叩く事だ。
ダンッ!と大きな音をたて、魔法陣が一気に足に収縮し魔法が発動する。……発動…す……は、発動………しない…。
ああ!失敗した!また失敗した!!
朝からずっとやってるけど、何度失敗すれば気が済むんだ私!
もー!!!
自分にうんざりしたところで、もう一度地面に置いていた教本を拾い上げ、内容を確認する。
魔素の量かな…?それとも魔力の量?一体なにを間違えたのか……こういうのを何度も続けて魔法は覚えていく。
いわゆる偉大な魔法使いと呼ばれる人は、どれくらいの数の魔法を使えるのだろうか…。まだ一つしか魔法が使えない私には計り知れない。
溜め息をつきつつ、もう一度やろうと教本を地面に置こうとした時、ふと川の対岸に膝を抱えて座っている人影が目に入った。
おやまあ、こんなところで落ち込んでるとは…と思いながら、誰かな?と目を凝らしてよーく見てみると、その人は村長さんの長男、エドワードさんだった。フルネームだとエドワード・ディッセン。
確かに対岸側には村長さんの邸宅があるが、一体全体どうしてあんなところにいるんだろう。
気にはなるけど、今は魔法を覚える事に集中したいので、私は視界を自分の足元に戻した。
もう一度魔法陣を展開して…それで魔素を「お、アンじゃないか!」
「わああああああ!!??」
私は驚き過ぎて、思い切り顔から地面に転んだ。
「ど、どうした?急にそんな大声を出して」
「今魔法使おうと思ってたの!!練習で!集中してた時に急に話しかけられたらビックリして大声もでるでしょ!!」
全く……私は急に背後から話しかけてきたジュールに思い切りキレた。
チラッと対岸に目をやると、さっきまでエドワードさんがいた所には誰もいなかった。私の大声で消し飛ばしたのかな…いや普通にうるさいからどっか行ったんだろな。
「もう…久しぶりに雨が降ってなくて外で練習で来てたのに!」
「す、すまない。帰り道で偶然アンを見つけたもんで…」
そんなに私に懐いてたのかコヤツ…。
「って帰り道って誰かの家に遊びにでも行ってたの?」
ここは居住区、お店などは無いのだ。
「アンが提案してくれた村長との謁見さ。大熊について俺なりの答え…というか見解を伝えてきた」
「あ、図書館で話した…え、何か大熊について分かったの?」
「本と俺の記憶から出した、かなり妄想に近い推論だがな」
おお…そういう話の点と点を結びつける力は、今のジュールになってからの方が高まっている気がする。
やはり、前世の記憶のおかげで大人びた感じになったからだろうか。
……いや、かなり非常識な事もやって騒ぎ起こしてたな…こいつ前世は一体幾つで亡くなったんだ…?
「私にも教えてよ、そのジュールなりの答えっての」
私は一旦魔法の練習を止めて、二人で川沿いに座り彼の話を聞く事にした。
「まずあの大熊が主かどうかって話だよな。それで村長に聞いてみればってアンが言ってくれたんだし」
「うん、六十年くらい前に虎の主がいて、それの次の主って事なのかなって考えだよね」
「ああ、だがそれは村長によって否定された。主と言うのは村民…というか人を襲わないし、基本的に森の奥で手下と共に暮らす存在らしい」
え、じゃあ虎の主はどうやって見つけたんだろう…。
「虎の主は狩りの最中に偶然村の近くまで現れたらしくてな、物凄い久しぶりに確認された主で今の所最後に発見された主らしい。で、主と言うのは森の中を動物側が管理するために生まれる存在だとの事で、身体が大きいただの動物なんだ」
私の心を読んだかのように、ジュールは疑問に思っていた事を説明してくれた。
なるほどね。
「ただの動物…って事は魔力を毛で感じたりは…」
「当然できない。人間と同じで視覚や聴覚でしかわからないそうだ。だが大熊は毛で感知し、俺を見つめていた…だからこそあの大熊は主ではない、何なら動物ですらない何か別の生き物って結論付けた」
なるほど…村長さんとの話は思っていたより有意義だった様で、かなり先まで話が進んでいた。
「だからこそ俺は呪いの説を強く考えた。俺とアンが読んだ本で、強い呪いで犬が狼に見えたって話し合ったろ?あの時俺たちは何で狼と犬を見間違えたんだって悩んだが、そもそも近しい動物であるし、何なら大きさだって変化していたんだから、正しく認識できなくて当たり前だったんだよ。俺たちは難しく考えすぎていたってわけさ」
そっか、元々犬と狼って似てるもんなぁ…。何も聞かされずにどっちがどっち!って言われたら、案外わかんないかも知れない。
難しく考えすぎた…か。
「そして呪いって強い念で発動してしまう事もあるって書いてあったし」
え、いやちょっと待って!そんな事どこに書いてあったの?
私はすぐさま、ジュールに聞いた。
すると、ジュールは「ああ、そっかアンは見てたけど読めなかった所だ。すまん説明不足だった」と言って、一から話してくれた。
どうやら私が見た序文の部分には、呪いの本来の使い方などが書かれていて、その中にふとした強い念が呪いを発動させて人を不幸にする事もあると書いてあったらしい。
そうだったんだ…こわ…。
「それで…呪いの事と合わせて俺の前世に関わる事なんだが…」
「うん?どうかしたの」
急に暗い顔になるジュール。
一体どうしたというのか。前世はまあ戦争していた時代だったらしいし、まあ辛い事もあっただろうけど…?
「探査魔法を使った時に何で俺がとっさに熊だとわかったか…その理由がようやくわかったんだ。」
それが前世に関係しているのか。なるほど?
「あの大熊は俺の前世で世話もした事がある熊だったんだ…」
うん?どういう事?
「ジュールの前世って三百年前でしょ?そんな長い時間熊が生きられるわけ…」
私がまだ話そうとしている時にジュールは言葉を遮る様に被せてきた。
「リボンだ」
言葉を被せてまで言ったのはリボン。リボン…?
「それがジュールの前世の記憶にいる熊と同じだったって事?」
「ああ、右手の上腕二頭筋に付いたあのリボンの形が前世で付けられていたものと全く同じだったんだ。それを俺は無意識に認識していて探査魔法ではシルエットでしか見えないはずなのに熊だと断定できたんだ…」
はぁ……それがどうして暗い表情になるんだろうか。
いや呪いの事と合わせてって事は……ええっと…お世話してた熊が呪いで今なお生きているって事か。それはすごく辛いな…うん。
安らかに死ねもしないんだもんな。マジョールさんとは真逆と言っていい。
「そしてその熊は俺の前世の婚約者の……」
ジュールは言い淀んでしまった。どうしたのだろう。
「言い辛いなら言わなくてもいいよ。結構今までの話でも納得してたから」
私がそう言うと、ジュールは大きく息を吐き、顔を上げた。
「前世の婚約者の首が括りつけられていたんだ。そのリボンにな」
「え?」
まさかの一言に私は次に出すべき言葉を失った。
婚約者の首…?首?リボンにって…それじゃ…それって…
「大熊は婚約者さんの仇って事?」
私が直感で思い至った事を聞くと、ジュールはゆっくりと首を横に振って否定した。
「違うんだ。その熊と俺と婚約者は仲が良くてな、婚約者…言い辛いからもう彼女の名前で話すが、フィーユを殺した奴等もそれを知っていて無理やり括りつけたんだ。俺たち三人の思い出のリボンにな」
フィーユ……それって、あの日最後に読んだ神話に出てきた穴に落ちた人と同じ名前……。
「思い出のリボンって事は、そのフィーユさんと前世のジュールで熊にあげたって事だよね。でも同じようなリボンを付けて似たような結び方をしたら…って考えられないかな」
私はとりあえず、違う可能性についても聞いてみた。
だけどジュールは「俺もそう思ったが、リボンの形が全く同じ場合あの時、全然近づこうとしてこなかった理由にも説明がつくんだ」と言った。
あの時…なんだか前世の話もするからわけわからなくなるけど、今のあの時は私たちが大熊に出会った時の話だよね。
ええっと、近づかなかった理由って…ええっと、あれオニオンの口臭が原因じゃなかったっけ…。
あ、でもそうか、あれって結局そうかもしれないって話で、確定した話ではなかったのか。
「あの時、大熊は俺を見つめていた。俺の中にある魔力の波形が前世の俺の魔力波形に変化していたからだ。そして俺を前世の俺だと誤認した大熊は仲の良かった前世の俺に殺そうとする事もなくただ見つめていたんだ…」
「あの、質問なんだけど魔力波形って何…?それって体の魔力の流れって事?」
「魔力波形っていうのは、体内に流れている魔力が持つ個々人によって異なる振動さ。魔力というのは心臓の様に脈動を繰り返しながら体内を巡っているんだ」
そうだったんだ…。
「初めて知った…じゃ、じゃあジュールはそれが前世の波形に変わってたって事だよね?どうやってわかったの?」
ジュールは私の目を見て少し微笑んだ後、左手に小さな魔法陣を出した。周囲に魔素は集まっていない。ただ魔法陣を展開しただけの様だ。
「この魔法陣をよく見てくれ。アン、君の魔法陣と違う所が一ヶ所ある」
彼にそう言われて、私はその魔法陣をジッと見つめる。
そして気づいた。文字だ。
私の魔法陣には、セゾン大陸の西方を起源とするラテンという文字が書かれており、使う魔法の呪文が刻まれていると教本には書いてあった。
だが、ジュールのはどうだ。ラテンじゃない。
まるで記号だ。月や山、火などを象形化したような文字?が並んでいる。
これが変化した前世の魔力波形に関係しているんだ。
ジュールは何も言わなかったが、私には伝わった。
これは過去の魔法陣。人が進化していく過程で一緒に変化した魔法陣が、ジュールが前世の記憶を思い出すというイレギュラーに対し、魔法陣も同じように過去のものに変化してしまったのだろう。
「やはり君は聡明な人だな。すぐにわかってくれると思った」
ジュールはそう言ったが、私は魔力波形の事に関してとりあえず一旦納得はしたが、も一つ気になる事がある。
呪いで変化したとはいえ、昔仲良かった熊が彼を前世のジュールと誤認した事で近づかなかった…ってところ。
だって普通三百年ぶりに知り合いに会えたんだよ?それもただの知り合いじゃない、リボンを贈るくらい仲が良かったと思しき友達だよ?
なら近づきそうなもんじゃない?余計にさ、嬉しさとかで。
「で、長くなってしまったが俺が出した答えっていうのは、前世で仲の良かった熊が何かの呪いによって変化してしまい今も生き続け、アムール大森林に迷い込んでしまった…って話しだ」
私はそこまで聞いて「なるほどね」と呟いてみたけれど、正直話の途中から私の心は別の事に関心が向かっていた。
それは彼の魔力波形が変化したという所だ。
あのマジョールさんが亡くなった翌日…あの日から前世のジュールの魔法波形に変化していたというのなら、それまでの彼はいったいどこへ行ってしまったんだろうか。
これまでは前世の記憶に引っ張られて今までとは違う雰囲気になったのだと思っていた。ユモン様も記憶の混濁などおっしゃっていたし、そうなんだと納得していた。
でも魔力波形という個々人によって異なるものが、過去の人間である彼の前世のものに変わってしまったのなら、今を生きるジュール…彼は今どこにいるのだろうか。
私の友達…とても仲が良かったとまでは言わないけど、あったら遊びに誘ったり誘われたりしたあの臆病で優しいジュールは…今…どこにいるの?
私がその事を聞こうかと思った時に、ジュールは何かに気づいた様に、対岸を見つめていた。
彼の目線の先を私も見つめてみると、そこにはさっきまでいなくなっていたエドワードさんがまたそこに佇んでいた。
さっきまでとの違いは座っているか立っているかだが…。
「あの人は誰だ?」
あ、久しぶりに出たわねその記憶混濁による身近な人忘れるやつ。
……今となっては本当に記憶混濁なのかも怪しいけど…。
「あの人は村長さんのご長男、エドワード・ディッセンさんよ」
私が教えると、ジュールは「そうか…」と言い、立ち上がり「なんだか只ならぬ雰囲気だ、話を聞きに行こう」と提案をして橋の方へ走っていった。
「え!?あ、ちょっと待ってよ!」
私もすぐさまその後を追いかけた。
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