第4話 風のめぐる家<6>終章
「そうだよ。十五年前に私はふらっとこの町にやってきた旅人のあいつと一緒に町を出たんだ。そして海に近いある町の外れの潮風の 吹き付ける丘の上に小さな家を持った。そこはぼろぼろのあばら家で、年中風が吹き込んでくるようなひどい家だったが、若くて金のない 私たちには、そんな家しか持てなかった。だけどそんなことはどうでもよかった。ただ二人の家があればよかった。そして私たちはその風の 吹く家を、風麗荘と呼ぶことにした。
あいつは町でちょっとした仕事を見つけて、しばらくはそれでうまくいっていたんだ。ところが五年目にあいつは町にきた旅の商人 に東の海の緑真珠の伝説を聞いて、そいつを採りに行くと言ったんだ」
「それでカディスさんがとめたのに、聞かなかったのね」
「そうだよ。そんなもののために私を置いていくんだと思ったら、腹が立ってね。言い争って、そのまま私は家を出て、この町に 戻ってきた」
「もしかしたら追って来てくれるんじゃないかと思って?」
「……」
「でも来なかったのね。そして今ごろになって……」
「受け入れられるかい?十年も自分の夢のためにほったらかしにしておいて」
「でもキュラソーさんは、本当はカディスさんのために素敵な贈り物をしたかったのよね。そして、昔カディスさんとおそろいで買った ブレスレットも持っていた。カディスさんも同じものをいつもしていたわ」
「……」
「ずっと待っていたんでしょう?」
「……」
「今でも好きなのよね?」
「そんなこと、今さら言ってどうなる?あいつはもう帰ってくる気はないよ」
「でも好きなのよね?」
「……」
「そうなんでしょ?」
「ああ……」
にこっ
ナンシーは微笑んで、一つの窓に向かって言った。
「ねぇ、聞いた?」
そのとたん、ぱっと窓が開いて、元気な顔がのぞいた。
「もちろんだよ、ナンシー。ねぇ、みんな!」
その声を鍵に、今度は家中の窓とドアが開き、町中の人たちの顔が現れた。
「ばっちり!」
「しかとね!」
「やっぱりねー!」
「よかったー!」
「すてきよ、おばさん!」
家中の窓から窓から明るい声と拍手が飛びこんできた。
「あんたたち……」
カディスは、驚いて何がなんだかわからないといった顔だ。
「だってカディスは強情だから。これくらい証人にいてもらわなくちゃ」
「!」
窓際でそっとナンシーたちの会話を聞いていた人たちの顔が全部現れると、痩せた男が一人、入り口から入ってきた。
「待たせてごめん。もう箒で追い出したりしないでくれよ」
その人の姿を見ると、あっけにとられていたカディスの眉がぴくっと動いた。
「キュラソー……」
いつもの威勢のいいカディスからは考えられないくらい、静かで柔らかい声だった。
「だめかな?」
カディスはふっと笑った。
「これだけ大勢の共犯者がいるのに、箒で追い出したりできると思う?」
キュラソーもふっと笑った。
「ありがとう」
町中の人たちの真ん中で、二人は手をとり合った。
その日風麗荘に吹いた風は、今までで一番温かかったと誰もが思った。
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