第1話 ヘジュの石<8>
「この森には、何でもあるのね」
地上の風景を、そのまま水の底に沈めたかのように、静かに水をたたえた湖を前に、ナンシーは感嘆の声を上げる。
「うん。ここには何でもあるんだ。僕たちの欲しいものは、なんでも」
ほんの一瞬、間をおいてから、少年が続けた。
「姉ちゃんも、ここに住んだらいいのに」
「え?」
「姉ちゃんもここに住めばいいよ。ここにいれば、幸せにいられる。だって、姉ちゃんは、この森が好きでしょう?」
「うん、好きよ。ここは、すばらしいところだと思うわ。でも……」
「『大好きな気持ちにうそつかないで』って……」
「え?」
「ある人が、僕に教えてくれたんだ。大好きだって、思う気持ちには、素直にならなくちゃって。ねえ、姉ちゃん、最初の日に、僕があげたもの、覚えてる?」
「え、ええ。とても可愛い小枝だったから、嬉しくて、ずっと持ってるけど、でもどうして?」
少年は、えへへ、とちょっと笑った。
「変だよね、あんな物を人にあげるなんて。でも、あの時はとても嬉しくて、この人、好きだなあって思って、何かあげたくなっちゃったんだ」
そう言って、にっこり笑うと、少年は、ナンシーを離れ、木々の間に消えてしまった。
チャプ…
一人になったナンシーは、鏡のような水面に、桶を沈めた。ナンシーは、指先から幾重にも輪を描いて広がる細かな波に、水の底に沈められた風景が、本物でないこと知った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録(無料)
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます