第1話 ヘジュの石<4>
「ねぇ、ヘジュ」
「ん?」
「いつも、こんな暮らしをしているの?」
ナンシーは、窓辺に置いてある蝋燭の火を、頬杖をついて眺めながら、同じベッドにもぐりこんでいる少年に尋ねた。
「いつもね」
少年は、ナンシーと同じ格好に転がりながら、言った。蝋燭の火が、ふっと風に揺れるのが見えた。
「町には、出ないの?」
ナンシーがここに来てから、もう一週間が経つ。その間、一度も、この森の外に出ていない。
もちろん、この森は、豊かでとても美しい。この森の恵に頼っていれば、食べ物も、普段の生活にも不自由はない。だから、毎日、森を散歩したり、笛を吹いたり、小鳥たちと遊んでいる事もできる。だけど、何かが、おかしいと思う。なんだろう、何かが、不安。
「たまに行くよ。僕はね。でも、お母さんは行かない」
「どうして?」
「嫌いだからって言ってた。でも、そうじゃないと思う。お父さんが生きていた頃は行ってたから」
「あ、そうなんだ……」
ナンシーは、いけないことをしてしまった気がして、ふとんの中にもぐりこんだ。
「お父さんはね、すごかったんだよ」
「え?」
意外に明るい声が聞こえてきて、ナンシーは、ふとんから首を出した。少年は、向こう側を向いていた。
「小鳥と話ができた」
少年の声。
「木ともできた。昔は町にすんでいたんだけど、森の方がみんなと話せていいからってここに来たんだって。ここに家を建てて、楽器を作って、絵を描いて……みんな、お父さんが始めたんだよ……」
「……」
沈黙。少年の顔はまだ見えない。
「……大好きだったのね、お父さんのこと……」
「大好きだったんだ」
再び、沈黙。少年のふさふさとした頭の向こうで、蝋燭の火が、ぶるぶると震えるのが見えた。
お父さんが亡くなったのは、いったいいつのことだっただろう?どうしてお父さんは死んでしまったのだっけ?それも覚えていないくらい、昔のことだったのかなあ……?でも、お父さんのことは、こんなによく覚えているのに……。
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