第1話 ヘジュの石<2>

  フィーフィフィー、フィユユユ、ルルー

  フィーフィフィー、フィユユユユ、ルー


 しっとりとした朝の空気にまぎれて、どこからか聞こえてくる音。

 鳥の声のようにも、何か、楽器の音のようにも聞こえる。

 ナンシーは目を覚まし、一夜の宿を借りた、居心地の良い大きな木の又から、するりと降りた。

 辺りは一面の白い霧。音はその霧の中に溶けて、ナンシーを包んでいるような気がする。

 ナンシーは、霧の中に目を凝らす。すると、うっすらと白いもやの中に、木々が立ち並んでいるのが見えた。

「あの向こう……だよね……」

 ナンシーは、ふらりと霧の中の森へ、足を進めた。


 永遠に続くように思われた白い霧は、森の奥に行くほどに、透明になってゆき、森は輝きを増してゆくように感じられた。

 霧がすっかり途切れると、ナンシーの目の前に、幻のように広場が現れた。

 こんもりと小さな丘のようなその場所には、あたり一面に白い小さな花が楽しそうに咲き誇っていて、その中央では、白い服を着た女性が座って、小さな木の笛を鳴らしているのが見えた。もう霧はないけれど、柔らかい朝の光は、霧の中のように、その人の姿をぼかして不思議に見せていた。

 そして、その人の隣に少年が一人。

「あ」

 小さな声を上げて、少年はナンシーのところに飛んできた。少年の声に、その白い女性も笛を下ろし、ナンシーの方に顔を向けた。空色の瞳が柔らかい白い肌の中できらきらしていて、まるで空と雲の色が反対になったみたいだ、とナンシーは思った。

「ねぇ、姉ちゃん、昨日の姉ちゃんだろう?よく来れたね」

 少年が、にっと笑って言う。

「うん。笛の音が聞こえて、霧の中に入って、それで来れたの。あの霧は変……ううん、不思議、かな。なんだかふわふわしていて、温かかった」

 ふわふわしているのは私だわ、とナンシーがまだよくわからない不思議な気持ちでいると、女性が近くにやってきて、にっこりと微笑んだ。

「ようこそ、私たちのお家へ」

 彼女の長い銀色の髪が、ふわり、と風に流れる。

 ――これは、幻かしら?

 まるで、髪の揺らぎとともに、目に見えないきらきらの粒子が空気の中にちりばめられたみたい。

 そう思いながら、ナンシーは、まだふわふわした気持ちのまま、ぼうっと白い女性を見つめていた。

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