風の歌

暁香夏

第1話 ヘジュの石

第1話 ヘジュの石<1>

  チャプ、チャププ……




 ひんやりと、冷たい小川の水が、ナンシーの素足にはじかれると、ゆるやかに方向を変え、またさらさらと流れてゆく。ナンシーは、穏やかな流れに両足を遊ばせたまま、くいと背を反らした。

「うん、今日も青空、いいお天気」

 視界に広がった、混じりけのない青空に向かって微笑むと、ナンシーは、反らした背中を、ゆっくり、ゆっくり、まっすぐにしてゆく。

「吸い込まれてしまいそう」

 ぱたん、とついに草の上に背中が到着する。ナンシーは、背中にふくふくと柔らかい緑の温かみを感じながら、あの深く果てしない青の世界に包まれて、どこまでも飛んでいけそうな気がした。


 ――もっと、もっと遠くへ……


  バタタ、トン


 突然、ナンシーの指先に何かが触れ、青い世界を泳ぎ始めていたナンシーの心を引き戻した。小川は、あいかわらずさらさらと流れ、緑の草地はやわらかにナンシーの背中を受け止めていた。

 ナンシーは、起き上がって、指に触れたものを確認する。


 ――枝?


 ふいっと辺りを見回すと、ナンシーの目に、散らばった枝の中に倒れている少年の姿が映った。ナンシーはあっ、と声をあげて立ち上がると、裸足のまま少年に駆け寄り、枝をかき集めている少年の仕事を手伝ってやった。

「ありがとう、姉ちゃん。これ、あげる」

 丸い顔を笑顔でいっぱいにした少年は、かき集めた小枝のうちのひとつを、ナンシーに押し付けた。

 十歳くらいだろうか。ナンシーよりも、少し年下に見える。真っ黒な髪と瞳が何故かとても眩しい。

 ナンシーがぼんやりと考えている間に、少年は、残りの枝を抱えて、さっさと木と木の間に消えて行ってしまった。

「何なんだろう、あの子」

 ナンシーは、手の中の小枝に目を落とした。ナンシーの手のひらひとつ分と少しの長さのその枝は、先が長い方と短い方の二又に分かれている。まるで、兄弟みたいだ。色は黒に近い、深い色。それでいて、暗い印象はなく、どことなく、愛嬌があって、可愛い。

「ふふ」

 ナンシーは、不思議にその小枝が気に入った。

「あの子、どこの子なのかな」

 くるっと、辺りを見回した。辺りは、元通りの静かな森。

「この森のどこかに住んでいるのだろうか」


 ナンシーは、視界に入った一本の大きな木の上で一瞬目をとめると、くるりと方向転換をして、また小川の端に戻った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る