帰還勇者の魔術科学クロニクル

第4話

第4話: 現代社会への適応

藤堂龍之介との出会いから数日が経った。一輝は日常生活を送りながらも、常に違和感に苛まれていた。スマートフォンの新しいアプリ、電車の複雑な路線図、何気ない日常会話――全てが少し馴染みにくく、時に戸惑いを感じた。

大学の図書館で、一輝は黙々と本を読んでいた。異世界での経験を整理し、現代の知識と照らし合わせようとしていたのだ。

「篠崎、こんなところにいたのか」

声をかけてきたのは、同じゼミの佐藤だった。

「ああ、ちょっと調べものをしていて」

佐藤は首を傾げた。「お前、最近変わったよな。急に勉強熱心になったり、授業中に難しい問題をスラスラ解いたり」

一輝は苦笑いを浮かべた。「気のせいじゃないか？」

その時、図書館の入り口付近で騒ぎが起こった。本棚が倒れそうになり、女子学生が危険な状況に陥っていた。

一瞬のことだった。一輝の体が動いた。異世界で培った反射神経と身体能力で、彼は瞬時に女子学生のもとへ駆けつけ、倒れかけた本棚を支えた。

「大丈夫ですか？」

女子学生は驚いた表情で一輝を見上げた。「は、はい...ありがとうございます」

周囲から拍手が起こる。一輝は我に返り、慌てて現場を離れた。

「おい、篠崎！今のすごかったぞ！」佐藤が駆け寄ってきた。「まるでヒーローみたいだったぞ」

一輝は言葉を濁した。「いや、たまたまタイミングが良かっただけさ」

その日の夜、一輝は再び藤堂から連絡を受けた。

「君の能力が目覚めつつあるようだね」藤堂の声には、わずかな焦りが混じっていた。「我々と共に、その力を磨いてみないか？」

一輝は言葉を選びながら慎重に答えた。「藤堂さん、正直に言うと、まだ迷っています。この力が何なのか、自分でもよく分からない。もう少し時間をください」

藤堂は一瞬沈黙した後、「分かった。だが、君の力は他の組織の目にも留まっているはずだ。慎重に行動してくれ」

電話を切った後、一輝は窓の外を見つめた。街の喧騒、そして遠くに見えるスカイツリー。全てが懐かしく、それでいて少し異質に感じられた。

（この力は異世界から持ち帰ったものだ。でも、この世界でどう使えばいいんだ？）一輝は心の中で呟いた。（誰にも言えない。誰も信じてくれないだろう）

その問いへの答えを見つけるため、一輝は再び本を手に取った。異世界での経験と現代の知識を融合させ、新たな可能性を模索する。それが、彼にできる唯一の前進だった。

翌日、大学の廊下で一輝は偶然、図書館で助けた女子学生と再会した。

「あの、昨日は本当にありがとうございました」彼女は少し緊張した様子で話しかけてきた。「私、宮園美咲と言います。お礼がしたくて...」

一輝は微笑んだ。「篠崎一輝です。気にしないでください。誰でも同じことをしたはずです」

美咲は首を横に振った。「いいえ、あなたの動きは尋常じゃありませんでした。まるで...魔法のようでした」

その言葉に、一輝の表情が一瞬こわばる。「魔法」という言葉が、彼の心に強く響いた。

（まさか、彼女にも何か特別な力が...？）

「宮園さん、もしよければ...」一輝は言葉を選びながら続けた。「一緒にコーヒーでも飲みませんか？」

美咲は少し驚いた表情を見せたが、すぐに笑顔になった。「はい、喜んで」

二人が歩き去る姿を、遠くから誰かが見つめていた。黒いスーツを着た男性が、携帯電話で誰かに連絡を入れる。

「ターゲットの監視を続行します。彼の能力は間違いなく覚醒しつつあります」