第3話

第3話: 帰還後の混乱


保健室から自宅に戻った一輝は、しばらくぼんやりと天井を見つめていた。異世界での冒険が夢ではないと分かっていながら、現実世界の日常に違和感を覚えずにはいられなかった。


「ただいま」と呟いた声に、母親が応える。

「おかえり、一輝。遅かったわね」


その何気ない会話に、一輝は胸が締め付けられる思いがした。異世界で何年も過ごしたのに、この世界では一日も経っていないのだ。


「晩ご飯にしましょう。」


母の言葉に、一輝は思わず身を乗り出した。ダイニングテーブルに置かれた、つやつやと輝く白ご飯。箸を手に取り、一口口に運ぶ。


「うまい...」


思わず呟いた言葉に、母が不思議そうな顔をする。

「当たり前でしょ。毎日食べてるのに」


一輝は苦笑いを浮かべながら、ゆっくりと白ご飯を口に運んだ。異世界での食事とは全く異なる、懐かしくも新鮮な味。それは彼が本当に故郷に帰ってきたことを、身体で実感させるものだった。


翌日、大学に向かう一輝の頭の中は、まだ混乱していた。講義中、教授の話を聞こうとするが、頭に入ってこない。代わりに、異世界での戦いの記憶が次々と蘇ってくる。


「篠崎くん、この問題の解答を説明してくれますか?」


突然の指名に、一輝は我に返った。黒板に書かれた数式を見て、一瞬戸惑う。しかし、次の瞬間、彼の目に奇妙な光が宿った。


「はい」


一輝は立ち上がり、黒板に向かった。ペンを握る手が少し震えている。しかし、解答を書き始めると、まるで魔法を操るかのように、複雑な式が次々と展開されていく。


教室中が息を呑む中、一輝は完璧な解答を書き上げた。


「こ、これは...見事です」教授も驚きを隠せない様子だった。


席に戻りながら、一輝は自分の行動に困惑していた。この問題、本来なら自分には難しすぎるはずだ。しかし、黒板に向かったとき、まるで誰かが耳元で解き方を囁いているかのように、自然と答えが浮かんできたのだ。


放課後、一人で帰宅する道すがら、突然の違和感に襲われる。背後に誰かの気配を感じ、反射的に身を翻す。そこには、黒い服を着た男が立っていた。


「やはり、君か」


男の口調に警戒感を覚えた一輝は、咄嗟に後ろに跳んだ。その瞬間、彼の体が異様に軽く感じられた。まるで、重力そのものを操っているかのように。


「驚くな。我々は敵ではない」男は両手を上げ、平和の意思表示をした。「君の力に気づいたんだ」


一輝は混乱しながらも、男を見据えた。「あなたは誰だ? 何を望んでいる?」


男は微笑んだ。「私は藤堂龍之介。賢者協会からきた。君のような、特別な力を持つ者を探している」


「賢者協会?」


その言葉に、一輝の中で何かが反応した。異世界での記憶が蘇る。そこでも、似たような組織の存在を耳にしたことがある。


藤堂は続けた。「君の力は、この世界にとって貴重だ。我々と共に、その力の真髄を探ってみないか?」


一輝は答えに窮した。異世界での経験、突如現れた不思議な能力、そして目の前の男の誘い。全てが繋がっているような、そんな予感がした。


「考えさせてください」


藤堂は頷き、名刺を差し出した。「分かった。決心がついたら、連絡してくれ」


そう言って、男は去っていった。一輝は名刺を握りしめ、複雑な思いに包まれながら帰路についた。彼の日常は、もう二度と戻らないかもしれない。新たな冒険の幕開けが、確実に近づいていた。

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