Oriental Dragoon
烏丸陰陽子
プロローグ
零、荒野の死闘
三日三晩の激闘だった。
赤銅色の岩山が
片一方は、
龍の加護を受けし男が杖を
大地を蹴り上げ、男が放つ雷撃を避けながら彼は
相手が『普通の生命』ならば、これで勝敗は決した――はずだった。けれど、岩山に磔られ、崩れ落ちた悪鬼は、まだ立ち上がり、光の無い眼で男を睨む。そんな彼の姿に、男は少しだけ、憐憫の表情を浮かべた。そして溜め息をひとつ吐いて、彼へと静かに語りかける。
「もう、いいでしょう。大人しく降伏してはくれませんか」
あまりに優しげな、そして同時に哀しげな声。しかし、
「――思い上がるなよ、人間」
悪鬼は憐れみを含んだ男の声に苛立ちを隠さず、刺々しい、それでいて地の底から響くような声音で呻いた。
「思い上がりではありません。貴方は確かに強い。強いからこそ、敬意を表して申し上げているのです。私は、貴方を殺したく無い」
男の言葉を、悪鬼はせせら笑った。
「俺は必ずお前を殺す」
「いいえ、それは貴方自身の意思ではないはずだ。貴方は忌まわしい本能に、人への殺戮衝動に突き動かされているだけなのです。本当の貴方は優しい方だ。私には分かる」
男はあくまでも諭すように彼に語りかけるが、最後の一言は、悪鬼の逆鱗に触れてしまった。
「……何が分かるというんだ」
彼は一層低い声を上げ、底無しの憎悪を込めた眼差しを男に向ける。岩山に吹き飛ばされた時の、虚ろで焦点の合わない眼とは明らかに違う、射抜くような鋭い視線。それが、彼は何かに操られた傀儡などではなく、正しく彼自身の意思によって、男の言葉に心底からの嫌悪と憤怒を感じ、殺意を抱いた証であった。
「お前などに、一体何が分かるというんだ!」
絶叫するなり、彼は再び大地を蹴って、男へ向かい突進する。男は静かに眼を閉じて、またひとつ小さな溜め息を吐いた。そして自らも杖を握り直し、振り翳し、天から猛烈な嵐を呼び寄せる。気象に干渉するその業は、風雨を司る
悪鬼はその嵐の中を、自身の身体が傷つくことも厭わずに、無理矢理に
「……お願いです。降伏して下さい」
男はいっそ哀願するかのように、彼に問う。もうこれ以上、彼を傷つけたくは無いと、男は心から思っていた。しかし。
「――断る」
彼はまたしても立ち上がる。その眼に、深い憎悪の火を灯したまま。
最早、説得は不可能。そう悟った男は、弱々しく揺れ動きながら荒い息を吐く彼に向かって、再び杖を突き出した。もう、何も避けることは出来ない無力な彼へ。
男の杖が光り、雷撃が、辺り一面に降り注ぐ。光の雨は容赦無く、叛徒を大地に打ちつける。
そうして、忌まわしき二つ名で恐れられた人類の敵は――神の力を前にして、敢えなく膝を折ったのだった。
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