第3話 横顔
「横顔?」
「そう!凄い綺麗じゃない?最近気づいたの!佐藤君の横顔!」
「どっちの佐藤?」
「痩せてて背の高い方!」
「ああ……優貴さんか」
小柄でかわいらしい友人がテンション高く僕の親戚の容姿を褒めている。親戚が褒められるのはいいのだが、若干複雑だ。こういう話が出る時、優貴は大体誰かに告白されており、付き合っても断っても僕が目の敵にされるまでがセオリーだからだ。
「祐奈はあんまり?最近結構みんな佐藤君の横顔の話をしてるけど。反応薄いよね」
「いや……あの人の顔がいいのは最初からだから。定期的に出てくるから慣れた」
「ええ?でも綺麗でカッコいい人が友達に居たらうれしいじゃない?」
「親戚に顔のいいやついるから。昔から見てるとそこまで珍しくない」
「ええ?そうなの?」
「うん」
「祐奈は実は面食い?」
「いや……恋愛はしばらくいいから、面食いとは違うんじゃない?」
今日はハンバーガーショップの方の併設のテーブルは満席で、吹き抜けのカフェテラスの方に友人が座っている。久しぶりの光景だった。考査が終わって一息付けるからかもしれない。
「祐奈、眠そうだね。最近ずっとそうなの?」
「うん。ごめん。眠いんだよ」
長椅子で寝てくるよ、と席を立って少し離れた長椅子に横になる。枕の代わりはリュックで、顔の上に最近読んでいる警察小説を置いて目を閉じる。
祐奈が内側から戻ってくる気配はない。それは目下の僕の悩みで、これからどうしようと思う。祐奈が戻ってこないとすると、僕のこの性格で女性として生きることになってしまう。
(どうしようかな……)
女性のフリをして子供を作れるかどうかが問題なのだ。自分の体が女性である自覚はあって、力もそれほどない。よく漫画とかで急に女体化した男が女の姿になって男にモテまくるみたいな話はあるが、実際心境はそれに近く、ただ、男にモテないだけだ。漫画でよくあるメス堕ちとか絶対に嫌だ。親戚がそれを考えていないあたりはまともだと安心している。
(まあ、あれは見た目通り結構ピュアな人だからなあ)
いずれ擦れて小狡くなるのだろう、大人になったら。陽キャになるのか女に貢がせる男になるのか若干不安ではあるが、深刻に悩んでしまった時期と同じにならなければ構わないのだ。女に恨まれるキャラにならないといいが。
(いや、僕が今悩んでるのはアレのことではないんだよ)
『祐奈はこう……男の人に疎いよね』
最近のその指摘についても少し悩んでいる。僕が親戚の恋愛事情に全く言及しないことが、僕が親戚の身体に全く興味がないという誤解の原因になっている。
—―だからって、ボディビルの写真を見せられても……。
どうしてその発想になったんだ、と最近の友人のそういう地味な攻撃に辟易していた。
『だって性格がよければっていうけど、その前に顔か体でしょ?普通そこ最初に見て、色々あって性格で妥協するんでしょ』
そういうものだろうか。そもそも容姿を飛ばして性格を見るのはダメなのか。僕が興味があるのは、興味がある対象の考えている事とか心の中のことだと言ったら。
『それって心臓が好きってこと?』
心臓が好き。なかなかハードな表現だ。あの心膜とか大動脈とかが走っているドクドク動いている心臓のことか。確かにあれを否定することはできない。脳のように判断しないのに、人の命を司るその臓器が傷つくだけで人間は弱る。血を送って戻す行為だけで人間を動かすその器は美しいものだ。工学部の学生の僕がこういうことを述べたところで、とは思うけれど。
「なにやってんの」
声がして、反射的に体を起こした。本が滑り落ちてばさり、という派手な音がする。慌てて拾い上げて姿勢を治すと、勝手にまた友人が脇に座って本を触ってきた。
「最近の本?」
「これ?最近読んでる推理小説。発売はずっと前だ」
「『動機』?」
「ああ。知ってるの?」
「うん。僕もそれ、最近読んだの思い出した。それ内容ディープじゃない?」
「だから読んでるよ。読もうと思っても読めないだろ?」
「ああ。こういうの読むのって、慣れだからね」
「まあ、うん。慣れるってことはないが、自戒できないと読めないからな」
「うん」
そういって本を僕の膝に戻すと、ずい、と彼はアップルパイのようなものを目の前に突き出してきた。
「アップルパイ?」
「残念、ベーコンポテトパイ」
「食べかけか?」
「流石にそれはしていない。食べる?」
「いくらだよ」
「230円」
「払うから。わかったよ」
ジーンズのポケットに入っていたDunhillの二つ折り財布には500円玉と100円玉3枚しか入っておらず、友人に
「300円でいいか?30円が手持ちにない」
「200円でいい」
「30円少ないだろ?」
「食べかけだからいいよ」
「さっき食べてないって言ったろ」
「食べたよ」
箱を開けると、確かに微妙に食べた後がある。でも端ではないか。
「端じゃないか。今度30円払うよ」
「要らないよ。引き分けってことにして」
「引き分けなのか?」
「うん。勝てなかったから。お菓子」
「いや、僕がお菓子をあげるって話だったろ?」
「僕と君は親戚なんだから、同じでいいだろ?」
「いや、優貴、それは」
「親戚だといったろ。僕がお兄ちゃんだ」
「まだそこ、拘ってんのかよ……」
僕がベーコンポテトパイを受け取ったのを見てすぐ僕の脇から立って友人の方へ歩いていく姿を見ながら、ソファに背中を預けて空気を吐き出す。その後にもらったベーコンポテトパイを食べる。よくわからない、アレの考えは。
(いつ勝負したっけな……)
賭けをした記憶はない。祐奈かもしれない。僕は祐奈の時の記憶はないから、祐奈とアレが何をしゃべったのかを予想しかできないのだが。最近の話でいうと、やっぱりアレが周りにかっこいいと言わせられるか、という賭けだったのか。
(僕に言ってもまあ、効果ないから祐奈に言うだろうが。恋愛系は祐奈の方が割とわかるのかもしれない)
ただ、一部誤解があって。ベットで寝るかどうかを『対戦』と呼ぶ輩が居るのでそういう風に周りが誤解していないことを願うばかりだ。いや、どう考えても僕と親戚でべたべたしていたら、背の高い親戚の方が容姿が優れているのだから、小さい女顔でそもそも女の僕ではバランス取れないだろう、と僕は思うのだが。
—―モデルと付き合ったあの従弟が、面食いをやめたというなら話は別だが。
どうなんだろうなあ、と思う。一時期のアレの美女好きは親類で頭を悩ませていたが、周期的にそれが止むようになった。原因はわからない。美女好きが収まっている時の従弟は随分まともだが、そのかわり僕の恋愛関係には必ず口出ししてくる。女遊びできない反動を僕にぶつけられても、と思うが彼の父親からはそれを頼まれているので何とも言えない。
ただ、美女好きが収まっている時の従弟は頭がよく、大体見た目もよくなっているので、アレの興味を頭がいい女性にぶつけるのはアリだ、とは思ったが。
(成功率低いんだよなあ)
アレの興味がよくわからない。美女好きの時の方がわかりやすいが、その時のあれは正直、女の傀儡と言ってもいい。女の傀儡になっている従弟を制御するのは骨が折れる。後でアレの大体黒歴史になって余計に病むからだ。ヤンデレ製造機の従弟は、ウエットな関係性を構築すると泥沼に落ちやすい。堕としてやるなら沼より鏡のような泉とか、綺麗な水辺の方がいいと長年の腐れ縁では思うのだが。
「超、光属性みたいな奴いねえかなあ……」
「光属性がどうした。ブラックマジシャンガールか?」
「いや、うーん。アレに必要なの、エレメンタルヒーローのネオスだと思うよ」
次に隣に座ってきたのは、別の佐藤氏である。新宿駅で定期入れを拾ってから僕の存在を認識している友人の一人だ。彼は、僕とアレがいとこであることを知っている。そして、祐奈が今いないことも。
「まだ戻れないのか?」
「うん。まだ無理そう」
「まあ、お前の読んでる本みればわかるよ。後定期もってるし」
「ああ……うん。僕は、自転車はあまり好きじゃない。歩く方が好きだからね」
「本とクラシックも好き?」
「うん。祐奈はロックが好きなんだけど、僕はクラシックなんだ。ギターは好きだけどね」
「パイは?」
「僕に胸か尻か聞いてる?答えは石英だ。ゼオライトでもいいけどね」
「尻?ウソだろ?お前は心臓が大好きなはずだ」
「だからだよ」
僕が心臓を美しいと思っていることを否定しないのなら。
「わかんねえなあ……優貴もわかんねえけど、お前も相当わかんねえ」
「んー、そうだね。まあ、優貴の親族だからね。4歳から優貴を見てるけど、僕よりは優しいからね」
「やっぱ似てんな」
「違うようになろうと頑張ってるんだけどね」
「できねえよ。優貴の方が寄せてってんだぞ」
「困ったな。まともにならないといけないのにね」
「お前が異常なほどまともだったら、優貴は普通だよ。頑張ったら?従弟の為にさ」
「酷いこと言うね」
僕が女だから、従弟の礎になれというのか。
「どうせ死にたいんだろ?ならそうすればいい」
「なるほどね」
御尤も。だけれどそれは非道ではないのか。
「そしたら、責任が取れるよ。優貴もお前に責任を取るさ。お前がまともなら」
「うーん。それは同意すべきか?従弟の人生だ」
僕は従弟の人生を操作したいわけではない、というと。
「違うのか?独占欲だと思っていた」
「いや……逆だよ。僕は従弟が自由に生きれないか、とは思っている。人の心は思い通りにならない。心臓は美しいが、心臓を美しくする奇跡は常に起こったら奇跡ではないじゃない?」
「確かに」
でもそれだと、お前は一人じゃんと言われ。
「そうだね。従弟が居なくなったらどうしようかな。従弟が奥さんをもらったら、僕も結婚するかもね。僕の方が先かもしれないが、僕が結婚する時はまあ、離婚が前提だから」
「離婚が前提?」
「うん。最初の結婚はそうだと思う。一度従弟を自由にしなければならない。家族を全部捨ててどこかに行ってみるさ。それでも従弟に会ったら、そりゃあ神の思し召しというものだ」
「優貴といつも賭けをしてるって聞いたんだけど」
賭け?ああ、勝負してることか。
「賭けっていうか、勝負だね。優貴は興味がないことに本気にならないから。そうでもしないと本腰になってくれない」
「いつもそんなことしてんのか?」
「常時ってわけじゃない。どうしても頑張らないといけない時だけだよ」
従弟様は流れに任せて抵抗しないんでね、というと。
「アイツ、そんなに弱かったか?」
「んー。優貴の歴代の彼女とか、優貴が大好きってやつって、優貴のいう事なんでも叶えて上げようとすること多くてね。僕は違うし、そうじゃない女が居るってことを覚えておいてもらいたいと思って」
僕は優貴の奴隷じゃない。同じ人間だ。あいつがどれだけ偉くても、僕はあいつの親族で、自分じゃないやつを道具みたいに扱っちゃいけないぜってことをさ、優貴にお伝えしている存在でいようと思ってね。
「自分には何も持ってないなんて、思ってもらっちゃ困るんだよ。優貴にさ。賭けるもの持ってんだろ、そもそも支払えるものを僕に持ってるから、僕と勝負できるんだって。いつも、凹んでるからさ」
「お前にはあるの?賭けるもの」
「うん。誰にでも命はあるんだから、命は賭けられるでしょ。失敗したら死ぬかもしれないが。必ず支払えるものはそれだ。代替なら健康かな?」
「それじゃあ病気になっちまうだろ」
「うん。だから僕は健康じゃないんだ。だから、勝たないといけないけど。死にたくなかったらね。でも、死にたかったら負けてもいい。だから、この理論でいくと誰かが好きになったら負けるんだし、死にそうになるのさ」
「……そういうことか。だから優貴ってヤンデレ製造機なんだな」
「だから、僕が優貴に引き分けるか勝たないとね?」
「めんどくせー」
「うん、アレを止めるのに結構な手順が居る。ピュアなお坊ちゃんをもてあそんだ女の罪は大きいよな」
「お前じゃないのかよ」
「優貴を最初にもてあそんだ奴は僕じゃない。どっかの恋愛にこなれた女子高生だよ。ついでに言うとジャニーズ大好き。ドルオタだよ?」
「うわ、だからか」
「うん。僕もそれ、許せなくってねえ。祐奈がロックが好きなのもそのせいだよ」
僕の親族を弄んだら許さないよ。大人になるってことなんだろうけど、アイツがヤンデレ製造機になってしまった原因なんだし。
「僕も一応、責任取ってるわけ。親愛なる従弟様にね」
責任取らないやつと一緒にしないでくれよ、とベーコンポテトパイの最後のひとかけらを口に放り込むと、少し笑う。話しかけてきた別の佐藤氏はこういう僕を見て怖いと思ったらしい。
「お前も、優貴もこわいよ。なんでそんなに重いんだよ」
「これでも軽い方だと思うんだけどね?」
だって従弟様が別に恋人作ろうが別れようが"僕"は言及していないんだから。従弟が無事で生きてりゃいいのさ。子連れだろうが、再婚してようが、結婚してようが僕には関係がない。ただの従弟なのだから。
「従弟にそこまでする必要ないだろ?従弟の域を超えてるよ」
「そうだろうか?別にどうこうなろうと思ってなければ、こうなるのでは?」
「ならねえよ……普通そこまでするなら、従弟様とどうこうなろうとするさ」
「そうなの?」
「うん。だって一緒になったほうがいいじゃん?」
「世間はそんなに近親恋愛に寛容だったか?」
そこまで言うと、別の佐藤氏は口をつぐんだ。わかってんのかよ、といわれて。
「だから、恋愛にする必要がない」
「だからお前、恋愛に興味がないの?」
「別に、それだけじゃないよ。自分が変わってるからね。ドクドク動いてる心臓が大好きって、おかしいだろ?」
「確かに」
なんとなく腑に落ちたよ、と言われて謎解きは終了だよ、といえば。
「謎解きがないと全くわからん」
「世には解かない方がいい謎があるのさ」
「事実は小説より奇なり、って?」
「バイロンか。違うよ。これは小説だ。小説だと思っておけばいい」
僕はこういう性格なんだよ。祐奈の方が優しいだろ?早く戻りたいね、というと。
「お前でいいよ。その方が優貴がまともだから」
「後悔すると思うけどね」
少しだけ悲しくなる。優貴がまともであるためだけに必要な存在だと言われているようなものだ。祐奈がさまよいだすのもわかる。祐奈が帰ってこないのも。
――やはり、心臓以外には興味がもてないかもね。
どんなに顔がよくても、行動でみても、結局は人の心次第だ。愛も、所詮は容姿が優れているか、金とステータスさえあれば手に入れることができる。人生の半分は妥協と諦めだ。既にそれを為そうとしているのに、何故僕は周りから疎まれなければいけないのか。
(周りと同じように夢を見ないからいけないのか?)
憧れも、為したいことも僕にはない。暮らしていける収入があって、暴力と性的虐待がなければそれでいいのだ。
しんどさだって、一人で無ければ何とかなるものだという僕の認識は間違っているのか?ドラマティックな非日常が生活を彩るのはわかるが、どういうドラマティックさなら、平穏無事に帰還できるのか結局のところ考えなければならないだろう?
「自然発生的な非日常なんて、ただの泥沼愛憎劇だよ。昼ドラでも常時展開するつもりか?不倫と性的堕落が蔓延している日常を楽しいと僕は思ったことはない。劇的な売り上げでも期待できるんなら別だけど、ただの暇つぶしで人生を棒に振るのが彩りなのかな?昼ドラ展開で人の不幸は蜜の味って、ただの下半身の制御の無さだと思わないか?」
「……お前、そんなこと考えてるのかよ」
「恋愛の趣向はそう想像されるよ。君は自分の下半身の制御もできないと思われたくないだろ?」
「いい加減にしろよ」
—―恋愛なんて自由でいいに決まってんだろ。
あたりまえだ。僕だってそう思っている。イライラしているんだ、人がこれだけ努力して親戚の人生だと、穏やかな見守りをしているのにもかかわらず干渉しすぎだのなんだの。自分で同じようにやってみてくれ。自分の大事な人が目の前で誰と付き合っても笑って許せるようにしてみてくれないか。それでイラつかないというのか?
僕は、それでも今ここで笑っているのだが。
「じゃあ、僕と同じになってくれよ」
恋愛はむずかしいよ。好きとはそういう感情のことをさす。僕、それはわかるから怒りたくないんだよね。誰かを好きになった感情みたいなものを、潰すようなことをしたくないのだ。育たなきゃ咲かない花みたいなもんなんだから。
「好きだと思えたのに、そういう感情を押し殺すのは体に良くないが法的に逸脱はできない。それが社会性だ。不倫が糾弾されるのはそのせいだ。僕は不倫をしたくないんだよ」
「まともすぎて反吐が出るぜ」
「お望みどおりだろ?」
まともでいるって、悲しいよなあ。でも、秩序ってそうなんだろ?常に秩序がいいとは限らない、適度な乱雑さを許容するのも寛容さだ。その匙加減みたいなものを考えるから、人間関係はストレスなのだ。それがわかっているけれど。
「お前、早死にしそうだな」
「その方が楽だ。長生きしてどうすればいいんだろうね」
帰るよ、とリュックをもって立ち上がる。本も持って。ひらひらと手を振ってカフェテラスの玄関まで歩いていく。大学から最寄り駅までのバスに乗って、今日は何処まで行こうかなと思っていると。
「帰るの?」
「あれ。優貴、どうしたの」
「出てったから。僕も帰ろうと思って」
「それはわかったが、なんかみんなぞろぞろついてきてるんだけど?」
「うん。結局みんなで帰る」
「いや僕は帰らないんだけど。遊びに行くんだけど」
「どこに?」
「いや、ケーキでも食いに行こうかなって」
「僕も食べに行く」
「いや、さっきハンバーガー食べてなかったか?」
「ポテトだけだし」
「ダイエットはどうしたんだ」
「今日はいいの」
「いいのか?いやでも、別に店調べてねえから……」
「あのパン屋、やってるかな?」
「人数が多すぎねえ?4~5人ならいけるが。むりだろう」
「じゃあカラオケに行く」
「そういう気分じゃない」
「カラオケ」
「わかったよ……」
どうしたんだよ、いきなり。というとなんでもないという従弟様は微妙な優しさをだすので僕は、頭上のはてなマークが消せないでいる。
「優貴、こいつ全くわかってねえぞ」
「うん。でもいいんだ」
「凄い疑問符出してんのにか?」
「うん。いいんだ。いつもあれだけはっきり言ってくれれば……」
「いや、お前ねえ……全員、こいつに負けたんだけど?」
「うん。僕だけ勝った。だから一緒にカラオケに行く」
「そのぶっ飛んだ結論どうにかしろよ……」
「嫌なら来なくていいんだよ?僕と遙でいくし」
「行くよ。行けばいいんだろ」
「来なくてもいいって」
僕はずっと隣に座っている従弟様の佐藤優貴が何を言ってるのかよくわからないままバスに乗っていた。結局僕はどうすればいいのだ。僕はケーキが食べたい。
「どうしたんだよ」
「なんでもないよ。いいことがあったんだ」
「そうなの?」
「うん。いいことが、あった」
「君、いいことがあるとカラオケ行くの?」
「本当はギターを弾きたいけど、ギターは家だから」
「なるほど」
「悲しい時も弾くけどね。いつも弾くけどね」
「うれしいとか関係ないじゃん!」
「うん。関係ないの、僕ギターが好きなんだよね」
「そうなの」
「うん」
従弟様の趣味がギターだったとはね、と思いながら聞いていると。
「祐奈はギター弾かないの?」
「指が動けば弾くよ。でも今の部屋、壁がうっすいから近所迷惑だしさ。ギター担いで練習しに行けるほど、休息する時間がない。金がかかるんだ。母親と、体のメンテナンスに」
「大丈夫?」
「まだ、なんとかね。早死には現実になりそうだ。君が結婚して子供作ったら子供と遊びたいという僕の夢は叶うかわからない」
「そんな夢あったの?」
「うん。僕が子供を作るのは無理そうだからね」
「じゃあ、僕も作らない」
「なんで?」
「僕も体弱いし……」
「あー、まあ、そうだねえ、君も体は弱いよねえ」
「うん。僕、体弱いじゃない?でも、煙草吸ってる女性は早死にしてしまうじゃない?」
「ああ、そういう理由で」
「うん。僕と一緒に生きてくれないと困るじゃない?子供が生まれた時に煙草はよくないじゃない?」
「まあ、喫煙はねえ、母体によくはないよねえ。飲酒もよくないからねえ」
「うん。子供産むときに病気になると困るし……」
「まあ、そういうのよく聞くね。僕詳しくないけど、そこら辺の情報はあまり変わらないよね」
「僕のお父さん医者だから、怒ってたじゃない?お母さんの煙草」
「ああ……そういえば、うん。覚えてるよ。でも仕事上のコミュニケーションで必要だったんだろ?」
「うん。でも、煙草とお酒なかったら仲良かったかもしれないから」
「まだ、乗り越えられない?」
「うん。君だって乗り越えられないでしょ?」
「まあ。憎まないでいられるように、将来は離れて暮らしたいなと頑張ってるよ」
「うん。僕はどうだと思う?」
「どうかな。君が親思いなのを大事にした方がいいよ。僕みたいに、どっちとも距離を置くのはやめた方がいい。浮気してないのはお母さんなんだから、お母さんを大事にしたら?」
「うん、そうだよね」
少し下を向いてわらう。従弟が無事に生きる方法論を選んだ場合、僕は大分遠回りになる。母や親族が金持ちと交わした約束の殆どを果たしていないから、片付けるのに時間がかかるのだ。それに時間を割いていると従弟と過ごす時間は無くなる。今だってそうなのだから。でもそれを説明もできない。一族の尻拭いの半分はこの従弟も担っているからだ。
「なんとか、頑張るよ。君に死なれると困るんだ」
「うん」
カラオケ行くんだっけ?と聞くと従弟がスマホでカフェを探し始めていた。
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