裏切り行為

《陽下明日香》 

喜与の主治医、新山先生に視線が集まる。

「喜与さんの病態は日々悪化しています。抗がん剤も効果が出ていないと言ってもいいでしょう。」

 新山先生は少し間をおいて私達を見つめた。ゆっくりと息を吸い覚悟を決めたかのような面持ちで話した。

「喜与さんの寿命はもってあと半年ほどです。」


 頭の中が真っ白になる。私は座っていた丸椅子

 から崩れ落ち泣き崩れた。

「どうにもならないんですか・・・」震えて出てこない声を振り絞って聞いた。

「残っている手段は骨髄移植ですがかなり難しいと思います。喜与さんの白血球の型はとても珍しいので・・・」

 この世は地獄なのか。なんであの子が死ななければならない?狂気的殺人犯もクラスのいじめっ子も万引き犯も、みんなのうのうと生きているのに。なんであんなに優しい子が・・・。

 この世の全てが憎く感じた。あの子が死なないといけないほど悪いことをしたんだろうか。どこかの小説で「優しい子ほどあっけなく死んでゆく」と書いていたがそれはこういうことなんだろうか。

「わかんないですよ。なんで娘は・・・。娘は死なないといけないの・・・?」

 先生が暖かくかつ、無念がる顔でこちらを見つめる。

 初めて夫が口を開いた。

「娘には、夢があるんです。小説家になって皆を笑顔にしたいと僕らにいつも話してくれたんです」突然、思い出話が始まった。夫も受け入れられていないのだろう。

「その他にもいつも周りに気を配って、友達を優先しちゃうような子なんですよ」

「先生、人の命を奪ったクソみたいな人間でも明日があるんですよね。それなのになんでうちの子がこんな目に合わないといけないんですか?」

 先生が口を開く。

「余命宣告はあくまでも`最悪の場合`です。喜与さんの病態が良くないことに変わりはありませんが、確実に治らないというわけではありません。」

 たぶん、励ましてくれたんだろう。少しでも前を向けるようにと。でも、今の私には眼の前の医者がすごく無責任な野郎に見えた。


《陽下葉》

診断室のなかはまるで生きた心地がしなかった。

まさか自分の娘が余命宣告されるなんて思いもしなかった。

新山先生は医療界では有名な先生名らしい。その先生が治せないなんて。

先生は優しい声で言った。

「喜与さんに言わないという選択肢もありますがご家族の皆さんでお伝えなさったほうがいいかと思います。」

「喜与さんはやりたいこともはっきりしているようですから__」

「だめです!!!絶対言えません!!!」横から割り込んだのは妻だった。もう泣き止んでいるが気が動転しているのだろう。大きな声で反対した。

でもこのまま黙っていたらやりたいこともやれずに娘は死んでいくのだろう。

それは1番避けないといけないことなんじゃないのか。まだ最悪の場合でも半年残っている。俺達が喜与から未来を奪ってはいけない。

「言おう。喜与に。じゃないと俺達が喜与に怒られちゃう」

「いくら俺達の娘でもあの子の人生だ。夢があることを知って置きながら黙るのは裏切り行為だよ。あと半年間だけでも好きなことに時間を使わせてあげよう?」

妻はなにも言わずにまた泣き叫んでいた。

その間、妻の泣く声だけが病室に響いていた。

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