笑顔略奪。それは罪か

《陽下喜与》

私が抗がん剤の投与を始めてから2ヶ月の月日が立ち去っていきました。抗がん剤の副作用で頻繁に発熱し、ついに髪の毛も抜け落ちてしまいました。髪の毛が抜け落ちてなくなってしまったときは、病気を言い渡されたときのようにショックでした。悲しみの次に私に訪れた感情は「心配」でした。母や父はもう知っていますが幼馴染の優慈はまだ知りません。彼は私のことを自分の時間を犠牲にしてまで心配してくれているのです。これ以上心配をかけたら彼が壊れてしまうとさえ思いました。

私は沢山の人の手を借りて生きています。そのことが私はなによりも苦痛でした。私は人を笑顔にしたいと口にしておきながら周りの人を悲しませて、とても幸せにしているとは言い難いからです。早く治して恩返しがしたい。自分と同じ境遇の方たちにも届くような本が書きたい。私はそのことしか頭にありませんでした。


抗がん剤投与から5ヶ月経ったある日のことです。

私は調子が回復し久しぶりに学校に登校していました。お昼休みを終えた5時間目。私はいきなり猛烈な吐き気に襲われました。そこからは一気に意識がなくなり覚えていませんが、おそらく大変な目に皆を巻き込んでしまったのだと思います。気がつくといつもの病室でした。顔見知りの看護師さんが心配そうな目で私を見たあと、すぐに先生を呼びに出ていきました。その間私は1人で授業中のことを思い出していました。

無数の心配の目が私に注がれてたことでしょう。それを想像するだけでなんとも言えない気持ちが私を侵食してきます。心配してくれて嬉しい気持ちはもちろんあります。ですが、やはり罪悪感や申し訳のなさ、そして羞恥心が私を襲いました。

私はもう人を笑顔にはできないのでしょうか。最近このようなことを考えてしまいます。その度に取り繕っては自分を元気に仕立て上げました。私はこれ以上人から笑顔を奪う自分を許せないと思ったからです。

「お待てせしました。」看護師さんとともに病室に入ってきた先生は少しつかれたような笑顔を私に見せました。そしてとても言いづらそうに口を開けました。

「病状がよくないんだ。またもう少し入院生活を一緒に頑張ろう。」

ああ、私はまた笑顔を奪ってしまったのか。私は、まだ生きていていいのでしょうか。家族や親友にも心配をかけ、みんなそれぞれの用事を捨ててまで足を運んでくれます。支えてくれます。

「一人じゃないよ」と言われる度に今の「1人では生きていけない私」を責めてしまうのです。こんな私をどうか救ってください。神様。8ヶ月で早かったら寛解すると言われていたはずなのに5ヶ月たった今でもこの病気は治る気配なく私の体を蝕んでいました。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る