起死転生~魔王戦に負けて追放されたミニサイズ聖女の私ですが、推しの悪役令嬢に求婚されています〜

杉浦はなこ

起死転生

「もうだめだ、おしまいだ……」


 目の前に広がるのは仲間たちの残骸。玉座の上で踊る魔王。

 私はあまりのショックに膝をついた。頭のティアラが床に落ちる。


 どうしてこんなことになってしまったのか。理由は2つ。


 1つはパーティーメンバーの男どもが揃いも揃って私に惚れ込んでお互いを憎しみあったから。


 そして、私のMPが極端に少ないから。

 そのために私は魔法を使うと体が縮んでしまうのだ。


 命からがらひとりで王城に帰還した私に王様は言った。


「魔王を倒せないならお前を生かす意味はもうない。名ばかりの偽物聖女め。野垂れ死んでしまえ」


 あまりにも酷すぎる。


 ここはRPG乙女ゲーム「デビリッシュ・セイント」の世界だ。

 私は転生者。

 魔王を討伐するために、聖女召喚の儀式によって現代の平凡な日本人から主人公へと魂を移植された。


 次の聖女召喚の儀式を行うためには、前の聖女が既に死んでいる必要がある。

 使えない追放聖女の私は殺されるかもしれない。


「ああ、せっかく推しゲームの世界なんだから、推しに会いたかったなあ」


 でも私の推しであるディオーネは悪役令嬢だから、王様に断罪されてしまったんだっけ。

 私はため息をついた。


 王城を追い出されてトボトボと郊外を歩いていると、突然に地鳴りが始まった。

 近頃は魔王の勢力も増し、魔物暴走が頻繁に起こっているのだ。

 私も4人の仲間たちとともに魔物討伐に励んでいたが、仲間がいなくなり、王城から追放された今では、魔物を倒すことすらままならない。


 召喚の儀式が行われた教会へも行ってみたのだが、既に王様の通達が届いているようで、何を言う間もなく追い出されてしまった。


 夜になると、この街は寒い。

 今の私は一文無しだし、暖を取る道具も取り上げられてしまった。ご飯を買うこともできない。宿もない。


 このまま死んでしまうのかな、と思ったそのとき、すぐ近くを豪華絢爛な馬車が通りかかった。

 紋章がついた、紫色の毒々しいカボチャ型の馬車。


 これは、私の推し、悪役令嬢ディオーネの馬車だ!


 思わず駆け寄ろうとすると、再び近くで地鳴りが聞こえた。

 これはまずい。魔物暴走だ。


 私は紫の馬車に駆け寄り、咄嗟に光魔法で大きなバリアを張った。

 魔物が横を通り過ぎていく間にも、私の体は縮み続ける。

 それでも、ディオーネを守るためならと踏ん張ってバリアを張り続けた。


 魔物暴走が通り過ぎた頃には、私は全てのMPを使い果たして意識を手放した。


 その直前、「かわいいお人形を見つけた」という呟きが聞こえた気がした。



 ◇◆◇◆◇



 目が覚めると、私は天蓋付きのベッドの上にいた。

 体の大きさは強制的に休息を取ったことで元に戻っている。


「あら、起きたのね」


 そう言って横から登場したのはディオーネその人だ。

 突然の推しの登場に私は慌てふためいた。

 口からは「あわ、あわ」なんて情けない声が飛び出し、手足が震える。


 艶めく美しい茶髪に、紫色のロングドレスがよく映えている。とても端正で綺麗な顔だ。


 彼女は、想い人であるパーティーメンバーが私に想いを寄せていたことのひがみから、魔王を討伐しようとした私たちを幾度となく妨害した。

 王様の断罪によって、厳しいといわれる侯爵家との婚約を強制的に取り付けられたはずだ。

 しかし、彼女はわずか13歳。断罪されるには早いような気もする。


 「あなた、大きくなって人間のように動いたり喋ったりもできるのね。それにとっても聖女様に似てる。好きよ」


 ディオーネは目を輝かせながら独り言のように言った。

 これはもしや、私が本物の聖女だと気づいていないのか?


 うっとりしながら私を抱きかかえるディオーネに対して、私は赤面していた。

 推しに好きだといわれて嬉しくないオタクなんていない。


「お人形さん、聞いてくれる? 私ね、万が一聖女様に会えるようなことがもしあったら、結婚してほしいってお願いするつもりなの。今までしてきた酷いことも全部お詫びするつもりよ。意地悪しちゃったのも、聖女様が好きだったからなの」


 私は現状を直視できずに呆然とした。

 結婚? この美しい令嬢と平凡な日本人の私が、結婚?

 いや、ディオーネの婚約者がこんな使えない聖女の自分でいいはずがない。


「誰と? 結婚、するの?」

「もちろん聖女様よ、お人形さん。ちゃんと喋れて偉いわね」


 は?

 私はディオーネの顔をまじまじと見た。

 嘘を言っている顔ではない。ただ、ものすごく嬉しそうだ。

 ディオーネは既に厳しい侯爵との婚約破棄の手続きに臨んでいるようだった。


 これは、何かの間違い。


 私は隙を見てディオーネの元から逃げ出した。


 人形として着飾られた状態のまま走るのはとても大変だった。

 ドレスの裾がいちいち足に絡まるし、ヒールのついた靴も歩くたびに足首をひねりそうになる。

 それでも一生懸命走っていると、案の定、道の真ん中で転んでしまった。


 そこに馬車が猛スピードで走ってくる。


(今度こそ、終わった……。なんで、この世界って信号ないのかしら)


 そう思ったとき、体がふわりと浮かんだ。

 空高く浮かんだ私は、自動的に馬車を避けるように動き、地面にすとんと降ろされた。

 こんなコントロールの効いた高度な魔法を使えるのはひとりしかいない。


 私は慌てて振り向いた。


「ディオーネ!」


 そこにいたのは、やっぱり紫ドレスのディオーネだ。

 ディオーネは私の手を取った。


「聖女様、探しましたよ。もう懲りて、私と結婚してください」


 もう懲りて?

 だって、ディオーネは私のことを人形だと思っていたんじゃ……?


「お人形のふりをしても無駄ですよ。魔物暴走から救ってくれたのも、あの不思議なお人形も、聖女様だって初めから分かってましたからね」


 ディオーネは懐から大きなダイヤモンドのついた指輪を取り出して、私の方に差し出した。

 そして、ドレスの裾が地面に付くのも構わずにひざまずく。


「聖女様、私と結婚してください」


 推しのご尊顔でそんなことを言われたら、オタクの私は耐えられるわけがない。

 私は頭を下げながら悶えた。


「はいぃ、喜んで」


 私は今、どんな顔をしているだろう。


 あわや事故現場だったあの場所は、彼女の手によって拍手喝采、思い出の場所に変貌してしまったのだ。



 その後、婚約した私たちはたった2人で魔王討伐に再挑戦した。

 結果は楽勝。

 魔王をあっという間に下し、悠々と王城に帰還した。


「あ、あの時はすまなかった。そなたらをこの国の功績者として認めることにしよう」


 私に「野垂れ死に」を希望していたあの腹黒ジジイも、この功績によって黙らざるを得なくなった。

 そして、本物の聖女である私への扱いが酷かった件と、国宝級の功績者であるディオーネを一方的に断罪した件で、今は王城地下の牢屋にて幽閉されている。

 元悪役令嬢であるディオーネの力にかかれば、国外追放も夢ではないだろう。


 ディオーネは公爵位を賜り、私の名誉も回復された。


 私たちは広い領地とともに、幸せに暮らしましたとさ。


 あの腹黒ジジイが王座に戻ったのを、ディオーネが引きずり下ろして初の女王となったのは、また別のお話。



 ◇◆◇◆◇


 おまけ


「聖女様。ついにこの日がやってきましたね」


 今日は私たちの結婚式兼魔王討伐の報告式だ。

 まるで王族主催の式典かのような豪華絢爛な演出に衣装。こんな日が来るだなんて、私も思っていなかった。

 参列しているのは隣国の王族など国賓レベルの人ばかりで。こんな人たちをどうやって招集したのかが気になるけれど、きっと一度は自らを悪役令嬢とまで言わしめたディオーネの行動力の賜物なのだろう。


 私はというと、純白のウェディングドレスを着せられている。裾が広がった円形のドレス。鏡に映った自分の姿は見慣れないけれど、とても美しかった。ゲームタイトルに魔性と言われるだけある。もちろん美しいのは聖女の器であり、私自身ではない。だが、ディオーネにそう言っても否定されるのだ。

 ディオーネはおおよそ未成年が着るものではないウェディングドレスを纏っている。裾が狭いタイトスカートなのだ。それによって彼女の引き締まった良すぎるスタイルが露わになる。控えめに言って最高。


 参列者の歓声を受けながら、ディオーネと一緒に腕を組んで歩き出した。

 本当にあっけなかったから、魔王討伐を成し遂げた実感は正直ない。

 ステージ上に辿り着くと、大きな歓声と拍手が私たちを包んだ。


「聖女様と一緒だったから、全部成し遂げられたんです」


 横に立つディオーネがそう高らかに宣言した。

 前まで画面越しに見ていたあの姿が横に並び立っていることすら信じ難いのに、それがこんなにたくさんの人々に祝福されているだなんて、こんなに幸せなことが他にあるだろうか。夢なら覚めないでほしい。


「夢じゃないですよ。これからもずっと一緒です」


 ディオーネが隣でそっと呟く。

 そうだよね、ディオーネ。あの王様の処理とか、やらなきゃいけないことはいっぱいあるけど、一緒に頑張ろう。

 私は満面の笑みを浮かべ、ディオーネの頬にキスをした。

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