Sceaf 11

「……なあ、“あいつ”ってさ、明日も来ないつもりなのかよ」



 たぶん、一軍男子の誰か。

 その言葉に、騒がしかった教室はとたんに静かになる。


“あいつ”っていうのが誰のことを指すのか、みんな察しがついたみたいだった。もちろん、私も。



「まー来ないんじゃねえの。だって、来たの修学旅行だけじゃん。運動会も秋祭りも来なかったし」


「でも、最後だしなー。先生学級新聞にも卒業会のこと書いてたし」


「さすがに来るか」



 誰かが何かを言い出すんじゃないかって不安になってしまったけど、大丈夫だったみたいだ。


 と思ったのに。



「別にいなくていーじゃん。あいつがいてもいなくても、関係ないだろ。今までいなくたって俺らやってきたわけだし」



 その発言に私の胸は何かによって貫かれた。

 例えるなら、大きな針みたいなもの。



「ああ、まーたしかに。結局先生はあいつが不登校の理由教えてくんなかったし、俺らなんてクラスメイトだと思われてないだろ」


「どうでもいいってことかー」


「まあ、どうせしゃべんないしいてもいなくても関係ないだろ~」



 クラスの中心の男子グループの会話は盛り上がっていく。


 ……なに、これ。


 身体の奥から、ふつふつと何かが湧き上がる感覚がした。


 なんで、そんなことが言えるんだろう。……宮崎くんの気持ちを、誰も知らないのに。

 そんな憶測で勝手にものを言うなんて。



「てかあいつ、友達いんの?」

「いないでしょー」


 誰かがそう口にした瞬間、がたっと椅子の鳴る音がした。


 正体は、前のほうの席の朝日奈くん。

 だけど誰も気づくことはなく、朝日奈くんは姿勢を戻す。


「去年の行事も楽しくなさそーだったしね」

「たしかに~」



 乗っかるように中心の女子グループも加勢する。


 ……宮崎くんのために、何とかしなくちゃならない。と私は思った。

 自分の知らないところでこんなふうに言われるなんて、辛いから。


 ここで何も言わなかったら、きっと先生が来るまで止まらない。

 どうしよう、なんて考えるより先に、身体が動いていた。


 私は、思いっきり席を立った。



「……そんなこと、言わないで……っ」



 一瞬にして静かになる教室。


 自分でもわかるくらい声が震えていて、心臓がどきどきしてたまらない。



「……あ?なんだよ。佐倉」



 すぐに、誰かの声が飛んできた。

 怖い。こわい。そう思うのに、思ったことは溢れてくる。



「……宮崎くんがいないところで、悪口とか、いわ、ないでほしいなって……。あ、でも、いてもだめだけど……」


「なに。別に冗談で言っただけじゃん。そんなガチにならないでよ」



 今度は女の子がそう言う。



「でも、言ってることには変わらないでしょう?……宮崎くんには友達だっているし、いらなくなんかない。大切なクラスの一員だもん。それに宮崎くんの気持ちだって分からないのに……っ」



 俯くと、涙がこぼれてしまいそうだった。だけど、ここで泣いたらだめ。


 私は目の端でとどめて、まっすぐ黒板の方を向く。みんなの視線が私に注目してて、誰かと目が合ってしまいそうだった。



「……それで?なんだよ。お前、もしかして宮崎のこと好きなのかよ」



 男の子が呆れたようにそう言い放った。


 ……否定は、できない。肯定もできない。

 肯定、できないのは……。



「……もう良いだろ。お前らも静かにしろ。……佐倉も、座れ」



 朝日奈くんが立ち上がり、みんなに諭すように言った。


 こちらをちらりと見て。

 そして、座ろうとしたとき。



「宮崎……」



 誰かが小さく呟いた。


 全員が廊下に注目する。私も視線を向けた。

 そのあとすぐに足音が聞こえ、それは遠ざかって行く。


 ……まさか、聞かれてた……?

 がらりとドアが開き、先生が入ってきた。

 不意に我に返る。……もしかして。……私は、宮崎くんを……。


 やけに静かだった帰りの会のことは、ぼんやりとしか覚えていない。

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