Sceaf 9
———宮崎くんと私が出会ったのは、小学5年生のときだった。
5年生になって三回目の席替えで、隣の席になって。
「よろしくね、宮崎くん」
「よろしくおねがい、します」
あいさつすると、ふいっと宮崎くんは視線をそらした。
私のこと……苦手、なのかな。それとも嫌い?
これから約3か月毎日隣なんだもん。関わらないなんて絶対できない。だから……ちょっとでも、友達じゃなくてもいいから、クラスメイトとして仲良くなりたいなって思った。
宮崎くんは、勉強が得意。だけど運動は苦手。色白でうらやましいくらいに細くて、まつ毛は女の子の私より長い。
委員会は図書委員で、手芸クラブ所属。
私はというと、テストの点数も運動も普通。身長も体重も平均的。放送委員会に入っていて、所属は料理クラブ。
共通点なんてなくて、どうやって仲良くなったらいいか分からない。
料理の本は読むけど小説とかは読まないし、クラブも委員会も違う。やっぱり、仲良くなるのは難しいのかなあなんて思っていた。
そんなとき、家庭科で編み物の授業があった。
それぞれ事前に編み物のキットを買って作る。
私は編み物なんてやったことないから、一番簡単そうなコースターにした。
でも、それがなかなか難しくて。丸く編むのが難しい。
通す穴を間違えたり、かぎ針から糸がとれちゃったり。
「むずかしーよー」
「なんかよれたー」
教室では、みんなの苦戦する声が飛び交っていた。私もおんなじ気持ち。
なんとか立て直しながらも、ちょっとぼろっとした水色のコースターができた。本当はもう一つ分の材料があるんだけど、一個でいいかな。先生に提出した後ちゃんと返ってくるし。
裁縫箱に道具をしまいながらそう考えていると、ちらりと黄色が視線の端に映った。
横を見ると、宮崎くんが真剣になにかを編んでいる。
それは、薄い黄色のマフラーだった。私と比べ物にならないくらい網目がきれいで、均等。
「すごい……」
思わずそう口にすると、宮崎くんがこっちを向いた。
あ、聞こえちゃったかも。
「ご、ごめんね。あんまりにもすごいから……。きれいだね」
バレてしまったからには仕方ないと、そのまま素直に感想を伝えた。
宮崎くんは私の言葉に少しびっくりしたように目を丸くさせたけど、すぐに少し照れたように微笑んでありがとうと言った。
こんなふうに笑うんだ、と私の中の何かが動いた気がした。
宮崎くんと、仲良くなりたい。宮崎くんを、知ってみたい。
異性を意識するという感覚がまだなかった私にとって、こんなふうに思うのは初めてのことだった。
「……よかったら、もらって」
宮崎くんが突然そんなことを言い出したので、私は戸惑う。
もらってっていうのは、マフラーのこと、だよね?いいのかな……。だって、宮崎くんが頑張って真剣に編んだマフラーなのに。
「先生に提出して、返ってきたら。褒めてもらった人に使ってもらったら、マフラーもきっと幸せだから」
宮崎くんの表情は穏やかだった。
冗談には見えない。本当の話だと思った。
“もらって”というのはうれしい。……だけど、ただ私がもらうのは、なんだか不公平っていうか、申し訳ない。
私も何か、あげられるものがあるといいんだけど……。
瞬時に辺りを探すように見渡すと、一つのものが目に入った。
「あっ、コースター!代わりに、私は宮崎くんにコースターをプレゼントするよ。宮崎くんは、何色が好き?」
「え、えっと、白……」
「じゃあ白で作るよ!」
その約束に、宮崎くんは戸惑いながらも頷いてくれた。
私は提出する用とは別に、白色でコースターを作った。
せっかくなら、ちゃんと気持ちを込めて作りたいから。
私は自分の部屋の机の上に毛糸と編み方の説明書を広げ、真っ白な糸を編みながら宮崎くんのことを考える。
マフラーとは全然、釣り合わないけど……。喜んでくれるといいなって。
その一か月後の12月中旬、提出した作品が返ってきた。
冬休みが明けたら席替えだし、その前に交換できそう。
私はその日の放課後、宮崎くんと互いに作品を渡しあった。
宮崎くんのマフラーはやっぱりきれい。
私のコースターは、完璧にはほど遠いけどなかなか私の中ではきれいに編めた……と思う。
宮崎くんは、頬を少し緩ませながらコースターを受け取ってくれた。
うれしい、と私は心の底から思った。自分の心を込めて作ったものが、喜んでもらえたことが。
そして目を少しだけ伏せながら、笑う。
……そこで私は、宮崎くんのことが好きなんだって気が付いた。
手が器用で、なんでもこなしてしまう。だけどそれを自慢げに言うわけでもなく謙虚なところ。
自分が大切にしたものを、善意で簡単に人に譲ってしまうところ。
控えめだけど柔らかい笑顔。
そんなところを、私は好きになってしまったんだ。
始めは戸惑ったけど、気が付いたら目で追っていて、話すと、ああ好きだなって思う。
それは席替えした後でも、5年生が終わっても、続いた。
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