Sceaf 8

2月に入った。結局あの日からハルさんに会うことはなくて、もちろんマフラーも手元にない。


私は新しいマフラーをまだ買っていない。買ってしまったら、なんとなくハルさんとのもろくて細い糸で繋がった関係が途切れてしまうように思えたから。

でも、なんで繋いでいたいと思うのかは分からない。



14日の今日は、とても晴れていて暖かかった。そんな日の女の子たちの話題はバレンタイン一色。


本命チョコ、友チョコ、義理チョコ。いろんなのがあるけど、私は今年もお父さんと、あとは環名ちゃんに手作りチョコをあげるくらい。


環名ちゃんは高校で初めて出会った友達だから、バレンタインをあげるのは初めてなんだ。



朝渡すと、環名ちゃんはすっごく喜んでくれた。そして私からもバレンタインを貰ってしまった。

こんなイベントをうれしいって思えたのは、小学5年生以来だ。


お父さんにはもうあげたし、私のバレンタインはもう終わり。……の、はずなんだけど。


私は朝礼中、机の横にかけたカバンをちらりと見る。

実は、もう一つ渡したいチョコレートがある。


……これは、ハルさんに。


会えないなら、私から会いに行けばいいんだ。マフラーはもう買いましたか?って。



今日の放課後、私はあの公園に行ってみようと思った。そしたら会えるかもしれない。


……だけど、この前会ったのは学校の近くだったし。家がこのあたりなのかな。


分からないけど、行かなきゃ会えるか会えないかも分からない。私は、スタートラインにも立てない。

高校生になって、環名ちゃん以外に、こんなにも仲良くなりたいって思えたのはハルさんが初めてだった。


人と関わるのがまだ怖い私が。



私は放課後、校舎を出る。青く澄み渡る空を見上げれば、遠く高く雲が浮かんでいた。


いつもより軽やかな足取りで、駅へ向かって歩いていく。



駅について改札を通り、ちょうど来た電車に乗り込む。


今日は、家の最寄り駅より二つ前で降りるつもりだ。

ちょっとしたことなのに、いつもと違うとわくわくする。


……会えるかどうかは、分からないけど。でも、会うためにやれることはやってみたい。

以前の私では考えられない行動だ。



私は予定通りの駅で電車を降りた。


駅舎を出て、確か右に真っ直ぐ。5分くらい歩くと、公園が見えてきた。私はあのときと同じように入口から中へと入る。


入り口近くには公衆電話。反対側にはベンチ。


もう私は、あの夜この公園に来たこと、ハルさんと出会ったことを幻だとは思わなかった。

本当のことだと思う。



「あったかいなあ……」



今日は気温が高く、こんな日はマフラーもいらない。コートだって、今日は着てきていない。

私はベンチに腰掛けた。



ふと、2月って春なのかな。冬なのかな。境目ってどこだろう。と考える。

個人的に、3月は春な気がする。だって3月と言ったら卒業式。卒業式と言ったら春。桜に囲まれて、薄いピンク色の花びらを掴まえたりする。


ひらひらと落ちる前に花びらを手で掴まえられたら、願い事が叶うんだっけ。やったことないけど、もし掴まえられて叶うなら、何を願うだろう。


ぼんやりしているのが治りますようにとか。テストの点数が上がりますようにとか。お願い事なんてたくさん思いつく。



だけどそれは、努力したら叶えられることばかり。なら、もう2度と、絶対に叶いっこないこと。



「……みやざきくんに、あいたい……」



忘れてしまいたくて、忘れなきゃならなくて。だから、写真とか小学校の卒業アルバムとかはもうずっと見ていない。そのせいで顔もぼんやりとしか覚えていない。


忘れようと奥に奥に閉じ込めたから。私は、宮崎くんを好きになっちゃいけなかったから。



バックから、小さな白色の箱を取り出す。落ちた涙が、紙製だからかすぐににじんでふやける。


リボンを解いて、箱を開ける。6個あるしきりに一つずつ入った一口チョコ。


月型のチョコレートを親指と人差し指で挟んで取り、口に運んだ。



「甘い……」



味見はしていたけど、やっぱり甘い。上出来かも、と自画自賛する。


感謝の気持ちを込めたチョコレートを、私は泣きながら全部食べてしまった。ハルさんに、あげるはずだったのに。これじゃあげられない。


公園に誰もいなくてよかった。冬空の中泣き疲れた私はそのままベンチに横になり、バックを抱えて眠りについた。

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