Sceaf 7

連れ出されたのは、ファミレスの近くにある裏路地。


朝日奈くんの力は強くて、ちょっと痛い。だけどそんなこと気にしてる暇はなかった。

理解が追い付かない。数分前はこんなことになるなんて、思ってなかったから。


朝日奈くんは立ち止まって手を離すと、私の姿を見た。



「やっぱり、佐倉だよな」


「佐倉……です。朝日奈くん……だよね」


「ああ」



———朝日奈大成くん。さっきの言葉通り、朝日奈くんは、私の中学校の同級生。そして、小学校のときの同級生でもある。


だけど高校は違うから、会うのは卒業式以来だ。連絡先は知っているけど思春期の男女だし、こうやって二人きりになるのは小学生ぶりだった。



「ど、どうしたの?というか私のこと、覚えててくれたんだね」


「小5から5年も同じクラスだったんだぞ。そりゃ覚えてるだろ」


「う、うん……ごめんなさい」


「それに、佐倉は」



朝日奈くんはそこで止めたけど、その言葉の続きを私は知っている。


私の、人生のやらかし。

三番目は、高校初めてのテストで赤点二つ取ったこと。


二番目は、このまえ電車でほぼ終点まで寝たこと。


そして、私の人生最大のやらかし——失敗を、朝日奈くんは知っている。



環名ちゃんも知らない。お父さんも、お母さんも知らない出来事。



「……宮崎から、連絡が来たんだ」


「……え、宮崎くんから?」



自分の声が、震えるのが分かった。


宮崎くんは、私と朝日奈くんの同級生だった人。小学校は一緒に卒業したけど、中学一年生の夏になる前に学校を辞めてしまった。義務教育だから、正確には転校した、なんだろうけど。


宮崎くんは、朝日奈くんの友達。そして、私の好きな人だった。


だけど転校して以来誰も宮崎くんとは連絡が取れなくて。“転校”だって、先生からの事後報告で、本人の口から伝えられたものではなかった。



でも、朝日奈くんに連絡が来たってことは。……宮崎くんは、ちゃんといる。



「佐倉には、いつか伝えようと思ってた。……でもまさか、こんなに早く会えるなんて。……見て」



朝日奈くんは、そびえる古いビルや住宅街をよけながら一つの建物を指差した。


それは、この辺で有名な不良高校の校舎だった。



「宮崎、あそこに通ってるんだって」


「え、あそこに?」


「ああ」



朝日奈くんは返事をすると、右手を下ろす。

そして複雑そうな表情で真っ直ぐ前を見た。



「……転校したって話を聞かされて、ちょうど一年たった去年の五月の始めの夜だった。届いたメッセージは宮崎のプライバシーがあるから見せられないけど、書いてあるのは謝罪とあの高校に入学したことと、あとは、赤の他人に戻ろうって」


「え……」



たんたんとそう語る朝日奈くんは表情こそ変わらないけど、辛そうだった。


赤の他人に戻ろうってことは、もう、宮崎くんは朝日奈くんと友達のつもりはないってこと?

あんなに仲が良かったのに。クラスメイトだった私にも、それはよく分かるくらい。



「……朝日奈くんは宮崎くんに、会いに行かないの?」


「……行けるわけないだろ。“赤の他人”ってことは、俺たちは知り合いですらない。会いに行ったらおかしいだろ」


「それは……」



そうだけど、と言いかけて口を噤む。

私が言わなくたって、朝日奈くんは分かっている。



「ごめん、急に連れ出して。話聞いてくれて、ありがとうな。……合コン、参加してるってことはさ、もう、佐倉は一歩踏み出してるってことなんだな」



朝日奈くんは、私が宮崎くんを好きだったことをたぶん知っている。言ったつもりはなかったんだけど、バレていた。


……私、“踏み出してる”のかな。合コンは数合わせだし、新しい恋はできない。どんなに素敵な人がいても、私の片隅には宮崎くんの姿がある。


忘れなきゃいけない初恋が忘れられない私に、恋なんてできない。



「……俺は、なんかうまいものごちそうしてくれるって聞いたから来たんだ。そしたら、佐倉がいたから。思いがけないことってあるんだな」


「......そうだね」



私たちはファミレスには戻らず、そのまま帰ることになった。あんな風に抜け出してしまっては、戻れない。


環名ちゃんには、メッセージに加えて次の日学校で直接謝った。




「それぞれ、事情があるんだからいいよ。私こそ、無理矢理誘っちゃったりしてごめんね」



と、環名ちゃんは言った。その言葉の優しさが胸にしみる。


ねえ環名ちゃん。私もいつか、環名ちゃんみたいに恋がしたいって思えるようになるかな。

引きずる、忘れてしまいたい恋を忘れて。

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