Sceaf 3

きらりと、何かが輝く。

それは、月の光が反射した、涙だった。

私に気が付いたのか、ぱっとこちらへ振り向く。


「あ、すみません……」


私は謝りながら軽く頭を下げる。


「あの、なんでこんなところに。どうしたんですか……?」



こんなところに。というのは自分も同じだけど、目が合ってしまった以上話しかけないわけにはいないと思った。あとは、ちょっと気になったからっていうのとあるけど。


でももし、幽霊とかだったらどうしよう。大丈夫だよね。私、霊感ないし。


電話することも忘れ思い切って近づいてみると、その姿がはっきり見えた。


顔が、直毛の前髪で隠れている。服装は長袖のTシャツにダウン一枚、下は黒のジーンズという1月の夜にはちょっと寒そうな恰好だった。



「えっと、こんばんは」

「……こんばんは」


あっ、あいさつ、返してくれた。


深夜でおかしくなっていたのか、普段内気な私からは信じられないことをしている。



「なにしてたんですか?」

「……月を、見ていました」



空を見上げたので、私も真似してみる。


月の光はさっきよりも弱くなっていて、街灯だけがぼんやりと明かりを放っていた。


不意に横を見ると、なにかの記憶がフラッシュバックするような感覚に陥る。


あれ、この横顔、どこかで見たことあるような。気のせいだろうか。



「……電話、しないんですか」

「えっ」



私と目を合わせて行った一言に、思い出す。

そういえばと公衆電話に戻り、今度こそボックスに入ってお金を入れ、電話をかけた。


お父さんが出てきてくれ、事情と居場所を伝えるとこの公園まで迎えに来てくれるそう。


たった今、捜索届を出すところだったと言っていた。

心配かけてしまった。謝らないと。申し訳ない。



電話を終えてボックスを出ると、すぐ近くに“その人”が立っていた。

やっぱり、どこかで見たことがある気がする。なつかしい、ような。


今、初めて会ったばかりのはずなのに。



「ありがとうございます」


「……いえ」


「月、好きなんですか?」



なぜだか質問したくなって、尋ねてみる。



「……別に、好きというか。思い出なんです」


「なるほど」



初対面の人と、普通に会話しちゃってる。

それがどんなに変で、おかしなことか、私は忘れていた。

というか、初対面じゃない気がする。



「あの、私、佐倉穂月っていうんです。あなたのお名前は?」



流れで自己紹介をすると、“その人”はちょっと眉毛をぴくっと動かして下を向いた。



「……僕の名前は、ハル。ハルって、言います」


「……ハル、さん」



聞いたことのない名前。もちろん、今まで出会った人の中にもいない。

ということは、やっぱり初対面なんだろうか。


でもこれじゃあ私、知らない人に名前を教えたことになる。それって、危ないんじゃ。


だけど……ハルさん、も名乗ったわけだから、いいや。おあいこってことにしておこう。



「……あなたは、どうしてこんなところにいるんですか」



今度はハルさんが質問してきた。

私はこれまでの経緯を簡単に説明する。



「……そうなんですか」


「人生で二番目くらいのやらかしです」


「一番目は?」


「え?」


「……すいません」



ハルさんは、視線を外す。


今、とっさに“え?”なんて言ってしまったけど。……たぶん、私が“二番目”のやらかしって言ったのが気になったんだと思う。


私の、二番目じゃない人生で一番のやらかし……。いや、やらかしなんてものじゃない。失敗だ。


あんまり、思い出したくないくらい。



「それよりハルさん、寒くないですか?その恰好」


「佐倉さんは、暖かそうですね」


「暖かいですよ」



なにせ、私はロングコートに手袋、厚手のマフラーを着用しているのだ。完全防備。

昔から、寒さには弱い。



「あ、そうだ」



私はあることを思いついた。


ぐるぐると首に巻いたマフラーを、布が崩れないよう丁寧に外していく。

しわを伸ばして持ちやすいよう半分に折る。



「はい、どうぞ」



私は無地の灰色マフラーをハルさんに手渡した。



「……え」



ハルさんは、戸惑った表情で私を見る。



「寒いので。初めてあった人だからって、風邪を引くのを見過ごすわけにはいかないです。……でもあの、いやなら全然大丈夫です」



ハルさんは少し迷ったかと思えば、マフラーにそっと触れた。



「……あの、ありがとうございます」


「はい!」



ハルさんがマフラーを受け取ってくれて、私は自然に笑みがこぼれる。

うれしい。役に立って。

慣れない手つきでゆっくりとマフラーを巻く。


「……暖かいです」


「よかった」



そのとき、車が近くに停車する音が聞こえた。

振り向くと、お父さんの車が止まっていた。



「じゃあ、また。ありがとうございました」


「あ、あの」



頭を下げてから行こうすると、ハルさんに止められる。



「マフラー……」


「持っていてください。寒いですから」



マフラーがマフラーとして役に立つなら、それはとてもうれしいこと。


私は、使ってくれたほうが嬉しい。それに、風邪を引くのを防げるかもしれないし。


ハルさんに軽く手を振り、私は車のほうへ走っていった。



シュミレーション……まあつまり予想とはちょっと違ったけど、お母さんにはすっごく怒られた。

それから、心配していたとも。


家に帰ってきたのは午前2時過ぎだった。

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