第13話 参謀

「ロイド!話があるのよ!」

「……はい?アポも取らずに何でしょうか」

あからさまに迷惑そうな表情をするわね。いや、アポも取らずに来た私も私だが。時間を作ってとか言ってもこのひと忙しいとか言って断りそうなんだもの。

前世の庶民時代ならともかく、公爵令嬢として育った以上はわりとひとを見る目は鍛えられていると思っているのよ。だからアッシュと結婚したのも政略結婚で仕方なく……である。


「言っておきますが……情報の閲覧許可は出しませんよ」

「うぐ……っ」

何で私が情報収集しようとしてたこと把握してるのよ。因みに書庫にある機密文書も許可がなければ魔法で開かないようになっているのだ。

私が読めるのは、一般に知られているローゼンクロス史に出てくるカーマイン公爵家の歴史くらいである。


「許可はいいのよ。目の前にとっても素晴らしい情報源がいるんですから!」

腹黒地獄耳のロイドと言うね。


「ほう?私を利用しようと?」

「違うわよ。協力関係よ」

「……はぁ、私があなたと協力をすると?」

「いい協力関係だと思うのだけど。ねぇあなた、カーマイン公爵家のことどう思う?」


「あなたの一度目の嫁ぎ先でしたね」

「そうよ。そして私はそいつらを愛人上がりのアイリーナを合わせてぎゃふんと言わせたいの。あなた、あの無能なアッシュ・カーマインが公爵なんて地位にいること、不満じゃないの?」

ただ血筋と威勢だけはいい無能な侍女たちを完膚なきまでに追い出したロイドである。

彼女たちが城主のロシェの顔に傷をつけるのは確実。

そしてアイリーナの嘘にまんまと騙され、冤罪吹っ掛けて私を追い出した。そんな無能が公爵って…ロイドが我慢できるわけ……?


「……アッシュ・カーマインが公爵に着いたのは、あなたが嫁ぐと決まってからです」

「あら……そう言えばそうだったわね」

私が嫁ぐと決まって、アッシュは公爵になったのだ。それも事実。


「ヴァンパイアが家督を譲るタイミングと言うのはそれぞれだが、カーマイン家はそれでも遅かった」

ヴァンパイアは長命種だから、家督を譲るタイミングも人間とは違うわよね。

エメラルド王国ならば嫡男の成人に合わせて家督を譲ることも多い。

お父さまは分家から跡取りを迎えずに、そのまま公爵であり続けていたけれど。

今思えば国の未来などとうに見越して、跡取りを迎えなかったのかしら。

そうすれば、お父さまに何かあったとしても、跡取りまで手にかけられることを防げる。

例外はあるとはいえ、エメラルド王国ではそう言う流れが多いわね。


「それは何故だったか分かりますか?」

「うーん……まさかおバカだったからとか言わないわよね?いや、まさかぁ~~」

アイリーナにコロッと騙されるくらいである。疑いたくなる私の気持ちくらい多めに見て欲しいわ。


「……」

しかし、ロイドが真顔である。真顔で……見てくる。


まさか本当にそうだったの……っ!?


「公爵という爵位を継ぐにはあまりにもお粗末すぎたが……政略とは言え妻を娶るのならと先代が譲ったのですよ」

「そ……そう」

まさに私ははずれくじを引いたのね。自ら捨ててくれたからありがたいけれど。


「結果は散々でしたが」

うん……さすがのロイドも不満を隠せないのよね。


「しかし、公爵である以上はよほどのことがない限り引きずり落とすのは難しい」

今度は侯爵令嬢とかではないものね。本物の高位貴族だ。名前と血筋だけ……だけど。


「しかも……下位ヴァンパイアに人間の女を襲わせて始末させようとしたと」

「そ……それって私のことじゃないわよね……?」

その話にはものすごく心当たりがあるのだが。


「おや、あなたも被害者でしたか。これはこれは」

もともと知っていたのか、それとも本当に初めて聞いたことなのか。ロイドはそれを掴ませないように白々しく答える。


「まぁ、どうしてか最近は失敗して手下が全員死亡すると言う惨状となったようですが……カーマイン公爵は元妻によって大切な配下が殺された、元妻である悪女シャーロットに死の制裁をと、周囲のヴァンパイア貴族に訴えているようです」

「ひどい冤罪ね。それにあなたさっき、『あなた』と言ったわよね。他にも被害者がいるのでしょう?」


「高位貴族のヴァンパイアには珍しいことでもない。拐ったとしてもニュースにもならない平民の人間の娘を拐い、餌さとして飼う、コレクションすることは」

「まぁ何となく想像はついていたわよ」

そう言うのがあるんじゃないかって。前世の小説や漫画の読みすぎかしらね。

「でも、表向きは私のように人間の国を代表して、政略結婚で嫁ぐのだけどね。でも……あそこにいた期間は、そんな動きがあったことは気が付かなかったわ」


「バレぬようにやっていたんだろう。しかし人間の血は甘美なるものだそうだ」

「……だそうだって……ロイドはそうは思わないの?」


「私が好きなのはロードの血の味だけですが」

ゾクッ。何かしら……何かロイドから狂気じみたものを感じたのだが……?


「ともかく、一般のヴァンパイアからすれば、人間の生き血は甘美なるもの。普段それを味わうことのない下位ヴァンパイアたちが味わえば、のめり込む」

まるで依存性のある薬物のように……。

だからこそ一度人間の血の味を知ったヴァンパイアの暴走や執着は恐ろしく、おのれを制御できず狂ったヴァンパイアたちから人間を守り、掃討するために、ヴァンパイアハンターたちがいる。


「カーマイン公爵は一族で長年人間の生き血をたしなみ、下位ヴァンパイアたちにその餌のおこぼれを与えてきた。そしてそのために、下位ヴァンパイアたちは公爵家に守られる合法として、人間の娘を拐う」


「拐われた娘やそのご家族にとってはたまったものじゃないわね」

「そうだといいが」


「……違うとでも言うの……?」

「時には孤児を拐い孤児院に金を、時には貧しい両親が金を目当てに娘をヴァンパイアに売る。この水面下のやり取りがあるからこそ、表には出ていない。ヴァンパイア貴族の中では互いに触れず、ヴァンパイアハンターもまた、高位のヴァンパイアと敵対しないため、王族や貴族に手を出されない限りは目を瞑る」

まぁ、王族や貴族なら政略として嫁がせられるわけだし……。


「でも……ハンターすら目を瞑るだなんて……」

「そうしてうまくこの世界は回ってきた」


「金で売られて拐われて、餌にされた人間からしたらたまったものじゃないわね」

「大きな平和のためなら多少の犠牲はやむを得ない」


「でも売ったやつと利用したクソアッシュどもは地獄に叩き落とすべきだわ」

「だがこれがこの世界が上手く回るためのシステムだ。ハンターすらそれには目を瞑るのだから、お前ごときが何とかできるものでもない」


「……でも……それならどうしてグレイは手を出したの……?私を助けるために、カーマイン公爵家の子飼いの下位ヴァンパイアたちを殺したのはグレイよ。私をあそこから救い出すためとはいえ、グレイはヴァンパイアとハンターの間で、触れてはならぬものに触れたのよ」

たとえお父さまからの依頼があったとはいえ……。


「グレイだけは、特別だからだ」

「……特別ってどう言うことよ」


「グレイのことを聞いていないのか?」

「そこまでは知らないと思うのだけど……」


「グレイはロードの腹違いの兄で、あの男を完全なヴァンパイアにしたのはロード自身だ」

「……はい……?」

グレイが……ロシェの異母兄――――っ!?そしてロシェがグレイを完全なヴァンパイアにしたってことは、主従契約を結んだってことよね!?

ふたりの関係は主従とは別のもので、明らかにグレイに主導権があるような気がするけど……。

しかし……思い起こせば。ロシェのグレイに対する何だか懐いているような反応は……まさか……ぶろ…ブラコン……?

何だかロシェのかわいいところを見つけてしまったような。


「つまり、ハンターではあれどロードの血筋のグレイに意見できるハンターなどこの世界には存在しない」

つまりやりたいようにできる。今までヴァンパイアとハンターの間で不干渉だったことにも踏み込める。

ひょっとしたら無理矢理にでもお父さまの居場所を吐かせられるのかも知れないが……でもそこまで図々しくグレイに迫るわけにも……。むしろ、義兄なわけだし。

お父さまが行方を眩ましているのにも何か意味があるのだと……信じて待つだけだ。

私は、私にできることをしなくちゃならない。


「しかしカーマイン公爵はボロが出た」

「どう言うこと……?」


「自分の子飼いの下位ヴァンパイアたちを、元妻シャーロットに殺されたと宣言したんだぞ……?ただの人間の娘がそんなことをできるはずがない。そしてどうしてそんなことになったのか。カーマイン公爵は下位ヴァンパイアたちの親族への責任のために公表したのだろうが……多くのヴァンパイアたちは勘づいているだろう。その下位ヴァンパイアたちは、公爵家が味見をするためのものたちだと。それらを始末できるのはヴァンパイアハンターくらい。しかしそのヴァンパイアとハンターの間の不干渉地帯に踏み込み、ヴァンパイアたちを始末できるものなど、グレイしかいないと」

「まぁ、そうなるわね」

そのことに目が回らなかったアッシュはそれほど愚かなのか、それとも焦っていたのか。


「当然ながらカーマイン公爵が申請したシャーロットへの指名手配は却下された」

「それは何よりね。でもそれならグレイが手配されたりはしないの……?」

ロシェの異母兄だとはいえ……。


「そんなことをすれば、ロードが血の雨を降らせる」

う……言い過ぎかとも思うのだが、前侍女長たちへの制裁を見たからなぁ。ロシェは多分……ものすごいブラコンだと思う。


「まぁ、私はそれでも構わないが」

何か嬉しそうに笑みを浮かべてない!?不気味なのだけど。


「いけませんよ」

「……ジェーン……」

しかしその時、ジェーンから叱られ、ロイドが思いの外あっさりと退く。

あ……あら……?何だか意外ね……?まさかとは思うけど……本当の最強はジェーン説とかあったりするのかしら……?


「けど……やっぱりあのバカアッシュが公爵だなんで、ロシェのためになるとも思えない」

ヴァンパイアとハンターの間でひた隠しにしてきた秘密まで、『ある』と表に出してしまったようなものだ。少なくともその秘密を表沙汰にしてしまった。

私に対する冤罪を積み重ねることも許せないが、まずは……ロイドの心を動かすものが優先よ。


「あんなバカは早めにぎゃふんと言わせて潰しておくべきだと思わない?」

「ふん……歩をわきまえているのなら組んでやってもいい」

「それじゃぁ、協定成立ね!」

この腹黒ヴァンパイアをこっちの手に引き入れたのなら、完璧よね!

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