第14話 晩餐と夜会
――――その夜のことである。
「今度、ヴァンパイアの貴族たちが集まる夜会がある」
晩餐の席で、唐突にロシェに告げられたのだ。うん……確かにヴァンパイアの社会でもそう言った社交界の付き合いってのはあるわよね。前の結婚の時は全くそう言う場には連れていってもらえなかったけれど。
「そう。じゃぁ私は先に夕飯を食べて寝ておいていいかしら?」
ロードのお仕事の邪魔になってはいけないわ。
「は……?」
ん……?ロシェが固まっている……?そしてその側に控えているロイドのこめかみに青筋が走ったのを確かに……見た。
ひいいいぃっ!?
何でよ!?ロイドの言った通り歩を弁えたのだけど……っ!?
「シャーロット……」
「は、はい!」
ロシェがゆっくりと私を見据える。
「一緒に来てはくれぬのか……」
わんこおおぉっ!!!?今完全にこのひと、わんこよ!一緒に来てもらえなくてしっぽまでしゅーんとなってしょぼんとしちゃうとか……!何だか『くぅ~ん』とか言う効果音が聞こえて来そうな感じなのだけど……!
後ろから猛犬がガルルルルッと唸っている効果音も聞こえる気がするけれど~~~~っ!
「わ、私も一緒でいいのなら……?」
「うむ」
ロシェがキリッとして目を輝かせる。やっぱりわんこ……このヴァンパイアロード、わんこだわ。
「ドレスはこちらで用意しよう」
「目立たないものでいいわよ」
「……っ」
え……っ!?ちょっとショック受けてない!?このわんこ、私を飾り立てたかったの……!?
そして後ろから確実に猛犬の舌打ちが聞こえたぁっ!!
「ろ……ロシェに任せるわ」
「うむ……!」
やっぱりこのロード……わんこだぁっ!!ヤバい、なでなでしたいけど……この場でなでなでしたら確実に後ろの猛犬に手を咬まれるぅっ!
しかし前世庶民の記憶がある私としては、社交付き合いなんてかたっくるしい。でも、公爵令嬢としてはしっかりと務めなければならないから、我慢して臨んでいただけだ。待っていたものはアイリーナからの嫌がらせの数々ではあったが。
でも、ロシェが共にいてくれるのなら……安心感はあるわね。
――――そして、ヴァンパイアの貴族たちの集まる夜会の日がやってきた。
こう言う場は人間の社交界とはさほど変わらないのだろうが、周りがヴァンパイアだらけだと言うのはさすがに緊張するわね。
「よく、似合っている」
正装に身を包んだロシェが、私のドレス姿を見て嬉しそうな表情をする。その……私みたいな地味な女でも大丈夫かと不安だったのだけど……それでもロシェが喜んでくれるから、心強い。
「ろ……ロシェも、カッコいいわよ」
お返しをしなくちゃ失礼よね……と、思った社交辞令だったのだが。
「……っ」
ロシェの後ろに……ブンブン振られるしっぽが見えるぅっ!!
しかし、すぐ側には猛犬がいるのだから気が抜けない。
「ロイド、夜会にはカーマイン公爵家参加しに来るのよね」
ロイドから仕入れた情報である。
私への指名手配については相手にもされなかったが、しかしアイリーナのことはアピールしたくてたまらないのか……アイリーナが城の夜会に参加したいと我が儘を言ったのか……。どちらにせよ、来るならば迎え撃つだけよね。
「それもそうですが、今回はシャーロットさまのお披露目も兼ねているのです」
ロイドの言葉に、ロシェがぶんぶんと首を振る。ロシェも乗り気なの……?
「でも私は人間の娘よ?」
ヴァンパイアの妃ならともかく……ヴァンパイアにとっては餌か繁殖用に都合がいい存在なのでは?
「お披露目もしないカーマイン公爵家が異様なのですよ」
そう言うものなのかしらね、たとえ人間の妻でも……。まぁアイリーナは張り切ってお披露目したようだけど。
でも間近に城での夜会があるのなら、そちらにも参加するわよね。特に見栄っ張りのアイリーナなら、喜んで参加すると思うわ。
むしろこちらでも主役気分で。
「じゃぁ、早速、気合いいれて行くわよ!」
おーっと腕を伸ばせば、それに乗っかって『おーっ』と言ってくれるジェーンはやっぱりいいヴァンパイアよね。うん。
そう言うわけで、ロシェにエスコートされて、夜会会場に繰り出した。
ホールに繰り出せば、既に多くのヴァンパイアたちが揃っている。
そしてロードの隣でエスコートされる私を驚きつつも面白そうに見るヴァンパイアたち。
まだアッシュやアイリーナはいないようね。堂々と遅刻……?でもアイリーナなら、髪型が決まらないとかで遅刻するのは日常茶飯事だったから。自分の国でもないのに、堂々としてるわよね。
そして席に着けば、ロードの臣下のヴァンパイアたちが挨拶にやってくる。
「ロードが人間の娘を妃に迎えるとは」
そして時折珍がって近付いてくるヴァンパイアたちがウザいけど……!ちょっと、何で匂い嗅いでくんのよ!変態か……っ!
無視して顔をそらせば、ぐいと腕を掴まれる。うぅ……っ、こいつらさすがは上位種。力まで強いのよ。本気で握られたら、骨が折られそう……っ。
「放してくださる!?」
「人間のくせに生意気だ!」
知らないわよ!セクハラしてくる方が悪いじゃない!ヴァンパイアだとか人間だとか、関係ないわよ!
「何をしている」
しかし不意に上からかかった声にハッとすれば、腕に巻き付いていた不快な手の感触がこわばる。
「こ……これは、ロード……この人間の娘が……不敬な態度を……っ」
私の腕を掴むヴァンパイアが震えながら言い訳をするが、彼らのロード……ロシェの表情は不機嫌なままである。
「いつまで腕を掴んでいる」
しかしロシェは聞く耳を持たず、私の腕を掴む男の手首を握ると、その不快な感触が消えたとたんに、バキィッとものすごい音が響く。
え……?まさか、折ってないわよね……っ!?
そしてさすがなのか、何なのか、ヴァンパイアの男は悲鳴もあげずに崩れ落ちる。さすがにこの場で大声を出さないのは貴族のプライドか、ロードの前だからか。
「不愉快だ。出ていけ」
そうロシェが冷たく告げれば、不快なヴァンパイアは脅えたように会場を後にした。
「あ……ありがとう」
「いい。もっと寄れ」
そう言うとロシェが私の腰を抱き寄せて来る。
ロードの席は幅がある。ロードが未婚ならばひとりで真ん中に、そして夫婦
腰掛けられる。
そんなにくっつくのはどうかと間を空けていたのだが、ロシェによってピタリとくっ付けられてしまった。
どうしようかしら……ドキドキする。ほかの臣下たちが次々と挨拶に来る中、ほかの側近たちがロシェの元に耳打ちするのが見えた。
何かしら……。出席者の挨拶かしらね。でも何故そんなにかしこまっているのかしら。
「まぁ、あの方がヴァンパイアロード!?とっても美しい方だわ!」
げ……このいかにもお花畑な声は……っ!
忘れる方が無理な不快な声。
真打ちは遅れて登場とはこのことか。先程の報せは、この場にはいかにも不似合いなお花畑の到来を告げるものだったか。
「待つんだ、アイリーナ!」
「あの……っ!私はエメラルド王国の王女でアイリーナと申しますわ……!お初に御目に……っ」
アッシュが焦って止めに入るが、それよりも我先にとロシェの前に躍り出たのは、忘れもしない……アイリーナ。
しかしアイリーナもロシェの隣にいる私に気が付いたようで、キッと目を吊り上げる。
「どうしてここにシャーロットがいるのよ!?」
とても信じられないと言う表情だ。そりゃぁそうよね。ただの人間の小娘を下位ヴァンパイアたちの餌にしたつもりが、こうして私がピンピンして、さらにはロシェの隣にいるのだもの。
「ロードさまぁっ!その女は最低な女なのです!私たちの愛を無理矢理引き裂き、さらにはロードさまも騙そうとしているのです!どうかアイリーナの言葉で目をお醒ましになって!」
そんなので騙される男がいるかと問いたいが、しかしころっと騙された男がそのすぐ隣にいる。
まぁ、アイリーナがロシェの前に堂々と口上を述べたことに関しては、さすがに不味いと青い顔をしているが。
しかしまさかとは思うけど、ロシェまでアイリーナに騙されるなんてことは……。
ちらりとロシェを見れば……無表情だ。今までの嬉しそうな顔でもしょぼん顔でもない。……無。
しかし何よりも恐ろしい存在に気が付いてしまう。
その一歩下がったところにいるロイドが般若の笑みなのだけど!?ロシェはアイリーナの誘惑に不動だと言うことが分かって何よりだけど……!
でも何かあってもあの腹黒ロイドがいれば何とかなら気がするわね……!
「カーマイン公爵」
「は、はいっ!」
名を呼ばれ、アッシュが震えながら臣下の礼をとる。しかしその行為にアイリーナは自分が無視されたと思ったらしい。いや、無視されてるけど、ロードに対して不敬としか思われない言動をとっているのだから当然じゃない。
「この人間の女は何……」
何だ、と問おうとしたのだろうか。
しかしそれに被せるように声をあげたのはアイリーナである。
「ロードさまぁっ!聞いてください!」
はぁ……っ!?あのこバカなの!?もしかしたら自国では許されているから、他国でもと思ったのだろうか。しかし王の言葉の途中に無理矢理割り込むのが許されるのは、アイリーナを溺愛しアイリーナの望むことなら何でもかんでも聞くあんたの父親だけよ!
他国や上位種の王にそれが許されるはずはない。つまりエメラルド王国の王は、アイリーナにそれを許してはならなかった。いや、だからこそこんな残念な王女に育ったのだろうが。
「黙れ、貴様には聞いていない。小娘が」
ロシェの低く重圧感のある声が会場内に響き渡り、会場内がしんと静まり返り、緊張感に包まれる。
「……っ、その……っ」
あのアイリーナが……震えている。やはりロシェはヴァンパイアのロード。それだけの力や迫力があるのだ。
私だって、アッシュや下位ヴァンパイアの怒気や狂気には本能的な恐怖を抱いたわよ。
……あれ……?そう言えば……ロシェもヴァンパイアの覇気を纏っているのは分かるけど……平気ね。
周りはひしひしと感じているようだが。私も鈍くはないと思っていたのだが……不思議だわ。
ふと、そう感じつつも、今は緊張感に包まれたこの場の空気であろう。
「き、聞いてください、ロード!」
しかしアイリーナが口を噤みながらも、果敢にも声をあげたのはアッシュである。
やはり血筋だけは王族の親戚と言うことか。
「その……シャーロットは本当に……アイリーナに酷いことをして……っ」
「それはお前の方ではないのか?その不敬な人間の女と不倫をして一方的に捨てたのだろう?」
うぐおぅっ!ストレートに言うわね!?むしろその方がスカッとするけれど!
「ち、違います!シャーロットはアイリーナを脅して無理矢理ヴァンパイア公爵の夫人の座に……っ」
「シャーロットはそのようなことはしない」
ロシェ……?
出会って間もないと言うのに……そう信じてくれるの?
「私はお前たちの婚姻に文句を言うことはないが、ロードへの礼儀もわきまえぬ女の嘘に騙されるなど、ヴァンパイア貴族の風上にもおけぬな」
ロシェが冷たく吐き捨てる。
「そ、そんな……っ!ロード、目をお醒ましください!」
「そうよぉっ!ロードさまぁっ!」
先程は脅えを見せていたアイリーナだが、アッシュがロシェにびびりながらも声をあげたことで息を吹き替えしたようだ。
「不愉快だ。出ていけ」
そうロシェが告げたのなら、今度こそ……と、思えば次はアイリーナがまた新たな嘘を並べる。
「そ……それに、シャーロットは最悪な女なのです!アッシュの部下のヴァンパイアたちを大量に殺したんです……っ!私、とてもショックで……っ。だからそんな凶悪な女に騙されないで!」
いや……確かにその、私を襲おうとしたヴァンパイアたちはグレイの手によって始末されたが……しかし私がグレイの手を借りたことを彼女たちは知るよしもない。残っていたのはどこにもいない私と、アッシュの命令で私を襲おうとしたヴァンパイアたちの亡骸だけのはずである。
「それが凶悪か……?」
ロシェが嘲笑するように吐き捨てる。
「私は長らくロードとして顕現しているが、ロードとして同胞を処断したことなど5万とある。それが凶悪なら、私はたいそう横暴な男なのだろうな」
あまり触れたくはないが、絶対王政と言うものは、長い歴史の中で同胞を処断することだってある。なるべく迎えたくはない場面ではあるけれどね。何百年も統治してきたロシェならば……そういった事実もある。いや……ただでさえ血生臭いヴァンパイアよ……?ないはずがないのだ。
「ついでに言わせれば、シャーロットにそんなことをできる能力はないな」
「歯向かってきたら一発で殺せます」
ロシェが私のことを分かってくれているのは嬉しい。私のことを信じてくれているのも嬉しい。でも、さらりとそのあとに続けたひと言はどうなのよ、ロイド!?確かにこんな腹黒大魔神相手にできるはずがないけれど!
ハンターの技能などない私だ。ヴァンパイアの血を低く混血鬼だって相手にできるか分からない。しかもロイドは今は完全なヴァンパイアである。
ロイドが言ったことも事実だろうがら言い方ぁっ!!!
「そして……シャーロットは私の妃だ。軽々しくシャーロットの名を呼ぶな」
そう、ロシェが迷いなく告げる。
ただの契約結婚だって言うのに……その言葉はとても嬉しいものだった。
しかしその事実に驚愕したアッシュに反して、声をあらげるのはやはりアイリーナであった。
「嘘よ嘘よ、嘘よ――――っ!ロードの妃になれるなら、私がなるべきよ!」
いや……あなたアッシュを寝取って再婚しておいて……何言ってるの……?
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