第7話 書庫
――――ふぅ、快適なものね。本に囲まれているって、何て素敵な時間なのかしら。
ダメもとで言った希望は見事に通り、無難なお仕着せをもらい、書庫の貸し出しカウンターに座る私。
同じ書庫番のマリカ先輩によれば、警備は立っていてもひとはあまり来ないそうだから、本読み放題だって。最高よね。今はマリカ先輩が本や資料の配達に行っているので、私はここでお留守番兼読書である。
では、早速調べて行きましょうか。まずはアッシュの実家カーマイン公爵家ね。
ふぅん……さすがは公爵家。その血筋だけはたいそう立派な純血のヴァンパイア。因みに、ヴァンパイアの純血性と言うのは、人間の娘を妻に迎えても、ある特別なことをすれば維持される。
ヴァンパイアと特別な血の契りを結べば、人間の娘は夫のヴァンパイアと同じ時を生きることとなり、生まれる子も完全なヴァンパイアとして生まれる。
契りを結ばなかった場合は人間とヴァンパイアの混血となる。混血となれば人間の血がヴァンパイアに呑まれ段々と暴走していく。それを回避するには純血のヴァンパイアと主従の契りを交わすこと。しかしそうすればもちろんヴァンパイアの従僕となるから、それを呑むかどうかは慎重になる必要があるのだ。
そんなヴァンパイア事情を思い出しつつ……ふと気が付いた。
「私……血の契りを交わしてないわね」
そりゃぁアッシュは私を毛嫌いしていたもの。妻としての血の契りも交わしていない。それをせずに子を生ませる嫌がらせをされなかったのは幸いね。それでも私と寝ることは嫌だったのか……私は夫婦の寝室には呼ばれず、ひとり狭い部屋で寝起きしていた。
「……ほう?お前は血の契りを交わしていなかったのか」
「そうね、今となっては後腐れもなく捨てられることができて、幸運だったわ」
ん……?ついつい答えてしまったけど……この抑揚のない声は……。
ハッとして顔を上げれば、そこに立っていたのは……。
「ろ……ロード……?」
な……何でヴァンパイアのラスボスが書庫に来てるのよ!普通部下を寄越すでしょうロイドとか……!
「な、何で……?」
「ロイドから、私の紹介で行儀見習いと名乗る人間の女がいると聞き……確認に来た」
ひいいいぃっ!思えばロイドはロードの側近。ならばロードにくらい聞くわよね。侍従長のロイドにすら言わずに私を行儀見習いとしたのならば……!正確には私が勝手に名乗っているだけである……!
――――つまりは……ロードにとっては濡れ衣である。
「……何をしている」
そ……そりゃぁそうなるわよね……っ!?
「調べものよ」
「……それは貴族史か……?カーマイン公爵家に未練があると……?」
「……えと、知ってたの……?一度挨拶には参上したけれど」
それだけで……?
「……ぶっちゃけ忘れていたが、カーマイン公爵から離縁と再婚の申し出があったものでな」
「いや、地味に酷いわね!?忘れていたんじゃない!」
「興味がないからな」
ないのかよ。臣下の嫁に興味がないのかよ。いや、持たれて怪しい関係になられても困るけど。やはり吸血鬼にとって人間の嫁は、単なる生贄、餌でしかないと言うことなのかしらね。
「それで、まだ未練があるのか」
そこまで気にすること……?私には興味がないのよね。いや……むしろ、興味は別のところにあるのではないかしら。このヴァンパイアがそれを問う真意は、別のところにある。
「ないわよ。大嫌いだもの」
「なら、何故調べている……?わざわざ私の紹介だと嘯いて、書庫にまで忍び込んだ」
し……忍び込んだって、わりと堂々と来てますが……?
「その……勝手にあなたの紹介だって言ったことは謝るわよ。この城の中で、グレイさんの紹介だって言っていいのか、迷ったのよ」
「グレイの紹介……」
うん?なんかしゅーんとしてない!?この吸血鬼、しゅーんとしてない!?何でそうなる……!
飼い主さんに待てされて待ちぼうけくらってしょんぼりしてるわんこみたいよ!!
「と……とにかく、私がこれを調べているのは未練とかどうでもいいから、あのクソアッシュをぎゃふんと言わせるためよ。あぁ、ごめんなさいあなたの臣下をクソだとか言って。でも、事実よ」
「いや……グレイもよく言っている」
いや、あのひとロードの臣下のことそう言ってるの!?それともアッシュ限定!?どっちかしら……っ!
「……とにかく、せっかくもらったお仕事ですもの。邪魔しないでくださる?」
おもにぎゃふんと言わせるためですけど……!
あ、でも
「……夕食には来い」
ロードは少し黙りこくったあと、唐突にそう告げた。
「分かってるわよ。むしろ、夕食も出なかったら怨むわよ」
そう告げれば、ロードが書庫を後にした。
「でも……ここにはいさせてくれるのかしら」
そんなに悪いひとではないのかもしれないわね。
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