第8話 ヴァンパイアの食事


――――その日の食事は、書庫を閉めた後に、書庫番のマリカ先輩とダン先輩に連れてきてもらえた。

城には城で働く官吏や使用人のための食堂もあって、そちらで3食食事をとれる。


書庫番の先輩たちは3人で、普段あまり仕事がないので3人で回したり、必要なら助っ人も迎え入れるらしい。


そして直前の業務で遅れて来たエース先輩と合流して、早速食堂に足を踏み入れる。

あれ……?書庫での業務は終わったはずだが、エース先輩は配達にでも行っていたのだろうか……?まぁ、まだ私が知らない業務もあるだろうし。ゆっくりと覚えていこう。

――――そうだ、ついでに……。

「あ、なるべく侍女には会いたくないのですが」

「侍女?こっちは官吏用だから、彼女たちは来ないだろう」

そう、ダン先輩が教えてくれる。因みにマリカ先輩とは夫婦。

しかし……官吏……?そう言えば書庫のカウンター当番って……使用人とは違うかも……。むしろ官吏枠の方がしっくり来るのだが。

侍従長が間違いで配属するなんてあり得ないし、それならそもそも書庫には来られない。

私は書庫のお掃除メイドとかでも構わなかったのだが……けれどそうではなかった。

何だか引っ掛かるのだけど……でもラッキーよね。


「ほら、シャーロットちゃんもおいで」

3人目の先輩であるエース先輩が席に案内してくれたので、本日は4人でたっぷりと食事を味わう。


因みにヴァンパイアの食事と言うのは、血液だけではない。生命の維持のために血は必要ながら、血液は喉を潤すもの。つまりそれだけではお腹は空くのだ。当然、ヴァンパイアにも胃腸があるのだから。


それに、さすがは人間よりも上位種。食事の種類も質もすごくいい。


そして最後はエース先輩とダン先輩が食べないからとスイーツを分けてくれた。


「それじゃ、これが書庫の鍵だから、預けておくね」

「はい!」

マリカ先輩から鍵を受け取り、私は宿直室に落ち着いた。さすがにあの部屋には戻れないし、詳しい経路も覚えてないわね。

行ったところであの侍女たちに何をされるか分からない。


「それよりはスイーツよ」

食堂でもらったスイーツに口を付ける。本日は生クリームプリンである。


「んんっ、美味しい!」

甘味なんて、いつぶりかしら。アッシュの屋敷では最低限の食事しか出ないし、スイーツなんてもってのほか。最後に食べたのは、輿入れ前の公爵家で……。


「……お父さま……」

本当に……どこへ行ってしまわれたの。

信じたくない結末が脳裏に浮かび、思わずそっとスプーンを下ろす。


輿入れの際に持ってきたものは最低限のものだが、お父さまに買ってもらったブローチだけは変わらず身に付けている。


私が生まれた時には既に、お母さまはいなかった。だからお父さまが唯一の肉親だった。その肉親が祖国で……あの愚かな王により謀反人にされた。その上その娘である王女アイリーナは私にまで冤罪を吹っ掛けて寝取ったのだ。

そしてそもそものすべての元凶は……アイリーナだ。


「……絶対、許さないから」

スプーンを握った拳をぐっと握りしめたその時、書庫の扉がノックされたようだ。


「緊急……かしら」

必要な資料があるのかしらね……?もう夜だが、夜まで働く官吏もいないわけではないだろう。祖国でもお父さまは仕事で遅くまで城にいることもあった。主にあの無能な王のせいであったが。


パタパタと書庫の扉へ向かえば、解錠してゆっくりと扉を開けば、そこにいたのは。


「え゛」

ロードと……その隣に、侍従長のロイド!?


「何故夕食に来なかった」

ロードがやけにむすっとした顔で問う。


「いや、夕食なら行ったけど……」


「官吏用の食堂ではありません」

その時ロイドにそう告げられびくっとくる。え……知っていたの!?誰から聞いたのよ!


「あなたが行くべきは、ロードとの晩餐の場でしょう。あなたは妃なのだから」

「え……知って……」


「知らなければあの場所にはいません」

そう言えば……侍女たちに閉じ込められ逃げ出した先は……侍従長が来るにしては妙なほど城の中心部からそれていた。いや、何か用事があれば来るだろうけど……それが用事か。


「侍女たちがあのような凶行に及ぶとは思ってもいませんでしたが」

ロイドにとってもあれは想定外だったのね。


「それで、ロードの妃なのでしたら、あなたが泊まる場所はここではなく、ロードとの夫婦の部屋です」

「ふぅ……っ」

確かに夫婦だけども……!契約結婚なら一緒に寝る必要もないのでは!?


「その、私にはここの仕事もありますし……」

「ただ贅を貪るだけの妃はいりませんが……長らく妃がいなかったもので、割り振る仕事も急には出てこないんですよね」

つまり特に仕事もなかったから私の希望が通ったってこと……?それからたまたま書庫の人員に空きがあったから。


「けれど……夫婦の部屋ならば用意があるので、そちらを使用してください。もしくは宿直室のない職場を割り振りましょうか?」

城にそんな職場あるの……っ!?だいたいどこも緊急で泊まるとか、夜勤用の仮眠室があると思うのだけど……っ!?


「わ、分かったから……行くわよ」

調べものが出来なくなるのは困るし、なかなかに気に入ってる職場なのよ。


「それと、鍵はこちらで預かります」

「は、はい……」

漏れなく鍵も回収されてしまった。


そしてロイドに連れられ、ロードとともに夫婦の寝室とやらに向かう。


「それと、ついでにあなたの部屋も紹介します」

「え、私の!?」

あの監禁部屋!?


「もちろん侍女たちが勝手に割り振った部屋ではありませんよ」

「……そうなの?」


「こちらです」

確かに案内された部屋は、最初の部屋とは違い、荘厳な両開きの扉である。

……しかし。


「中から笑い声がするわよ」

まさか事故物件……?吸血鬼の城ならありそうだけど、そう言うのやめて欲しいのだけど。


「でしょうね。ひとつ、あなたにも確かめていただこうかと」

ロイドは中で何が行われているかも分かっているようだ。


「ロードは外でお待ちください。部屋でもいいですよ」

ロイドがそう告げ、ロードは部屋に戻る素振りはなく、私たちを見守るように近くの壁に背をもたれさせた。

うーん……そこまで冷たいわけでもなく、付き合ってはくれるのね…?

いや……ロードが向けてくる視線はどちらかと言うと……いいこで待ってるわんこ……!

何か目がそう訴えてるもの……!


しかし今は扉の向こうである。わんこロードはちょっとそこで待っていてもらわないと。ロイドがポケットから鍵を取り出せば、サッと解錠し扉を開く。


その中で繰り広げられていたのは……目を疑うものだった。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る