第6話 侍従長


落ちる……まるでスローモーションのように、落下していく……。


――――そんな……まさかこんなところで終わりとか、絶対嫌よ……っ!?


迫り来る衝撃に目を瞑るが、しかし襲い来る衝撃は痛いものではなく、ひとの腕の、感触だ。恐る恐る瞼を開ければ、そこには見知らぬ男の顔があった。


「……あの」

ダークブラウンの髪に印象的な珍しいローズピンクの瞳。彼も彼とて整った顔立ちだが……どこかで見たような既視感を覚える。

そして彼が私を地面にゆっくりと下ろしてくれれば。


「さて、こんなところで何を?」

びくんっ。

その……ヴァンパイアロードの妃だなんて、言わない方がいいかしら。

彼は嫉妬に狂うような人物には見えないけれど、格好としては上位の使用人のように思える。侍女長とも何らかの関わりがあるかもしれない。


ならば何か……ただの人間の娘がここにいていいような口実は……。


「ぎょ、行儀見習いよ」

「……はい?」


や……やっぱり、ダメだったかしら……?

まぁ祖国の城ならば、行儀見習いとして城の侍女もできるが、身分の証だてはもちろん必要。お父さまに言えばいくらでもお膳立てはしてくれただろう。仕えるのがあの王家だから、何の行儀も見習えないと思うから、別の意味でお父さまも許可しなかったでしょうけど。


「だから、人間の国との交流で、行儀見習いに来ているの」

「それにしては城の使用人の格好ではないようですが」

それはそうよ……離縁されて捨てられて、そのまま来たのだから。

もう着の身着のままよ。


「まだ支給してもらっていないのよ」

「配属は」

「まだ聞いていないわ」

「誰の紹介で」

ギクッ。そりゃぁここで行儀見習いをするなら……誰かしらの紹介が必要よね……?

だけど誰をだそう。とは言え候補など限られている。

グレイは……ロードとただならぬ関係なのだろうと思うけれど、ヴァンパイアハンターだからここで名前を出すのはどうかと。

いや、ロードの妃になら紹介されたけども。うぅ……しかしそうなると……知り合いのヴァンパイア……知り合いのヴァンパイア……。もちろんアッシュの名を出すのは完全にあり得ないわよ。となれば候補などひとりしかいない。


「ロードです」

「は……?」


「ロードです!」

相当な立場の使用人でなきゃ、あの絶対的な吸血鬼の王に直接問うこともないのでは……? 多分だけど……。


「ロードからは特に聞いていませんが」

「え……と、それはその、何らかの原因で連絡がいっていないのでは……」

「それにたとえロードと言えど、私に無断で城の使用人を増やすだなんてないと思いますが」

え……彼に無断で……?ヴァンパイアは見目麗しいだけではなく、その美しさを保つためにもその長い寿命の中でも青年期が長い。

若く見えてもものすごく歳上……なんてことも、ロードの時点であり得ているのよ。


「その……あなたは一体……」

何者なのだろうか。


「侍従長のロイドと申します」

「……じ、じじゅ……っ」

トップオブトップの使用人じゃない……っ!しかも侍従長って……侍従長なら、まさにロードの側近中の側近なのでは!?


そんな側近中の側近に、ロードの紹介だなんて言ったらバレないわけがないじゃない……!

しかも行儀見習いとして来るならば、普通は侍従長への挨拶は必須級では!?

でも、今ここで挨拶したのだから、帳消しに……ならないかしら……?


「……まさかとは思っておりましたが、グレイが関わっているんじゃないでしょうね」

え……グレイ……?

思っても見なかった言葉にきょとんとする。


「んまぁ、関わっていないわけじゃないわね……?」

そもそも、妃にと勧めて来たのはグレイである。


「……はぁ……」

ロイドが深く息を吐く。


「またあのひとはグレイが関わると勝手なことを……」

あれ……?いいの……?これ、良かった雰囲気かしら。ほんと、そう言わせるグレイって何者?


「分かりました。まず、名前は」

「シャーロットです」

あれ、本名はまずかったかしら。でも珍しい名前ではないのだし。


「……シャーロット……」

いや、そうよね……?シャーロットって聞いて私の正体に勘づかれること、ある……?


そりゃぁアッシュとの結婚の時に顔と名を知られている可能性もあるけれど、城に行ったのはあの時が一度っきり。吸血鬼たちの中で明らかに見劣りするこの顔なんて知られていないわよね。アッシュも私を冷遇していたし、私の名を覚えても何の利益もないもの。


侍女たちも私がアッシュの元妻だと知らなかったようだし。


「いいでしょう、こちらへ。配属を決めます」

「あ、ありがとうございます……!あ、でも侍女は嫌です!」

「……はい?」

だって侍女になったら、あの侍女長たちと再遭遇じゃない!


「できるだけ侍女に関わらない仕事にしてください!そうですね……書庫関連の仕事とかないでしょうか!」

ついでに調べものもできるわ!

「……分かりました」

だけどロイドはそれを呑んでくれた……?本当に……いいの!?

しかしピンチはチャンスとはこのことね!無事に就職先まで手に入れられたわ!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る