第5話 手痛い洗礼


――――何百年も妃を迎えることがなかったと言う、吸血鬼の王ヴァンパイアロード。

そんな王に、妃に迎えられてしまった。

それもグレイと言うヴァンパイアハンターの鶴の一声である。


「それじゃぁ、俺は一旦仕事に戻る」

そう言うとグレイはひらりと身を翻す。そりゃぁお父さまの依頼状を届けてくれて、私を助けてくれた恩人だけど……。


「ちょ……っ、その、グレイさん!?行っちゃうの!?」

いきなりヴァンパイアの王と2人っきりって……っ!


「依頼は果たした」

そりゃぁ追加報酬の今後の世話代、使っちゃったけども……!それが王の妃になることだなんて誰が想像しようか。

でもここまでしてもらって、厚かましく迫るのも……どうかと。しかもグレイは王から与えられた、何でもひとつ叶えられる願いを、私のために使ったのだ。


そしてグレイは今度こそ何処へと姿を消してしまった。


しかしその時、不意に王を見れば。


「……」

何だか寂しそうな、悲しそうなその表情は一体……?

彼にとってグレイは、どういう関係なのだろうか。しかし私の視線に気が付いた王は一瞬にして表情を無に返す。


そしてふいに踵を返して歩き出す。


「あ、ちょっと……」

迷子にならないようにと急いで追いかけようとしたら。


くるり。


すたすたす……。


くるり。


時折付いてきてるか確かめてる!?付いてきて欲しいの!?懐き始めたのか、このわんこ!いや、ヴァンパイアロード、ヴァンパイアロード。わんこじゃないんだけど、どーっしてもわんこに見えちゃうのよ……!


しかし城のものたちの姿がちらほらと見受けられる区画に辿り着けば、ロードが手を叩く。すると颯爽と侍女たちが集まる。

さすがはヴァンパイア。きっと彼女たちも漏れなく吸血鬼のご令嬢たちなのだろう。みなたいそうな美女である。


「侍女長。私は妃を迎えた。これの世話をしろ」

そう、王……いや、ヴァンパイアたちは王を『ロード』と呼ぶのよね。ロードが告げれば、侍女長を中心として侍女たちが臣下の礼をとる。


「承知いたしました、ロード」

そう答えれば、侍女たちが私にこちらと手を動かす。そこまで歓迎されているようには見えないけれど、取り敢えずロードの命令には従うってスタンスのようね。


そうして私は、侍女たちによって妃の部屋に案内された。


「こちらが妃の部屋です」

案内された部屋は明らかに妃の部屋とは言い難い粗末なドア、さらにドアを開けば古い小さなベッドが置いてあるだけなんだけどねぇ。

ロードの前を辞すれば、あからさまね。


そして私をここまで案内した侍女長が、乱暴に私を部屋の中に向けて突き飛ばす。


「きゃ……っ!?」


「何故人間が……それもお前のような醜女がロードの妃になるのか……っ!」

侍女長が怒りをあらわにする。そりゃぁそうよね。ヴァンパイアの令嬢たちが、未婚のロードの妃と言う存在に憧れないわけがない。長年妃を迎えることもなかったロードが突然妃と言って人間の娘を連れてきた。それも美女揃いの彼女たちにしてみれば、私のような平凡な女は許せないってこと……。でも、醜女って何よ、醜女って!言い方ってもんがあるでしょうがっ!


「妃の部屋はね、私のような美しいヴァンパイアの姫君のためのものなの。人間のアンタに使わせる部屋は、ここで充分よ」

ふぅん?一応妃の部屋って言うのはあるのか。そしてこの侍女長、やはり自分が妃になりたかったのか。そしてその部屋をまるで自らの部屋のように言う。たとえ自分自身にそんなにも自信があったとしても、主人への忠誠よりも自分の欲を選んだ……なんと愚かな。


「言っておくけれど、お前につける侍女などいないから。身の回りのことは自分でやることね」

あぁ、そうですか。別に構わないわよ。公爵令嬢として育ったからこそ、今までは侍女の手も借りたが、冷遇されてきたアッシュの屋敷ではろくな侍女も付かなかった。

でも前世は庶民でしたもの。自分のことくらい、自分でできるわよ。


「それじゃ。あとは私たちの仕事じゃないから」

そう言うと高笑いをしながら、侍女長や侍女たちが部屋を出ていった。


彼女たちはざまぁみろとでも思っているのかしらね。


「でも、これから復讐の作戦を練るには、一人部屋の方が楽だわ」

存分に復讐の作戦を練れるもの。


「……でもまずは何をしようかしら」

情報収集かしらね。相手はヴァンパイア公爵だ。アッシュの屋敷では、冷遇されてきたことで周りの使用人も私を無視する。思えばあのヴァンパイアのこと、よく知らなかったわ。

ここでも教えてくれるとは限らないけど。


「城なら書庫くらいはあるわよね」

アッシュの屋敷ではその醜女顔で出歩くなだの暴言を浴びたけど……城ならアッシュの大きな屋敷よりもさらに広く、吸血鬼たちの出入りも多い。あの侍女たちに見つからなければ、何とかなりそうね。


早速部屋の外に繰り出そうとドアノブに手をかけようとしたのだが……内側に、ドアノブが……ない……?閉じ込められたってこと!?しかもドアは押しても叩いても、内側からはびくともしない上に、鍵もかかっているようだ。


だとしたら窓は……。

急いで窓もとを確認すれば……。


「ここから出られなくもないけど……」

あいにく2階である。


「木に飛び乗れば、行けるかしら」

窓の外の木に目をやる。


「前世でもこんなアクロバット、やったことないのだけど」

このままここに監禁されるよりはましだわ。意を決して、向こうの木に飛び移る……っ!


「きゃあぁぁっ!?」

だけどそんなに上手く行くはずもない……っ!掴みかけた枝が手から滑り落ち、このままじゃ……落ちる――――っ!


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