第30話 9月17日火曜日⑤ 【 ? 】

「そんな意味で言ったのではありません。歪曲するのは止めてください」


 京都の声が震えているようですが気のせいでしょうか?


「そうですか、それは失礼」


 アランシオン君のお父様は冷静なようです。

 校長が仲裁するように口を開きました。


「失礼しました。初手を間違えたことは認めます。申し訳ございませんでした。我々も前例のないことでかなり戸惑っているのです。そこはご理解いただけないでしょうか」


 今度はディアファンが口を開きます。


「それは理解しますよ。こちらとしても同じですからね。我々が最大限の譲歩をしている理由は『こちらからは見えるのに、そちらからは見えない』ということです。防犯カメラの設置も、赤外線反射フィルムの装着も、その譲歩の一環ですよ。そもそもなぜ同じ暮らしをしなくてはいけないのかなんて基本的なことをここで議論しても仕方がないので今は言いませんが、基本的な部分で問題があると感じませんか?」


 校長と教頭が顔を見合わせた。


「と仰るのは……」


「だってそうでしょう? 『やれと言われたからやる』というのがそちら側で『逆らうのも面倒だから付き合う』というのがこちら側だ。要するに双方が受け身なわけです。そもそもやれと言いだしたのはそちら側でしょう? 不透明人間側だ。だったらそちらが主体となって受け入れるという強い意志を示すべきだと思いますよ」


「それはそうですが、我々としても押し付けられた感が強いのです」


 校長がうっかり漏らした本音に教育庁の担当者が渋い顔をした。


「そもそもなぜ子供だったのですか? 一番弱い立場の者を利用するより、きちんと単独で対処できる大人を対象にすれば良かったのに」


 ディアファンが強い口調でそう言いながら、教育庁の担当者を睨みました。

 見えないけど。

 慌ててその担当者が口を開きます。


「仰ることはごもっともです。しかし我々も『小学校に転入させよ』と通達されただけで、具体的なマニュアルも無い状態だったのです」


「なるほど。では誰が悪いのかというくだらない話をすると『首相』という事ですね。ご存じの通り我々には選挙権はありませんから、対岸の火事でしかないがあなた方も大変ですねぇ」


 4年生の担任である井上先生がおずおずと言う感じで小さく手を上げました。


「とりあえず今は目の前の事を話し合いませんか? 今までの話をまとめると『石田さんのノートが無くなった原因は不明』で『石田さんが階段から落ちた原因も不明』ですよね」


 石田さんのお父さんが勢いを取り戻しました。


「そうですよ! そこを究明してもらわないと安心して娘を通わせるわけにはいきません」


 間髪を入れずランプシィーが言い返しました。


「その通りですね。先ほどの先生の言を借りるなら『石田さんのノートが本当に無くなったのか不明』だし『石田さんが誰かに押されたと言ったのも本当か怪しい』ということです」


 石田パパが立ち上がります。


「あんた! うちの娘を疑うのか!」


「いえいえ、事実を述べたまでですよ」


 警察官が間に入ります。


「まあまあ、お互いに誤解があるようです。ここは冷静になりましょう。ノートの件は訴えていただけるなら徹底的に捜査しましょう。階段の件は我々としてはできることはすべてやったので、これ以上の進展はないと考えます」


「訴えるほどのことでは……」


 アランシオン君が声を出しました。


「石田さんのお父さんは、石田さんが盗られたと言っているノートは判別できますか?」


「は……判別?」


「ええ、そうです。ノートなんて汎用品でしょう? 同じものが様々な教科で使われているのではないですか? それとも何か特徴があって『これは自分のだ』と言い切れるのかな」


「名前を書いているはずだ」


 アランシオン君も負けません。


「石田さんは教科ごとにノートを持っているのですか? それは色違いか何かで見分けていたのでしょうか? どの教科のノートだけがいつ無くなったのか把握しておられますか?」


「そんなものは本人に聞けば分かるだろう! 子供のくせに生意気な口を利くな! どんな教育を受けているんだ」


 アランシオン君のお父さんが静かな口調で言いました。


「我々の世界ではノートに書いて覚えるという習慣はありません。それに徹底的な能力主義なので、年齢や性別だけで上下関係が出来上がるあなた達の習慣では生意気にいつるのかもしれませんね。生まれてからの年数イコール能力と考えるあなた方とは根本が違うようだ。ちなみにうちのアランファンは今すぐにでも不透明人間社会で言うところの大検なら合格する能力を持っていますよ」


「まさか……」


「いやいや、面倒なのでやらせませんが、少し会話をすればわかるでしょう? そんな息子が譲歩に譲歩を重ねて小学3年生の授業を大人しく聞いていたというだけでも賞賛して欲しいものですよ」


「9歳で大検……」


 今呟いたのは6年担当の学年主任のようですね。

 興味がないので名前も知りませんが。

 ディアファンが言います。


「日本には飛び級制度って高校に2年通えば大学に飛び級できるんでしたっけ? 小学校には無いのですよね?」


「そうです。義務教育は国民の義務ですよ」


「なるほど。では通学できない子供たちはどのように?」


「通学できない事情にもよりますが、物理的に通学が難しい場合はそれ専門の学校へ通う事になっています。一般校でもできる限りの便宜は計りますが、限界はあります」


「努力はなさっているということですね。今回は初めての試みであり、いわゆるテストケースですよね? 例えば遠隔で聴講する事で出席と判定するとか、今までにない試みをするには絶好のチャンスではないですか? 最初に言いかけましたが根本的な相違があるのですから、接点は最小限に抑えることで不要なトラブルは避けられますよ?」


 ん? ディアファン君はまたまた話を石田さん問題から遠ざけようとしていますね。

 何を考えているのかな?


「遠隔授業ですか? そうなると映像機器なども必要ですね……でも有効な手段化も知れないです。提案してみましょう」


 教育庁の担当者は乗っかってくれました。


「石田さんの問題はどうします?」


 あらあら、KY君と名前を変えましょうか、井上先生。

 校長が纏めに入りました。


「ここまでの捜査で一応の結果は出たということで、石田さんには今一度無くなったノートの事を確認しましょう。私からもしますが保護者の方からもお願いします。階段の件は石田さんが落ち着いたら再度話を聞くという事しかできないと思いますがいかがでしょう」


 とりあえず全員が賛成して、その件は終わるようですね。


「私は病院に行くのでここで失礼しますよ。進展があれば連絡してください」


 石田パパは最後まで不機嫌でしたね。

 まあ自分の娘が怪我をしているのですから仕方がないのかもしれませんが、少々大人げないって印象でした。

 警察の方々もお帰りになり、残ったのは学校関係者と教育庁担当者、そして透明な人たちですね。

 教育庁の人が口を開きましたよ、渡辺さんでしたっけ。


「先ほどの遠隔授業の件ですが、北海道と千葉にも相談して前向きに検討してみたいと思います。板書とか理科の実験は映像でも可能でしょうが、体育とか調理実習とか参加しないとダメというものはどうお考えですか?」


 アランシオン君が返事をしました。


「見学で大丈夫です。僕らの体とあなた方の体は基本構造が違いますから、そちらが健康に良いというものが全て僕らに当てはまるわけでもありませんし、調理はそもそも必要ないです」


「なるほど、そういうところからまず教えてもらってから進めるべきでしたね。本当に何というか……申し訳ない」


「いえいえ、それはお互い様ですよ。それに、どうしても参加すべき授業だと判断した場合は登校します。ただし担任の先生だけに伝えて、無駄な混乱は避けるように配慮しましょう」


 渡辺さんが何度も頷いています。


「そういうことでいかがですか? 校長先生」


 校長の代わりに教頭が声を出しました。


「その準備が整うまでは今まで通りということですね?」


 これに事得たのはアランファン君のお父さんです。


「それまでは休学ということでお願いします。どうやら息子は痛く傷ついて精神的に置い米れているようだ。娘も同様に休学させます。こちらも相当なショックを受けていますのでね」


 思い切り噓だと分かりますが、反対できるほどの論客はいないみたいです。


「では我々も失礼しましょう。渡辺さん、準備が整い次第連絡をお願いします。連絡先は届けているところで構いません」


「わ……わかりました」


 ドアが勝手に開き、勝手に閉じたようにみえる不透明人間たちは呆気にとられるばかりで、別れの挨拶もありません。

 それって教育者としてどうなの? って感じです。

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