第29話 9月17日火曜日④ 【 ? 】

「待ちません。今すぐに通報します」


 ランプシィーが校長の机上にある電話に手を伸ばしました。

 受話器が浮いたように見えて初めて気づいた教頭がランプシィーから受話器を取り上げようとします。


「あっ! 待ってください!」


「痛い! 酷いじゃないですか! そんなに強くねじりあげるなんて!」


 ランプシィーの声に教頭は後退りをしました。


「いえ、そんなつもりでは……本当にケガをしたのですか? あっ、いや……すみません」


 透明人間の父親が静かに声を出しました。


「校長先生、どうされますか? 通報しますか? しませんか?」


 校長は深く俯いたまま言いました。


「通報……しましょう」


 自ら立ち上がり受話器を手にした校長を止める者はいません。

 それからすぐにパトカーが数台到着しました。

 児童たちを動揺させないためにサイレンは鳴らさず来たようです。


 石田亜子ちゃんが突き落とされたと主張する階段は、テレビドラマで良くみる黄色いテープで封鎖され、学校中の防犯カメラの映像が警察に押収されました。

 透明人間たち6人は校長室に残って事情聴取を受けることになり、4年生の保護者は全員学校に呼び出されることになったようです。


 その日は簡単な聴取と、4年生の児童と保護者への説明だけでしたが、あくる日からはかなり本格的な捜査が始まりました。

 東京や千葉や北海道からも関係者が続々と島根入りをしてきます。

 もうはっきり言って授業どころではない状況になってしまいました。


 はるかちゃんもディアファンも日記を書く暇も無いのですが、はるかちゃんはなんとかディアファンと話そうとしているようです。

 しかし、ディアファンは意図的にはるかちゃんと接触しないようにしているようですが、何か考えがあるのでしょうか。


 そして大人たちにとっては嵐のような日々が過ぎていきました


 事件から数日間は、現場検証や事情聴取をする警察官の姿に怯えていた子供達ですが、のど元過ぎればなんとやら、すっかり日常を取り戻したようです。

 中にはキープアウトテープの前でVサインで記念写真を撮る強者もいました。

 今どきの子供って……


 透明な子供たちは登校していませんが、両親と巡回員は連日学校に来ています。

 なぜ呼び出されているのでしょうね、ちょっと覗いてみましょう。


「すみません、本日お集まりいただいたのは防犯カメラの映像解析の結果が出たからです。詳細はこちらの警察の方からしていただきます」


 恰幅が良い校長先生でしたが、ほんの半月ほどでスーツがだぶついて見えます。

 どうやら相当な心労のようですね。

 ソファーを囲んでいるのは校長と教頭、4年生の担任である井上先生と6年の担任である山本先生、それにそれぞれの学年主任の先生方です。

 校長先生の正面に座っているのは、石田亜子ちゃんのお父さんのようですね。


 警察の方々は黒板の左右に2名ずつ立っておられ、透明な大人たちは窓際にずらっと並んで座っています。

 見た目はただのパイプ椅子が並んでいるだけですけどね。

 お! そろそろ始まるようですよ。


「島根県警の大津と申します。こちらは島根教育庁の渡辺さん、そしてビデオ解析と現場検証を担当した科捜研の担当者です」


 誰かの喉がゴクッと鳴りました。


「結論から申し上げます。防犯ビデオの解析結果、透明人間の方達の証言通りでした。小さい透明な子が教室から一歩出たところで、後ろを振り返り引き返しています。それとすれ違うように透明な大人の人が教室を走り出ましたが、階段の手前で引き返しています。ちなみに彼は階段までは行っていませんし、被害者が押されたと主張している場所は、階段をずっと降りた先です」


 息をのんだのは学校関係者で、透明人間たちは無反応ですね。

 石田亜子ちゃんのお父さんは苦虫を嚙む潰したような顔で俯いてしまいました。

 警察の人が続けます。


「その後、4人の透明な方々は揃って教室を出られ、校長室に入りました。以上です」


 科捜研の担当者だと紹介された人が口を開きます。


「階段の検証結果ですが、特定はできませんでした。封鎖するまでに何人もの生徒が階段を使っていますし、その中には大人のものも混じっていました。ただ、透明な方々の足跡についてはありませんでした」


 石田パパがバッと顔をあげます。


「透明な人の足跡? 彼らは裸足ではないのですか?」


 全員が窓の方を向きました。

 大きなため息をついて口を開いたのはランプシィーです。


「我々は靴も履かない野蛮人ですか? もちろん服も着ていますし、靴も履いていますよ。特殊素材なのでお見せするのは不可能ですが、警察の方には協力しています」


 科捜研の人が慌てて口を開きました。


「足形を取らせてもらっています。特殊な布製の靴底ですが、足跡ということだけで言えばむしろ特定しやすいものでした。もう一度言いますが、その靴での足跡もありません」


 石田パパが正面に顔を向けました。


「わかりました。今回の件について彼らは関わっていないということですね」


「現場捜査の結果で言えばそういうことです」


 教頭が口を開きます。


「では彼女は自分で落ちたということですよね。事件ではなく事故ということだ。そうだと思っていましたよ、だから警察に通報するのは待ってほしいと言ったのですがねぇ。大げさにするから生徒たちが動揺してしまって教師たちは苦労をしましたよ。ははは」


 その声には誰も反応せず、発言した教頭が気まずそうな顔をしています。

 重たくなった雰囲気を破ったのは教育庁の人でした。


「教頭先生、少々論点が違っているように思いますよ。今回の施策は国からの指示で始まったものです。なにより現首相の肝入りだ。どんな些細な事でも報告をするように通達が出ていたでしょう? 何といっても初めての試みなのです。そこはしっかり理解しておいていただかないといけません」


 教頭が慌てて言います。


「それはもちろんです。しっかり対応してから報告を上げるつもりでした。私が言いたかったのは、生徒も動揺しているのです。咄嗟に噓をついてしまった石田さんに非があるのかもしれませんが、子供がやったことです。それを追い詰めるのは彼女の将来にとって良いことではないと言いたかっただけですよ」


 それに対し、アランシオン君の父親が重々しい声を出しました。


「不透明な子は守るが、透明な子は傷ついても仕方がないと聞こえましたが?」 


 教頭がクッと息をのみました。

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