第17話 7月16日火曜日【ディアファン】

 この辺りの雨は止んだけれど、土砂崩れが起きてしまった県もあるみたいだ。

 これ以上酷いことにならないことを祈るしかない。


 連休を挟んだのでゆっくりとじっくりと考えることができました。

 激熱な返事を本当にありがとうね。

 はるかちゃんの深い友情を感じることができて、とても幸せな気持ちになりました。


 読んでいて本当にそうだなぁと思ったよ。

 ボクたちはビレッジという小規模な集団で暮らしているって前に言ったよね。

 だいたい5家族20人くらいかな? その程度の人数で肩を寄せ合うようにして暮らしていたんだ。


 でも例の法案が可決してからは「保護区」というところに集められてしまって、家族ごとに家を貰ってくらしている。

 以前よりも人数は格段に増えたけれど、今までは広い空間で、家族ごとに仕切りがある程度だったから、一軒家に一家族というのは少し孤立感があるよ。


 大規模災害なんかで体育館とかに避難している家族をテレビで見たことあるでしょ? あんな感じで暮らしていたんだよね、今までは。

 そんな秘密を持つこと自体がとても難しい状況の中で、互いに気遣いながら生きるという術を身につけていたのかもしれない。

 そう考えると、はるかちゃんが言っていた三世代同居から核家族化したようなものかもしれないね。


 ボクたちの寿命はキミたちとあまり変わらないけれど、最近は短命化の傾向にあるらしい。

 

 その原因は地球の状態の悪化なんだよね。

 ボクたちは植物みたいな体だから、大気や水の汚染は体調に直結しているんだろう。


 随分前にボクたちの中でも少子化が深刻だって話したよね。

 これもまさにその影響なんだ。

 どうやら男女ともに子供ができにくい体になっているらしいんだよね。


 遠因はさっき言った環境問題なんだけれど、それがどう影響しているのかはまだ解明できていない。

 要するに対処ができていないということさ。


 はるかちゃんは小学校の教師という仕事を選ぶくらいだから、子供は好きなんでしょ?

 実はボクも子供は大好きなんだよね。

 あの無邪気に仕草はなんとも可愛らしいし、心が癒されるよ。


 

 はるかちゃんが書いていた「教職者のストレス」なんだけれど、ものすごく納得できた。

 というのも、数年前だけれどボクは目の当たりにしているんだ。


 ボクらはどの学校にでも行けるし、どの授業でも受け放題でしょ? ボクは「光」に興味を持っていたから、様々な学校に潜り込んで、いろいろな授業を聴講してきたんだよね。

 島根県のある高校の授業に入っていた時、教師になりたての男性教諭の授業を聴いたことがあるんだ。


 その教師はとても熱心で、理解させようという意欲に溢れた授業をしていたから、そういう意味でもとても興味を持って聞いていたよ。

 高校生に教えるにはかなりディープな事例も用意したりしていて、本当に面白い授業だったんだ。


 それから数年は大学に聴講に行っていたんだけれど、ある日とても基本的なところで疑問を持ったことがあって、ふと思い出してその教師の授業に戻ってみたんだ。

 ウキウキして授業を待っていたのに、教室に現れたのは「無気力」で「不熱心」に変わり果てた男だった。


 間違いなく同一人物のはずなのに、纏っているオーラが全く違っていたよ。

 授業の内容も全然面白くないし、やる気の無さが伝播するのか、生徒たちも全く話を聞いていない状態だった。


 生徒たちの顔を見ることもなく、バシバシと板書してそれを説明するだけの時間。

 こんなの授業じゃないよね。

 同じ内容をプリントにして「読んでおけ」で良いんじゃない? って思ったもん。

 

 案の定、最後にプリントを渡してのろのろと出て行ったよ。

 いったい何が彼の身に起きたのだろうとは思ったけれど、その時は失望の方が大きくて、二度と行かなければいいやって思ってしまった。


 実際のところ、彼に何があったのかは知らないけれど、きっとはるかちゃんが言うようなことがたくさんあって、自分の思い描いていた授業をすることができなかったんだろうね。

 新しい環境に飛び込むときって、大きな理想を持っているほど、大きな座列を味わうのかもしれない。


 辛いよね。


 もし彼があのまま熱血科学教師を続けていたら、きっとその分野に興味を持って進んでいこうとする子供も多かったんじゃないかな。

 今の子供達って、何というかな……画一的? って思わない?


 だから他者を個性として受け入れられないのかな?

 「みんなおなじようなもの」で「みんながやっているから」とか「みんなも持っているから」とか?


 その「みんな」って具体的には誰なんだろう?


 そういう意味ではボクら「透明人間」の方が個を尊重しているかもしれないよ。

 まあ、お互いにシルエット的にしか認識できないから、深く介入しようとすると、余程腹を割って話さないと難しいという特殊な環境にあるせいかもしれないけれどね。


 ボクたちは同じビレッジの中で共同生活していても、それほど関わり合うことは無いんだ。

 もちろん協力しないと生存できないし、そういう意味ではとても仲間意識は強いよ。

 でも、何かいつもと違うこと……例えばボクがはるかちゃんと交換日記をするとか、そういうのは、特に反対もされないけれど、根掘り葉掘り聞かれることもない。


 きっと「ディアファンにはディアファンの考えがあるんだろう」という消極的肯定かな。

 これは意外と居心地がいいんだ。

 無視されているわけでもなく、批判されているわけでもない。

 敢えて優しい言い方をするなら「見守っている」って感じかな。


 話を戻すと、教育についてもそうだよ。

 何に興味を持っているかを話すと、それなら〇〇学校の△△教授の授業がいいとか、〇〇小学校の△△先生のプリントが上出来だとか、そういうことを教えてくれる。

 気が向いたら一緒に行ってくれたりしてね。

 でもマンツーマンで教えてくれるということはないかな? 聞くと答えるっていう程度。


 今の「不透明人間」たちを見ていると、そういう仲間意識みたいなものが足りてないように思う。

 ちょっと前までは違ったんだよ?

 特に男子校の部活なんて、仲間意識の塊みたいなものだった。


 でも今は違うよね。

 部活の中でもイジメがあったり、指導者からの過剰な暴力があったり。

 きっとみんな結果に拘り過ぎているんだと思うよ。

 

 結果がすべてというのはあながち間違ってはいないけれど、過程があっての結果だからね。

 その過程が充実したものでない限り、絶対に結果は伴わないと思う。

 まあ、それぞれが卓越した個人技を持っているプロ集団なら話は別だけれど、学生にそれを求めちゃダメでしょ?



 今回ボクに依頼があったのは、きっと「透明人間」という存在に対する憶測というか、不要なディファレンシエーションを発生させないためのものなんだろうね。

 ありがちでしょ?

 あいつらは字が読めるのか? 知能が低いんじゃないか? とかさ。

 未知なる存在に対してはまず威圧的な立場に立とうとするのは人の性みたいなものだしね。


 だから「そんなことないぞ」と理解してもらうひとつの方策なんだろうね。

 でもここにも立場によっていろいろあって、ボクら「透明人間」サイドは一発かまして来い的な勢いだし、キミら「不透明人間」サイドは、同レベルだってことを示せばいいからという感じ。


 もう受ける前から板挟み状態だ(笑)

 

 今回は少し迷ったけれど、断るつもり。

 同じビレッジの仲間にも相談したけれど、みんな同じ意見だったよ。


 ボクらはほとんど病気をしないのだけれど、もししてしまったら死ぬことになる。

 怪我も同じだよ。

 たとえ僕が大通りの真ん中で車にひかれても、誰も気づいてくれないし、誰にも治療できないでしょ?


 生き続けるためには「安全な場所」で「ひっそりと隠れて暮らす」のが一番なんだ。

 でもそれでは生きている甲斐がないから、多少のリスクは覚悟のうえで出歩いている。

 そしてボクはキミに……はるかちゃんというかけがえの無い友人を得た。


 

 今日の最後にはるかちゃんの友人であるディアファンから一言。

 抗い続けると心が疲弊するし、流され続けると頭が疲弊すると思うよ。

 何事にも「塩梅」というのは大切じゃないかな。


 ボクらのビレッジには「おじい」と呼ばれている超高齢者がいてね、彼がいつも言うんだ。

「何が一番かを決めておけ。それ以外はさほど重要な事ではない」って。

 はるかちゃんも仕事をしていく上で「一番大事なこと」だけは守るという気持ちでいれば、いろいろな負担を軽減できるような気がするんだけど、どうかな。


 ではまた。

 今回ははるかちゃんに負けないように、ボクも熱く語ってみました。

 じゃあまた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る