第16話 7月13日土曜日【はるか】

 梅雨が終わるかもなんてお気楽なことを言っていたから、まるで戒めのような雨が降り続いていますね。

 ここ数日の豪雨で、さすがの百葉箱も中までびしょびしょ濡れでした。


 この袋、素敵でしょ?

 お気に入りの雑貨店でみつけたんですよ。

 素材が防水加工してあるので、雨に濡れてもこれで日記は大丈夫!

 ディアファンさんが入れる空気色の袋より大きかったら拙いなって思って、ジャストサイズにしたのです。


 デザインもたくさんあって、かなり長い時間迷ったのですが、結局最初に手に取ったこれにしました。

 模様の鳥はカワセミです。

 きれいな水のある森に生息しているらしく、ここ島根にもいると聞きました。

 


 では本題に入ります。

 11日に受け取って、その日のうちに書こうとペンをとりましたが、思い付きで書いていいような内容ではないと気付き、まる1日かけてずっと考えてみたのです。


 最初はとても良いお話だと思いました。

 これから先、ずっと同じ星で生きていくのですから、できるだけ互いを知り「適正な距離」というものを模索すべきだと思ったからです。


 でもそれはあくまでも「模範的回答」であり、栗花落紫陽花というディアファンさんの友達の意見ではないと気付きました。


 友達のわたしとしては、迷うなら止めた方が良いのでは? と答えさせてください。

 ディアファンさんはノンポリだとおっしゃいましたが、言い換えるなら強硬派ではないということでしょう?


 あの日、本当に偶然と必然が面白いほどに絡み合って生まれた「わたしたちが出会う」という奇跡が、そうそう日常にあるとは思えないのです。

 私はあなたに傷ついてほしくありません。


 子供は時に残酷です。

 触れてほしくない部分に、平気で爪をたててきます。

 中には痛がる様子を「面白い」と感じるほど、心が貧しい子もいるのです。


 私たち教師は、その都度注意をして間違いを訂正しようとしますが、なかなか一筋縄ではいかないというのが現状なのですよ、悲しいですが。


 こんな言い方をすると、無責任だと思われるかもしれませんが、幼児教育において一番重要なのは「親の愛」です。

 この愛が足りている子は、何事にも正面から向き合おうとする性質を持っています。

 反対にそれが足りていない子は、どうすればこの場を切り抜けられるかばかりを考える習慣を身につけてしまっているのです。

 そういう子供たちが必ず口にする言葉は「自分は悪くない」です。

 百歩譲って間違いを認めたとしても「みんなやっている」という言葉を吐きます。


 これはとても悲しいことです。

 そして、この言葉を口にする子供のなんと多いことか。


 ずっと以前ですが、同じ教師をしている母と教育について話し合ったことがあります。

 当時わたしは副担任というポジションで、教師になって1年目の右も左も分からない新人でした。

 その時母が言ったのです。

「日本の教育制度は間違っている」と。


 人生において一番大切な「人として」という基本教育を施せるのは10歳までというのが母の持論でした。

 そこに優秀な人材を投入せずになんとする! とかなり怒っていましたね。


 母の言うことも一理あると思います。

 本当にそうなんです。

 日本というより世界中の女性たちは、男性と同等の仕事をしていますよね。

 男性にできる仕事は女性にもできるというのが、現在の常識と言えるでしょう。


 でもね、絶対にできないことがあるんですよ。

 男性は子供を産むことはできないし、女性は妊娠させることができない。

 これはどれほど科学が進んでも、絶対に不可能な神の領域だと思うのです。


 それを打ち破ろうとしたのが、過去に世間を騒がせた「クローン」ではないでしょうか。

 でも「クローン」はただのコピーです。


 どうしても子供が欲しいという切実なカップルにとって「体外受精」は不妊治療の有効な手段のひとつです。

 これは推奨すべきことですし、もっと技術が進んで成功率が上がれば良いと思います。 

 

 社会的に男女に差がなくなっても、この出産に関してはどうしても女性が必要でしょ?

 体外受精もそうですよね、最終的には女性が自分の体の中で胎児を育てるのですから。


 育児についてはどうかと言うと、最近では男性の育児休暇も社会的地位を確立しつつありますよね。

 でも正直に言うと、父親は「お手伝い」という概念から抜け出せていないのではないでしょうか。


 母親の育児ストレスを軽減するためとか、体力的負担を減らすとかの役割としては有効ですし、とても良い制度です。

 でもね、これには大前提があって「母親の育児」という核がないと成立しないのですよ。


 現実問題として、育児をしている間、女性のキャリアは止まってしまいます。

 復帰したとしても、そのブランクは焦りに繋がりますよね。 

 産みっぱなしで、後は国が責任をもって育てるからといっても、少子化の波は抑えることができないでしょう。

 

 だって女性には「母性」があるのですから。

 何が言いたいのかと言うと、そもそも出産とキャリアを天秤にかけてしまう状況に問題があるのではないかということです。


 現代の子供たちには、少しでも良い学校を卒業し、人が羨む企業に就職するという「サクセスパターン」が、本当に幼いころから刷り込まれちゃってるんです。


 それは「他者を蹴落とす」ことに繋がるんです。

 だからいじめが無くならないのだと思いますし、きちんと恋愛ができない大人になっているのだと思います。

 だって競争に勝ち続けるためには「相手を思いやる」とか「助けになりたい」っていう感情は邪魔なだけですものね。

 

 もっと大らかでいいと思いませんか?

 職業に卑賎なしですよ。

 年収が多い人が勝ち? 冗談じゃないです。


 でもね、今の子供たちは競争社会の中で育ってるのです。

 幼稚園の頃から、そう教えられて育ってしまうんです。

 だから情緒が育たない。


 知識ばかりで経験値が無いから、他者の痛みが分からない。

 中には「コンティニューボタン」を押せば、やり直せると信じている子もいるんです。

 挫折を知らないから、素直に反省することができない。

 悲しいことです。


 母は「三世帯同居」が無くなり「学歴社会」になった弊害だろうと言っています。

 同じ屋根の下に、年寄りがいて働き手がいて子供がいる、要するに一番小さい単位での「社会」がそこにはあったのです。

 あの狭い空間で一緒に暮らすということは、自然と「我慢」や「思いやり」を身につけることに繋がるでしょ? そして勉強も大事だけれど、人として何が一番大事かを知るんです。 

 昔は「心が育つ教育」が家庭内で施されていたということでしょう。


 あのね、ディアファンさん。

 以前の教室には「教壇」というものがあったのだそうです。

 生徒たちより一段高い場所から教えるわけですね。


 その頃の教師は、きっと生徒たちに尊敬の意味を込めて「先生」と呼ばれていたんじゃないかしら。

 今は教壇も廃止され、わたしたちは職業名として「先生」と呼ばれているにすぎません。


 教師という仕事は、一部の情熱的な人たちを除き、就職できなかった時の保険として取得していた「教員免許」を利用してなる職業と化しています。

 その証拠に、教科書に載っていること以外は教えてはいけないし、その内容もかなりの細部まで決められています。

 雑用に追われ、子供と向き合う時間はどんどん減り、とにかく「保護者に文句を言われないように」するので精一杯なのです。


 子供たちに向かって「やりたいようにやってみなさい。ただし怪我をしてはダメだよ」と言いたい気持ちを抑えている教師たちのストレスはかなりのものなのですよ。


 重たい話ばかりになってしまいましたが、そういう現状の中にディアファンさんを放り込むのは忍びないと言いたかったのです。

 絶対にとんでもなく傷つくことになるし、もしかしたら怪我をしてしまうかもしれません。


 だからといってこのままでは、何の進展もありませんよね……

 どうすれば良いのでしょう。


 でも最後に少しだけ「教師になってよかったな」と思った瞬間の話を書きます。

 つい先日のこと、私のクラスの男の子が「宇宙飛行士になりたい」という話をしたのです。

 するとまわりの子も「看護師さん」とか「アイドル」とか言いだして。


 やっぱり子供ってコアの部分は変わらないのだなと思いながら聞いていると、いつもは目立たないタイプの子が「絵具を作る人」になりたいと言ったのです。

 その子の隣に座っている子が「なぜ?」と聞くと、その女の子は「まだ名前の無い色を作ってみたいから」って。


 わたしは心からこの子の夢を叶えてやりたいと思いました。

 子供たちは自分の人生をデザインする権利を持っているのだと、改めて思った瞬間です。

 その権利を義務にしないためにも、きちんと情緒を育てていきたいと思いました。 

 だってわたしは「小学校の先生」なのですから。


 もしディアファンさんが来るのが、うちの学校ならいいのになぁ。


 なんだか小難しいことばかり書いてごめんなさい。

 久しぶりに熱くなってしまいました……反省……

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