第15話 7月10日水曜日【ディアファン】

 今日も暑かったね。

 本当にもう梅雨って明けちゃったのかな。

 雨は苦手だから、梅雨って一番嫌いな季節だったけれど、今は違うよ。

 それは「栗花落さん」に会えたから。


 少しだけ日にちが空いてしまったのは、珍しく本部からお呼び出しがあったからなんだ。

 本部というのはボクら透明人間で運営している統括部門みたいなものかな。

 それに関係する話で、ちょっと報告というか相談があるんだけど、まずははるかちゃんの質問に答えるね。


 ① 傷つかないためには近寄らないというのが、基本姿勢なのでしょうか


 A 端的に言うとそうです。

 傷つきたくないというのは、誰しも持っている感情でしょ? きっとはるかちゃんにもあるよね。

 心が傷つくということを知らないうちは、傷みを知らないから、どんどん踏み込んだりできるんだけれど、それによって傷ついたり傷つけられたりすることで、最初の一歩が踏み出せなくなったりするでしょ?

 

 子供の頃には、ボクもその傷みを知らなかったから「他の子はなぜ服を着ているの?」とか「なぜボクが話しかけたら逃げるの?」って親に聞いたりしてた。


 そして徐々に心の傷みを知り、それでもメゲナイ者と懲りた者に分かれていく。

 メゲナイ者たちは承認欲求を満たすために活動し、懲りた者たちは仲間のもとに戻るんだ。

 僕は中途半端な穏健派なんだろうね……ノンポリっていう新分類かも。



 ② その天才ってルーブル美術館に収蔵されている絵の作者ですか?


 A 正解です。

 彼の名前は「レオナルド・ディ・セル・ピエーロ・ダ・ヴィンチ(Leonardo di ser Piero da Vinci)」といって、一般的に呼ばれている「ダ・ヴィンチ」を直訳すると「ヴィンチ村の者」になっちゃうから、名前とは言えないよね。


 そう呼ばれるには理由があって、当時のヴィンチ村は「透明人間」の村だったんだよ。

 ボクらには苗字という概念がないから、住んでいる場所で所属を表現するんだ。

 だからボクを例にすると「ディアファン・出雲」って感じ。


 他にも大作曲家と呼ばれている人もいるよ。

 彼の名前は「ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルト( Wolfgang Amadeus Mozart)」なんだけれど、これは影武者となった子供の名前さ。

 

 本当の彼の名前は「テオフィルス」といって、神に愛された者という意味があるんだ。

 まあこれもボクの名前と同じで、一般的によくある名前なんだけれどね。


 夜中にチェンバロが鳴る怪奇現象に気付いたレオポルトが、透明な天才の子を見出した。

 そして彼は大学での専攻を歴史学から音楽に変えた。


 レオポルトは自分の7番目の子を「完璧な演奏者」として教育し、テオフィルスが作った曲を世に送り出したんだ。

 でもその父親が亡くなってから、影武者をしていた子は徐々に崩れ始めた。


 まあ無理もないよね。

 目に見えない者から厳しい指導を受け、自分が作った振りをして演奏し続けるんだもの。

 彼の奇行はそんな精神の歪みが原因かもしれないね。


 他にもたくさんいるけれど、今回はここまでにしましょうか。



 ③ もし友人の教師に助言するとしたら、なんと言いますか?


 A 結論から言うと、まず彼らの「真意」を聞いてほしいと言うかな。

 穏健派なら、正直に言うと構わないでほしいと回答すると思う。

 反対に強硬派であれば、積極的に発言の機会を与えて、透明人間という存在を知らしめてほしいと言うだろうね。


 嫌がる者を無理やり「仲間の輪」に引きずり込むのは、もはやイジメでしょ?

 逆に入りたがっているものを無視するのもイジメだ。

 要は本人が何を望むかでしょ?

 

 

 そしてここからが報告と相談です。


 本部に呼ばれたって言ったよね。

 どうやらここ島根県でも千葉県と同じ動きがあるみたいです。

 どこの小学校になるのかは知らないけれど、何人かの透明な子を転入させる計画が進んでいるんだって。


 なぜ千葉県の次が島根県なのかって思うでしょ?

 それはその両県に「透明人間保護区」があるからです。

 この保護区は全国で三つあって、もう一つは北海道にあるよ。


 でね、今回は一歩進んで「生徒」だけではなく「教師」の派遣も考えているんだってさ。

 そしてどうやらボクにその白羽の矢が立ってしまったようなんだ。


 受けるべきだと思う? やっぱり関わらない方がいいかな……

 正直に言うとボク的には、かなり消極的なんだよね。

 

 どう思う?


 返事は急いでないみたいだから、ゆっくり考えてみてくれないかな。

 ボクもじっくり考えてみるから。


 ではまたね。

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