第13話 7月6日土曜日【ディアファン】

 一昨日はとても良い天気だったのに、昨日は酷い土砂降りだったね。

 その天気が良かった木曜日、ボクはいつものように百葉箱の横でキミを待っていました。

 キミが日記を入れたのを見てから、後ろをついて歩いたんだけれど、考えてみればまずはキミに許可を得るべきだよなって思って、その日は途中で引き返したんだ。


 今更って思うかもしれないけれど、もしかしたらいつも見張られているような気分になるんじゃないかなって心配になっちゃった。

 もちろんキミとお喋りをしながら、肩を並べて歩けたらどんなに素敵だろうとは思うけれど、まだボクにはそこまでに勇気がないみたいだ。


 だから結局、ちょっと後ろをついて歩くだけなんだよね。

 情けないけれど、そういう卑屈なところがあるんですよ、僕には。

 

 途中っていうのは、いつもキミが立ち寄るパン屋さんのところなんだけれど、朝ごはんを買っているのかなって思っていたんだけれど、どうやら昼ごはんみたいだね。

 キミが受け持っているのは三年生だったけ。

 三年生っていえば9歳かな?


 そりゃ9歳の子と同じ量じゃ足りないでしょ。

 キミはまだしも、屈強な男性教師だったらおやつ程度な感じじゃないの?


 内容が同じという理由はなんとなくわかるよ。

 異物の混入とか腐敗とかの確認を兼ねているんでしょ?

 もしかしたら味のチェックとかもあるのかな。

 

 でも量を同じにする理由は思いつかない。

 今度その理由を教えてください。


 さっきボクは卑屈なところがあるって書いたけれど、概ね「透明人間」と呼ばれる存在は同じような部分を持っていると思う。

 それは一重に生きてきた環境なんだけれど、何といっても隠れるようにして暮らしているというのは大きい。


 別に隠れる必要は無いと思うかもしれないけれど、ちょっと想像してみて?

 さあ、一人暮らしをしているキミの部屋の隣には「透明人間」が住んでいます。

 姿は見えないけれど、音はするから、確かに住んではいるはず……って思いながら隣で暮らすのって、もうほとんどオカルトの世界でしょ?

 ボクたちがクシャミをすると「スプラッタ」だと言われちゃうしね。


 だからボクたちが隠れるようにして暮らしているのは、キミたちの種族が仕切っているこの星で生きていくための知恵みたいなものさ。

 無駄な軋轢や刺激は、お互いのために良くないって経験則として知っているんだ。

 だから、いくら法案が可決されたからと言って、すぐに出て行く気持ちにはなれないというのが「透明人間」のほとんどが思うことだろう。


 でもこのままじゃ、今までと何も変わらないよね?

 そう考えた仲間が行動を起こしたのが、キミの友達のいる学校でのことだろうって思う。

 言い換えれば彼らは勇気ある先駆者だ。

 

 パイオニアとか草分けとか言い方はいろいろあるけれど、何にせよ必要なことだよね。 

 しかも自分自身ではなく自分の子供を行かせるのは、相当な決断だっただろう。

 ずっと前に言ったけれど、絶滅寸前のボクらにとって、子供は何よりも守るべき存在だ。


 でね、ボクは仲間たちと一緒に住んでいるんだけれど、ちょっと話したんだ。

 その編入の話をね。

 知ってる奴も何人かいて、意見も賛否両論だった。

 賛成者は、勇気のある行動だと言うし、反対者は無謀な賭けだという。


 僕の意見は後者だ。

 子供の頃についた心の傷は、治ったようでずっと残るものだよね。

 これは「不透明人間」さんたちも同じでしょ?


 ボクは子供の頃に親と一緒に歩いていて、みんなは洋服を着ているのに自分たちは何も身につけていないという現実をなかなか受け入れられなかった。

 本当は何かの瞬間に見えたりして、ボクだけ裸だって言われるんじゃないかとかね。


 ああ、そうだ。

 ひとつ誤解を解いておかないといけない。

 全裸とは言っているけれど、実は下着のようなものはつけているんだ。

 

 日記を持ちかえる時に特殊な方法って言ったことがあるでしょ?

 その種明かしにもなるんだけれど、ボクたちの先祖の中でも特に天才と言われた人たちが編み出した特殊な布があるんだよ。


 植物の繊維を編んで、紫外線に当てると透明化するように見える布になる。

 実際は透明化するわけではなく、不可視になるだけなんだ。

 どうして不可視かというと、人間の視覚ではとらえられない色になるからなんだ。


 これを何色と言うのかはとても難しいけれど、敢えて言うなら「空気色」かな。

 この布を発明したのは、今でいうイタリア、その頃にはフィレンツェ共和国に住んでいた透明人間なんだけれど、彼は1452年生まれなんだ。


 天才の名をほしいままにした人で、ボクら透明人間界で初めて肖像画を残している人だよ。

 君も彼の顔は見たことがあると思う。

 とても謎の多い人として有名なんだけれど、キミたちが知っているのは影武者なんだ。


 彼は自分が理想とする顔を持つ男を探し出して、自分の影武者にしたんだよ。

 だから「不透明人間」達は、彼を自分たちと同じ側の人間だと思っているけれど、本当の彼は「透明人間」っていうわけ。


 ボクらの認識での彼の才能は、科学分野なんだけれど、キミたちの世界ではきっと画家なんじゃないかな。

 彼は広範囲で卓越した才能を発揮したけれど、透明なままじゃそれを発表することもできないだろ? だから影武者は絶対に必要だった。


 彼は本当に必要な時にしか姿を現さないし、パトロンになった人にも、発明の原理をちゃんと説明しないし、質問にも答えなかったから、嫌われちゃったりしたんだよね。

 だってできるわけ無いんだよね。

 彼らが目にしていたのは影武者の「ただの不透明な男」なんだもん。


 彼が影武者にどれほど嚙み砕いて教えても理解できるわけがない。

 まあ、そもそも天才って教えるのが極端に下手だしね。


 きっと思い当たる人物がいるんじゃない?

 でも「まさか」とか「噓でしょ」って思っているでしょう?


 それが普通の反応だから、気にすることはないさ。

 でもそれが、僕たちが卑屈になっていった理由の一つだと言えば、何を言いたいかは理解できるんじゃないかな。


 人は見えるものしか信じない。

 言い換えれば、見えないものは信じられないんだよ。

 そしてボクたち「透明人間」は見えないことが個性ってことだ。


 まだまだ本当はボクたちと同じ個性を持っている偉人っていっぱいいたんだよ。

 いくらでも教えてあげられるけれど、証明はできない。 

 だから信じてはもらえないって知っているよ。

 悲しいけれど、それが現実だもんね。


 でね、さっきの小学生のことだけれど、きっと親も一緒に行っていると思うよ。

 そして、ちゃんと法的な手続きをして転入したのはその二人だけという形をとっているけれど、きっととてもたくさんの透明な子たちが一緒に行っていると思う。


 まずは前例を作るという「不透明人間」側の政治的戦略に乗ることにしたのだろうね。

 人気取りに法案を通したのはいいけれど、誰も恩恵を感じないっていうのも拙いって思ったんじゃないかな。


 たぶん双方の思惑が合致した結果なんだろう。

 まあそれが、第一歩となってくれれば良いけれど、完全に決裂するトリガーにならないことだけは祈っているよ。


 キミからいただくお題は毎回とても深いから、ボクのページばかりが増えていくようで申し訳ない。


 でも本当に毎回楽しみにしているんだよ。

 では、また。

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