第9話 6月28日金曜日【ディアファン】

 どう書けばいいのかずっと考えてたから少し遅くなりました。

 きっと毎日あの百葉箱を覗いてくれているんだろうと思いながらも、正直に言うと返事を書く勇気がなかなか出なかったんだ。


 すごくすごく考えた結果、やはりちゃんと全部伝えるべきだと思ったので書きました。


 はい、あれはボクです。

 なぜ返事しなかったのかは、自分でも良く分かりません。

 普段人がいるところでは声を出さない癖が染みついているからかな? でも本当にどうしてなんだろう、咄嗟に返事ができなかったんだよね。


 実は日曜の夕方からずっと公園にいたんだ。

 もしかしたらキミが来るんじゃないかって思ってたから。

 そしたら百葉箱の横には想定外の客人が……

 

 どうしようって思っていたところへ、キミが来たんだよ。

 ボクは心の中で「今日は入れちゃだめだ!」って叫んでた。

 よく考えたら、その時も声に出していれば良かったんだろうけれど、どんな状況でも喋らないっていう、子供の頃から染みついた習慣はなかなか抜けないのかもしれない。


 正直に言います。

 これまでもキミが来そうな時間には必ず公園に行っていました。

 百葉箱に日記を入れたのを見たら、キミが無事に学校に入っていくところまで見届けていました。


 キミの後ろを歩いていると、とても幸せな気分になれたんだ。

 でも、絶対にストーカーじゃないからね?

 そこは誤解しないでね?

 キミは跳ねるように歩くから、いつかコケるんじゃないかって心配だったんだ。


 校門を入ったら、やっと安心して公園に戻る。

 そして目立たないように日記を回収して帰ってた。

 日記はある方法で見えなくすることが可能なんだけれど、これはまた今度話すよ。


 日曜のことは本当に偶然なんだ。

 なぜかキミはきっと来るって感じて公園に行ったんだよ。

 空振りでも全然構わなかったし。


 なんなんだろうね……ただそう感じたっていうのが正直な言葉かな。

 シックスセンス的なもの? だとしたら引いちゃう?


 そして翌朝、公園で待っていようと思ってウキウキして行ったんだけど、例の客人がまだいるじゃない。

 日記を持ったままのキミを学校まで勝手に送り届け、夕方まで映画を観たりしてた。

 そろそろかなって思って夕方に公園に行くと、君は考え事をしながら帰って行ったんだ。


 ボクもキミと同じさ。

 ここに居付かれちゃうと困るって思ってた。

 だからね、客人の耳元で「今夜は土砂降り。今夜は土砂降り。明日の朝まで土砂降り」って囁いたんだ。

 当たり前だけれど、その客人はめちゃくちゃ驚いて辺りを見回していたよ。

 何かのお告げだとでも思ったのか、客人は段ボールハウスを器用に片づけ始めた。

 見事なほどコンパクトに折り畳んで、そそくさとどこかへ引っ越して行ったんだ。


 そしてすぐにボクはキミを追った。

 キミの家までは行ったことは無いし、それはマナー違反だと思っていたから、ちょっと迷ったけど、残念そうに俯いていたキミが心配でどうしようもない気持ちになったんだ。


 そして、あの出来事だ。

 大きな車が来ているのが見えるのに、君は一歩踏み出した。

 焦ったよ。 

 自分でもびっくりするくらいのスピードで走り寄って、横から抱きかかえるように支えた。


 ボクはホッとしたけれど、勝手にキミに触れたことは謝るよ。

 ああ、ここまで書いてやっとわかった。

 きっとボクはここにいることをキミに知られたくなかったんだ。

 だからキミの呼びかけに、咄嗟に声が出なかったのだと思う。


 キミに気味悪がられるって思ったんだろうね。

 それは今まで生きてきた経験則のようなもので、いろんなところで気味悪く思われてる身としては、どうしようもなく臆病になってしまうんだろう。


 他の人ならまだぜんぜん良いんだ。

 慣れているし。

 でもキミにだけは気味悪がられたくないって強く思ったんだよ。


 でも、そんなつまらない理由で、キミに余計なことを考えさせたことが恥ずかしいです。

 だから、正直に話そうって決心するまで、ちょっと時間が必要でした。


 返事が遅くなってごめんなさい。

 交換日記は続けてほしいって切実に願っています。

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