2023年8月5日(土)

 自宅のベッドで目が覚めた。あれから、俺は家に帰って、ずっと何もしないでいた。

 ――真衣さんは消滅した。

 ――俺のせいで消滅した。

 それだけが、ノイズのように脳にちらついていた。

 気付けばもう夜が迫ってきていた。

 枕元に置いていた、スマホが鳴った。ライン電話だった。俺は取る。

「――もしもし浅上」

 先輩だった。

「今すぐ、部室棟の前に来い! 長くはない! 多分、これが最期だ! 僕にも最早、うすぼんやりとしか見えない! だから――!」

 俺は跳ね起きた。

 そして、スマホと財布だけ持って、アパートを飛び出した。


「真衣さん!」

 部室棟の前。俺達が出逢った場所。果たして、彼女はそこにいた。

「透哉くん。良かった。来てくれた」

 真衣さんは、浴衣を着ていた。黒地に、赤い彼岸花が散りばめられた浴衣。髪は後ろでお団子にしてまとめていた。相変わらず、眼鏡はそのままだった。

 空に、炎が花開く。その光が、真衣さんを照らした。

「真衣さん、俺のせいで、消滅したんじゃ……?」

「……バレちゃったか。わたしが幽霊だってこと」

 真衣さんはちょっと笑う。その姿は、消えてしまいそうには見えなかった。けれど彼女はもう限界だ。俺にも何となくそれが分かった。

「ううん。だけど、この前の時も、今も、わたしが頑張りたかったから頑張ったの。透哉くんのせいじゃあない」

「どうして、そこまで」

 真衣さんは一つ、深呼吸をした。そして言った。

「そんなの、透哉くんが好きだからに決まってるじゃん。可愛い姿、見せたいから」

 真衣さんはまた笑った。夜空に大輪の花火が煌めいた。

 視界が揺らぐ。宵闇が、俺の身体にまとわりつく。

 ――だけど。俺は言わなくてはならない。答えなくてはならない。

 振り払うように、俺は、真衣さんに向かって、一歩を踏み出した。

「俺も好きだ。真衣さん」

 また一つ、花火が上がった。その音が、遠くに聞こえた。

「わたし達、両想いだ。やっと言えた。やっと聞けた」

 真衣さんは吐息を零した。

「……わたしの未練は、青春ができなかったこと」

 真衣さんは、こちらに歩み寄りながら、語り出す。

「それ故に、キミに恋をした時点で、遠からず、わたしが成仏するのは決まっていた。

 ――だから、泣かないで、透哉くん。わたしは精いっぱい、可愛い姿を見せるって決めたんだ。

 燃えるような恋をしたのだから、燃え尽きるのも覚悟していた」

 俺は、涙を拭って応える。

「うん。とても似合ってるよ、その浴衣。真衣さんは可愛い」

「ありがと。正面から言われると、なんか気恥ずかしいというか……。そんなこと、言われたこと無かったから……」

 真衣さんは頬を赤く染め、両手をもじもじと弄る。

「一緒に花火、見よっか」

 俺は、手を差し出す。

「どこで見るの?」

 真衣さんはその手を取った。

「部室棟の屋上」

「屋上! 青春じゃん」

 二人で手を繋いで、俺達は歩み出した。


 部室棟の屋上。その真上には、夜空だけが広がっている。

 放置されていたベンチに並んで腰掛け、次々と打ち上がる花火を眺める。

「ねえ、透哉くん」

 すぐ隣で、真衣さんは言った。

「わたしが消えたらさ、わたしのことなんか忘れて、未来へ進んで欲しい。ギャルの彼女とかつくりなよ。

 ――それから、素敵な映画を、たくさん撮ってね」

 俺は、真衣さんの方を向く。

「忘れない。真衣さんのことは、絶対に」

 涙をこらえる。俺も、カッコいい姿を見せなきゃだから。

「想い出を背負って、未来へ進むよ。ギャルの彼女はできないと思うけど、素敵な映画は、たくさん撮ってやるさ」

 俺は、ベンチに置かれた、彼女の手を握った。二人で、指を絡め合う。

 真衣さんは、確かにそこにいた。

 ひときわ大きな花火が、音と共に、眩い花弁を広げた。

 それはすぐに、パラパラと、光の雨になって消えていった。

 けれど、炎の輝きは、いつまでも俺の瞳に焼き付いていた。

                                     了

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青春延長戦 古手 忍 from uNkoNowN @lemonadest

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