2023年8月4日(金)

 今日もまた、講義を全て終えた俺は、部室を訪れた。

 部室には内田先輩がいて、デスクトップで編集作業をしていた。

「先輩、それ、時間掛かりますか?」

「悪いね。ちょっと掛かるかもだ。明日は花火大会だから、今日中に終わらせたいんだ」

 先輩は、画面とにらめっこしていた。

「花火大会?」

「おや、知らないのかい? 大学の構内でやるんだってさ。最近は大学も、やることが派手だね。そういや浅上、作品の進捗はどうだ?」

「……ちょっとずつですけど、最近、何が撮りたいのかが、分かってきたような気がしてます」

 ここ一ヶ月は、脚本作りや撮影が、思ったより進んでいた。

「ところで先輩、真衣さんを知りませんか。このところ、見かけないんですが。……心配です」

 週に二、三日は部室に来ていたのが、秋葉原で遊んで以降、全く部室に来なくなってしまった。体調を崩しているのだろうか。それにしたって、随分と長い期間だ。俺は、何かあったのかもしれないと思い始めていた。あるいは、俺が何か、彼女の気に障るようなことをしたのだろうか。思い当たる節は無いが、もしもそうだとしたら、会って謝りたい。

 先輩は、しばらく沈黙した後、口を開いた。

。八年前、ロータリーで起こった事故で亡くなった女子生徒だ。事故の記録にも、そう記されている。そして彼女は恐らくもう消滅した」

「――は?」

 先輩は、何を言って――?

「夕凪真衣の姿は、僕には人魂に見えた。声も聞こえていなかった」

 真衣さんと先輩が遭遇した時のことを思い返す。

 先輩と真衣さんは、よく考えれば会話が噛み合っていなかった。あれは、聞こえていなかったから?

 ――あいつは、浅上、オンナか? この質問は、彼女オンナというヤンキーめいた言い回しではなく、ただ単に、姿が見えないから、男性オトコ女性オンナかが分からなかっただけ?

「幽霊は、姿を変えず、同じ場所に留まり続ける。キミは、夕凪真衣が大学を出たのを見たことがあるか?」

 無い。それに言われてみれば、真衣さんの服装は、いつも同じ、ブラウスにロングスカート。同じような服装ではない。全く同じ服だ。

「なぜ俺は違和感に……?」

「幽霊ってのは夢幻だ。夢の中でおかしなことがあっても、覚めるまでは気にならないだろ。僕は霊感があるから、ある程度、影響は避けられるが」

 今、思い返すと、おかしなところにいくつも気が付いた。

 インターネットに小説を投稿するような人物が、最近の大ヒット作を知らないなんてことがあるか? 最近のアニソンが全く分からないなんてことがあるか?

 俺は女児向けアニメに詳しくないから、その場では気付かなかったが、後で調べたら、おジャ魔女どれみが放送されていたのは、1999年から2002年だった。2023年に大学生、つまり二十歳前後だとすると、ギリギリ生まれているか生まれていないかだ。そんな時期に見たテレビ番組の記憶なんて、あるわけが無い。

 逆に、彼女の時間が八年前で止まっているとすれば、2009年から2010年に放送された仮面ライダーダブルを「ちょっと前」と認識しているのは自然だ。

「先輩、でも、ちょっと待ってください。秋葉原へ遊びに行った時、彼女は大学の敷地を出ていたし、服装もいつもと違った! 姿は俺以外にも見えていた!」

「それが問題だ。彼女は幽霊のルールを破った。これは僕の経験則だが、幽霊が消滅する理由は二つある。未練が無くなって成仏するか、力を使い果たすかだ。恐らく彼女は、全力で――文字通り、全身全霊で、ルールを乗り越え、生者を装った。その結果、霊力――魔力――呼び方はなんでもいい――とにかく、リソースを使い切って消滅した」

「なんだよ……。じゃあ、幽霊部員ってのは……本当に……」

 俺のせいで、彼女は消滅したのだ。俺がアキバに誘わなければ、真衣さんは――。

 世界全体が、ゆらゆらと揺れている。

「おい、大丈夫か浅上」

 先輩の声が、遠くに聞こえた。

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