第四十話『此彼』
マジで意味が分からない。わたしはなんでこんな奇妙なところで寝ていたんだ?
空を見上げると、ぞっとするほど綺麗な蒼。雲一つない快晴だけど、何か違和感がある。致命的な程の違和が。
寝起きで重たい体に鞭打って起き上がる。長いこと眠っていたような気がする。
体を捩るごとに周りに生えている赤い花がくしゃりと音を立てる。妙な質感だね。
「…遠くに何かある?」
どこまでも広がってる花畑の、おそらく中心。傘とテーブルらしきものが置かれているのを、自慢の視力で発見した。
あそこまで行ってみるか。
✴︎ ✴︎ ✴︎
「やあ、よく来たね」
「…誰?」
テーブルに辿り着くと、そこには上品なドレスを身に纏った…吸い込まれそうなほど深い藍色の髪と瞳を持った美しい女性がいた。見た目はかなり若い。
「私が一体誰なのか、ここは一体どこなのか?君は気になるだろうけど、ここに於いてはそこまで重要なことじゃない。まあ呼び名がないのは不便だろうし、『オリヴィエ』とでも呼んでくれ」
気になるんだけど。減るもんじゃないし教えてくれたらいいのに。
「さて、君は此処に来た意味が果たして分かっているかな?ねぇ、『ルシア』ちゃん」
「…さっぱり分からないね。わたしは森にいた筈じゃないか?こんな大きな花畑、見たことも聞いたことないし…」
そう言うとオリヴィエは鈴を転がしたように、心底楽しそうに笑った。何か面白かったかな?というか、なんで名前知ってるんだ?名乗った覚えも、こんな知り合いがいた覚えもないんだけど。
「それはそうでしょうね。此処は私の『権能』で構築した場所だもの」
『権能』だぁ〜?レイヴンが持ってたやつのことか。
「まあそれはいいや。私が君をここに呼んだのはズバリ!!ルシアちゃんを鍛えるためさ!」
「はぁ?いや、それはわたしに勝手にやらせてよ」
「落ち着いて落ち着いて!まずはここに座って、一緒にお茶を楽しみましょ?」
マイペースだねー!この人。自分の話したいことしか話さないじゃん。
とりあえず座るか。話始まらないし。
テーブルに置かれたお茶を一口含む。湯気が漂ってていい匂いだ。
「んぐっ、美味しいねこのお茶。フルーツティー的なアレ?」
「そうそう。美味しいよねこれ!よし、それじゃあ本題に入ろうか」
「特訓、だっけ。どういう訳でわたしを鍛えようとしてんの?」
「まあまあ、そう焦らないの。まず最初に、君に聞いておきたいことがあるんだ」
聞いておきたいこと?わたしからオリヴィエに聞きたいことなら山ほどあるんだけど、一体何だろう?
「ルシアちゃんはさ、命の価値って…平等だと思う?」
「命の価値?」
「そう、『命の価値』。自分の命と他人の命は果たして同じ重さなのか?老人と若者は?富者と貧民は?動物と植物は?それら全て、同じ『命』で同じ『価値』だと言えると思う?」
「私は…同じだとは思えないね」
「へぇ?それはどうして?」
オリヴィエはニヤっと意地悪そうに笑みを浮かべる。
「どうしてって…みんな自分の命は1番大事でしょ?」
「そうだね、確かに誰だって自分が最優先だ。そういう観点から見れば、命の価値っていうのは見る人によって変化する流動性があるとも言える。
でも違う。命の価値には、絶対的な同値関係が成立する。ほら、周りを見てごらん?」
周りにはどこまでも広がる真っ赤な花畑があるだけ。そよ風も吹いていないのに勝手にさわりと揺れている。
今気がついた。あの違和感の正体。太陽が無いんだ。限りなく広がる真っ青な空にいるべき、命の源のはずの光が存在していない。
「どう?何か見える?感じる?」
綺麗だ。この世のものとは思えないほどに。でもそういった褒め言葉は、オリヴィエの問の真意には関係ないだろう。
「まっ、分かんないか。残念な事に、私の生命観をルシアちゃんに伝えることは出来ないんだけど…さっきルシアちゃんは『みんな自分の命が大切だから』って言ってたけど、なんでだと思う?そう思った理由を教えてちょうだいな」
「え?そんなこと考えたことないし」
だって当然でしょ。みんな自分が1番可愛いし、他人の命との天秤なんて考える必要もない。
「そうだね、だからこれから見つけるんだよ。ルシアちゃん自身の生に対する観念をね」
「見つける…というと?」
「そこで特訓だよ!幸いなことに、私たちは時間だけは有り余っている。これからルシアちゃんには私と手合わせをしてもらう。その中で、自分の考えを見つけるといい」
手合わせで、考えを…?なんだそれ、新手の戦闘民族か?そんな都合よく頭は回らないよ。
オリヴィエが席を立ち、テーブルから少し離れたところに向かって歩いて行く。
「なんのことやら、って顔をしてるね。その考えも分からなくはない。我ながら頭おかしいこと言ってる自覚はあるし」
ざわざわと、花々が騒がしく揺れる。私の『魔眼』が反応してる。オリヴィエを中心に、魔力が渦巻いているようだ。
「でも、きっとすぐに分かるよ。なんてったってこの私が一緒に探してあげるんだから」
魔力の動きに合わせて空気が動き、そよ風が花畑を撫でる。ふわりと赤い花弁が飛び散り、その軌跡が炎のように揺らめいている。
「私が君を高みへと連れて行ける。そんな根拠がどこにあるのかって?見せてあげるよ。この私のチカラをね…『
変化は劇的だった。雲一つない晴天は、溢れる程に星が煌めく夜空に。真っ赤な花畑は、淡く光を発する白銀の花畑へと変化した。
本当の意味での魔法だ。これこそ魔法の真髄、秘奥であると…わたしは理解した。
「私も君と同じ、『命』として生まれた生命だ。君の歩む道の先に、歩んできた道の原点に、私はいる。そして今は…一緒に歩く時だ」
振り向いたオリヴィエは先程までの姿とは変わっていた。夜空のような深い藍色の髪と瞳は、抑えきれないと主張するように清々しく光る青色へと変わり、淡く光る花畑の中にあっても尚一際強く輝く星のようだ。
「ね、綺麗でしょ?」
★★★
皆さんお気づきかと思いますが、ルシアとモルテルは全くの別人として扱ってます。
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