第三十九話『とある闇の怨嗟』

 あー…終わった。私たちの幾千年は、また全てが水の泡になった。いつかまた、あのお方に会えるのだと。そう信じてただ待ち続けていたのにな…


 ルシアの生体反応が、消えた。単なる過度な期待だったと言えばそれまでの話。でも、たぶん私だけじゃない。

 少し前、カフカから龍王全体へ向けての念話が飛んできた。ルシアの死亡が確定したという知らせが。

 新たな可能性の誕生は当然他の龍王、私の兄弟姉妹達にも伝えられていた。だから皆一様に絶望感を抱いたようだ。期待が大きかった分、跳ね返りも当然大きい。


 ここから新たな可能性に縋るには…私たちは長生きしすぎた。もう待てないよ、主…!


 やっぱヒトだ。あいつらはいつも、そうだ、あの時も私たちの邪魔をした。あいつらは嫌いだ。須臾の間にしか生きられないくせに、世界に害をなす。




 最後の、本当に最後の足掻きだけど、私たちにはもう一つだけ取れる手段がある。

 円卓にはもちろん命を狙われるだろう。今度こそは封印じゃすまない。

 でも、どうせこのまま長生きしても果てなき『虚無』を見るだけなんだ。ここらで一つ賭けに出るのも悪くないかもしれない。




「宣誓、私はこの力を…大切な物を取り戻すために。『虚無主義ニヒリズム』」


 この世界には、幾つかの絶対的な法則が定められている。その中の一つが、『宣誓』だ。例え何か制限されている状態でも、誓った用途にのみ使用するのであればその制限を踏み倒してスキルを発動できる。

 当然、誓いを破ればそれ相応の罰を下される。まあ、私は誓いを守るつもりなんて毛頭ないけどね。


 なぜなら、私の『虚無主義』はあやゆるモノをすり抜ける能力。どんな壁も、力も、法則も、結果も、運命だって私を捉えることは出来ない。


「はは…久しぶりだね。ここまで制限がないのは。それじゃ主、使わせてもらうよ。『転移』」


 視界が瞬時に明点する。明暗の差に目がチカチカするけど、やっぱりこの『魔術』は便利だね。


 えーっと、ここはどこだっけな。なんか見覚えがあるぞ?

 ああ、そうだ。ルシアが生きる目的を果たした場所だ。あの容赦ない虐殺は痺れたね!…まあ、私の主には似ても似つかない振る舞いだったけど。


 主目的を忘れるところだった。あいつらに連絡を取らないとね。




『あー、もしもし?』


『レイヴン…⁈キサマ、封印はどうした』


『権能で脱出してきた。もう戻るつもりは無いよ』


『…これから、どうするつもりだ』


 ごもっともだね。わざわざこいつに念話を

繋げたのには理由がある。


『カフカ、オープン回線開いてくんない?みんなに伝えたいことがあるんだ』


『了解した』


 頭の中に、幾つかの意思が流れ込んでくる感覚。多少気持ち悪いけど仕方ない。


『んあ、カフカ?どしたのー?』


『また何かあったのかい?』


 兄弟達の声。前の通信ではカフカからの一方的な伝達だったから、声を聞くのは久しぶりだな。


『久しぶりだね、みんな。今回は私から伝えたいことがあるんだ』


『へぇ、珍しいね。心も体も虚っぽの姉さんにしては』


 は、やっぱりこいつはいつも通り生意気だな。まあいい、皮肉られることは分かっていた。


『私は、とある賭けに出ようと思う。我々の状況を大きく変える賭けに』


『どうでもいい。喪ったモノが帰ってくるわけじゃない』


『おいおい、随分と悲観的だねぇ我が弟よ。賭けだと言ったでしょ?つまりは成功する算段があるってことだよ』


『…何が、だ?』


『主の復活さ』


『…は?』


『新たな継承者ではなく、復活だと?ありえない』


『有り得ない?起こり得ない?そんな抗議はナンセンスだ。私はやり遂げる。何が何でもね!だけど、私だけじゃ無理なんだ。皆んな、力を貸してくれるかい?』


 自信は充分。だって私には心強い仲間が、血を分けた兄弟が。




『ノった。確かに可能性があるならそれに賭けるのも悪くねぇ』


『時には、自ら動くことも大切よね』


『主に会えるなら…』


『みんなでまた一緒にいられるなら!』


『何?みんな賛成?それじゃあ僕も』


『…』


『テスカトル、沈黙は肯定と受け取るよー?』


『あぁ、問題ない』


『ワタシも、勿論協力しよう。共に世界を照らそうではないか』


『全会一致だね?それじゃあ探そうか!我らが主の遺物を…』




 遥か昔、栄光の時代の遺物。【竜神】の亡骸を。我らが主、『エクリヴァン』の亡骸を、ね?




「おーい!なーにさっきからこそこそしてるんだい?」


 この場所、なんて言ったっけ?ああ、講堂だ。なんとか魔法学院の講堂。ここに転移してきた時から気づいてたけど、講堂の中には何人かの人影。格好を見るに、この人たちは騎士で、今は何らかの捜査中…かな?

 まあ大方生徒教職貴族の虐殺犯探しなんだろうけど。


 私の通話中に結構な数のお仲間を呼んできたみたい。そういう賢しいところが嫌いなんだよ。




「…確かに目撃証言と一致している。こいつが下手人で間違いないだろう」


 ふーん…どうやら私をルシアだと勘違いしてるみたいだね。まあルシア、私に変装してたしそりゃそう…あれ?ルシアは確か全員殺してたはずなんだけどな。もしかして討ち漏らしでもいたのか?

 いや、大事なのはそこじゃないね。こいつらがこの数、1、2、3…ざっと20人くらいで私を捕えようとしている方が大事だ。


 そろそろ日が落ちる。西陽が講堂の窓から差し込み、床と壁が紅く染まる。


「キミたち、悪いこと言わないからお家に帰りなさい。私は今すご〜く機嫌が悪いんだ」


 ニンゲンたちが剣を構える。夕日が剣に反射して赤くなってる。かっこいい〜ね。


「私はルシアほど遊びが好きじゃないからね。面倒なことは…見えないところに放り出すのが一番さ」


 せっかくだし、ルシアちゃんの遺したを使うとしようか。キーワードは…なんだったっけな。


「えーっと確か…『無駄死にだけは、したくない』。あ、これで合ってるっぽいな。それじゃーキミたち、私たちからのプレゼントだ。喜んで受け取りなさい」


 そう言って背を向けると、兵士たちがおそらく何も考えずに突貫してくる。バカだね、本当に。




「『転移』」


 高さは細かく指定しなかったけど、講堂の真上、上空に転移する。そろそろかな?


 刹那、私の足元で講堂が盛大に爆発四散する。


「逆花火だね」


 これはルシアちゃんの置き土産だ。もし、もし仮に何からの理由で復讐を止められた時、たとえ自分が死んだとしても必ず仕留めるという必殺の意志。


 講堂の至る所に仕掛けられた言霊感応式の魔晶石。不意打ちでのコレは、さすがにニンゲンの手練れ程度のレベルでは防げまい。

 もう使わないだろうし、有効活用させてもらった。




 露払いも終わったし、ここにはもう用はない。さっそく亡骸を探しに行こう。


 日は既に沈んだ。希望を灯火に、長い長〜い夜を歩かないと。




★★★




 10話にて、とんでもない誤字をしてましたので修正しました。

 具体的にはハンスくんの名前がジークフリートとかいうカッコいい名前になってましたね…

 困惑させてしまったかもしれませんが、ジークフリートくんの事は忘れてください。

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