第三十八話『知りたくなかった』
私達は今、馬車に揺られている。文字通り、めちゃくちゃ揺れる。吐きそう。
さっきまで歩いてなかったかって?その通り。こうなったのには深ぁ〜いワケがあるのだ…
⬛︎⬛︎⬛︎
「ねぇねぇシエンくん」
「今度は何ですか?また変なものでも見つけました?」
「違うよ、人聞き悪いなぁ。あれだよ、あれ」
「なんですかあれ…あぁ、馬車ですか」
前から一台の馬車。一見何の変哲もないけど、何か嫌な感じがする。経験則…って言うのかな?
良くないことが起きる予感がする。
私達と馬車との距離が縮まる。私達以外、街道には誰もおらず、そよ風と車輪の軋む音、足音しかここにはない。
御者と会釈を交わす。嫌な笑顔だ。昔を思い出す。
固い物を叩く音。
くぐもった、重たいものが落ちる音…
「……て」
「『
⬛︎⬛︎⬛︎
「…まさか奴隷商だったとは」
馬車の中には小さな子供が数人、拘束具を取り付けられて乗せられていた。中には体に酷い怪我を負っている子も。
いきなり馬車を壊すってやってることだいぶ頭おかしいけど、結果オーライだね。勘に頼るのも偶にはいい。
許せない。
とりあえず馬車の中にあった拘束具で捕まえておいた。
「人身売買はこの大陸では禁止されているはずなのに…いったいどこで拉致して、どこで取引しようと言うのでしょうか」
奴隷。朧げだけども私が奴隷だった頃のことを思い出す。思い出すだけで吐き気がするけどね。
私が奴隷になったのはたしか…まだ五つの時。そこから数ヶ月…もしかしたらもっと長いかもしれない程の長さを、冷たい鉄製の格子の中で過ごした。冷たい寝床に、冷たいパン。あの時、私は命がいかに儚いのか学んだ。
私の隣の檻の中のあの子。私のすぐ後にあのテントにやってきて、私より早くにいなくなったあの子。健康状態が悪く、いつも咳ばかりしていた。優しい子だったなぁ…私に病気をうつさないようにと、殆どこちらを向いてはくれなかったけど、殆ど会話も出来なかったけど…
鉄格子に肌がくっつくくらいの寒さの中、まるで蝋人形のように中途半端な温度で、あの子は死んだ。
忘れかけていた。自由を、尊厳を、奪うヤツらへの憎悪を。この躯に、心に刻まれた深い疵を。
この奴隷商は生かしておいて…とは言わない。せめて何か情報を聞き出した上で殺した方が良いのかもしれない。でも、冷静ではいられない。私の中のわたしが、その選択肢を選ばせてくれない。
少なくともこの屑に、自由の重みを解らせてやるまでは…
「『腐-』」
「あら、あなた達どうしたの?揉め事?」
「え、誰…っ待って。一旦心の整理をさせて欲しい」
こんなにも心がぐちゃぐちゃな状態で、急に話しかけられると頭がこんがらがりそうだ。
「モルテルさん、ここは僕が…実は、この男が-」
「そうだ、名乗るのを忘れていたわね!私の名前はボラードよ」
「え…こほん。実はこの男が奴-」
「あなた達のお名前も聞いていいかしら?」
うわぁ、なんだこの人。人の話ぜんぜん聞かねぇじゃん。怪しいな…『鑑定』してもバレないよね?『鑑定』っとな。
種族:ハイヒューマン・プリーストLv.45
名前:ボラード
【異能】
【スキル】
家事Lv.Max
裁縫Lv.Max
鑑定Lv.6
看破Lv.6
杖術Lv.9
体術Lv.Max
柔軟Lv.6
持久Lv.Max
交渉Lv.4
祈りLv.8
衝撃吸収Lv.4
衝撃Lv.9
身体強化Lv.Max
光魔法Lv.Max
聖光魔法Lv.5
回復魔法Lv.8
【称号】
人類同盟第六軍団長
おおう、強い…なんかクセが強い人ほど強くなる!みたいな決まりでもあるの?
あと異能の名前…抱擁なら『エンブレイズ』じゃないのか?
ふう。すこし冷静になったかな?シエンくんも困ってるし、会話を交代するとしようかな。
「ボラードさん、私の名前はモルテル。しがない旅人だよ。こっちはシエンで、私の仲間だよ」
「あら、ご紹介ありがとね。モルテルちゃんに、シエンくん。覚えたわ!」
仕草がいちいちキツいな…こういうの苦手だ。
「えーっと、本題だけど、あの男。実は奴隷商人だったんだよ。私達がそれを発見して子供達を救出したところなんだ」
「…奴隷?」
ボラードさんの眼光が鋭くなり、顔が少し険しくなる。よかった、こんな変な人でもちゃんとした倫理観は持ってるんだね。
「だから、この男を殺そうと思ってたところなんだけど…」
「それはやめた方がいいわね」
また話を遮って…
「それはどうして?」
「いい?こういうので大切なのは、元を断つことなのよ。いくら実行役を潰したところで元締めは痛くも痒くもないわ」
たしかに。悪いのはこいつだけじゃなかった。全員に責任を取らせてやらないと…
「理解った?それじゃあ、一緒にこの問題を解決しましょう」
「え?ボラードさんもついてくるんですか?」
「当たり前よ。私も曲がったことは大嫌いなのよ」
…まあいいか。この人頼りになりそうな見た目だし。
「そうと決まったら情報を聞き出すわよ!あと、子供達のケアも忘れないこと」
なんかシエンくんがそこはかとなく嫌そうな表情をしてる。
分かるよー…分かる。だってこの人…この所作で筋骨隆々の巨漢なんだもん。
「…じゃあボラードさんはシエンくんと子供達をお願いします。私が男を尋問するので」
あ、こらシエンくん。露骨に嫌そうな顔しないの。
「さて、そういうことだから。どこでこの子達を拉致したのか、どこで売り払おうとしていたのか、あなたのボスは誰なのか…全部吐いてもらうから」
「はっ!誰が言うかよそんなこと!」
まあ、だろうね。小娘の私が問い詰めても怖がるわけないか。
だから…アレを使うしかないよね?
「そんなこと言ってられるのも今のうちだよ。まずは小指から…『
商人の小指までを私の魔力で包み、特性を発動する。
「え、は?指が…」
ちょっとだけ腐蝕して軟化したそれを、べきょりと可笑しな方向へ捻じ曲げる。
商人の絶叫が滑稽で仕方ない。
「子供達が怖がっちゃうでしょ?『黙れ』。話す気になったなら、目で訴えてね」
どれだけ痛くても声にしてそれを逃すことが出来ないのはさぞかし辛いだろう。あと数本だけ遊んで、聞いてやろうかな。
「それじゃあ、次は薬指だね…」
次の指に行こうとすると、男はもごもごと何か言いたそうな雰囲気。
「もう、何?私今忙しいんだから後にして」
ちらりと目を見ると、大粒の涙を溜めてこちらを見ている。
「べきょり」
相当焦ったのか息を荒げている。今のは折ってない。擬音を声に出して少し力を加えただけだ。男に笑いかけ、薬指を折る。
拘束を振り解こうとじたばたしてて面白い。まあ、これくらいにしておこうかな。
「喋る気になった?まだだったら、もうちょっと君の手弄ってるけど」
「話す!話すからもうやめてくれ!!」
すごい必死だね。私も頑張った甲斐があるよ。
⬛︎⬛︎⬛︎
「…ってことで、どうやら私たちが向かっている街の東側にある小さな街が拠点らしい。方向が少しズレるね」
「どうしましょうかね、モルテルさん」
「困ったわねぇ」
しれーっと旅仲間みたいな雰囲気醸し出してるけど、この人いついなくなるのかな。
困ってるのは事実だけど。クズを探すのを優先するか、子供達をこんな目に合わせたヤツらを突き止めるのが先か…
とはいえこの子供達をそんな物騒なとこに連れて行くわけにはいかないし、どこか保護してくれるところを探すしかない…か。
ってか私が馬車壊したから移動手段ないじゃん。子供達に徒歩での旅はキツいだろうしな…どうしたもんか。
「仕方ないわね、私に任せなさい!『愛の抱擁』」
ボラードさんがそう言うなり自分を抱きしめ始める。何やってんだこの人…ってうわ!なんか腕の中から馬車が出てきたんだけど⁈
しかもかなり大きいタイプのものが。
「私の異能はね、両腕で抱擁したものを小さく圧縮出来るのよ。重さは元と変わらないけど、持ち運びはとっても楽になるから便利なのよ」
へー…あれ?重さは…変わらない?この人いつもこれ持ち歩いてたってこと…?やばくない?腕力の化身?
ま、まあいいや。足の問題は解決したとして、目的地をどうするかだ。
「さあみんな、これに乗りなさい。ここからすぐ近くに私達の拠点があるから、とりあえずそこまで行きましょう」
すごいなこの人。手慣れてる。もうこの人旅仲間でもいい気がしてきた。シエンくんがどう思うかは知らないけど。
⬛︎⬛︎⬛︎
そして今に至る。奴隷商の馬を再利用してるんだけど、当然懐いてないしめちゃくちゃ揺れる。
うっ、気持ち悪っ…吐きそう。
「モルテルさん、大丈夫ですか?少し横になりましょう」
果たしてこの揺れで、横になることでどれくらい効果があるのか分からないけどまあものは試しか。
「わかった。ちょっと寝るよ」
ローブを枕に横になる。あ、案外寝られそうだね。それでは、おやすみなさい…
✴︎ ✴︎ ✴︎
「…知らないところだ」
目を覚ますと、わたしは赤い花が辺り一面に咲き乱れる花畑の真ん中にいた。
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