第四十一話『人類同盟』
「…いっった!頭ぶつけた!」
「お姉ちゃん大丈夫ー?」
あー頭痛い。馬車が揺れた衝撃で思いっきり壁に頭をぶつけてしまった。
「モルテルちゃん、起きたかしら?もう着くわよ」
御者台からボラードさんがそう言う。もう着くのか。寝てたから一瞬だな。
初対面から数日も経ち、いかつい外見だけど結構喋れるようにはなってきた。
馬車の扉についている窓から外を覗き見ると、なんか辺り一面森…え?拠点ってこんなところにあるの?てか整備されてない森に馬車で入ろうとすんなよ…ガタガタ揺れてお尻が痛いって。
「あ、着いたみたいですね。みなさん降りましょう」
「「はーい!」」
シエンくんと子供達はすっかり仲良くなったみたいだ。親しみやすいもんね、分かるよ。
「ここからは歩きよ。少し道が悪いから気をつけるのよ」
確かにすごく歩きにくい。木の根が地面を覆うように繁茂し、そこにへばりついた苔のせいで時折足を滑らせそうになる。ボラードさんはここを歩き慣れているのか、迷うことなく確かな足取りで進んでいく。
そういえば、私が目を覚ましたのも森の中だったな。あの時はある程度道らしきものがあったけれど、この森にはない。それほど人通りが悪いってことなのかな?
「着いたわ。ここよ」
いきなり近くにあった木の枝を折った…ように見えたが、どうやら木の枝に見えるレバーか何かだったようで、地面が開いて隠し階段が現れる。
隠し階段?…なんかこの流れ、最近見たことあるぞ?
ボラードさんが階段を降り始めると、なんらかの魔法なのか階段に明かりが灯る。
よかった。今回はちゃんと明るくて。
内部の廊下はかなり煩雑だ。めちゃくちゃ沢山の分かれ道があるし、梯子が設置されていたり上にも下にも分岐する。
拠点って…そんなに隠したいものがここにあるのか?
「あ、団長。お久しぶりです…その子たちは?」
偶に他の人ともすれ違う。誰も彼も法衣…?みたいなデザインの服を着用しててなんか怪しい。
「ここに来る途中で困ってたから拾ってきたのよ。『
…んん?めさいあ…?なーんかきな臭くなってきたぞ…宗教の香りが漂ってきた。
何回曲がり角を通ったか、何回昇り降りを繰り返したか分からないほど歩いたが、やっとそれらしき扉の前までやってきた。子供達めっちゃ疲れてるじゃん…
「モルテルさん、ここ何なんでしょうね…ここまで地下に大きな施設を築いて、ここまで煩雑な作りになっているなんて何かやましい事があるとしか思えません」
シエンくんがひそひそと喋りかけてくる。
「確かに…さっきのめさいあ?だって、宗教的なしがらみがあるようにしか考えられないし」
ボラードさんは悪い人には見えない。変な人には見えるけど。だから一応危害を加えられる事はないと思ってたんだけど…
重たい音をたてながら石造の扉がゆっくりと開いていく。
扉の先には長机。白いテーブルクロスと、たくさんの燭台が乗っておりとても美しい。今までの廊下の実用的なデザインとは異なり、貴族然とした調度品で室内は飾り付けられている。
「やあボラード、久しいね」
「はっ。お久しゅうございます、ツェダカ様」
長机の端。扉から見て1番奥の席に、それは座っていた。その存在を一言で言い表すとしたら…『正解』。
何故だろう、一目見ただけ。一言声を聞いただけ。それなのに、この人に着いていくことこそが正解なのだと感じさせるほどの圧倒的カリスマ。もはや洗脳に近いかもしれない。そうなのだとしたら、私ももう既に脳を焼かれてしまっているのだろう。
「へぇ、キミ達が、ボラードの報告にあった被害に遭った子らと…彼らを救った子ら、かな?」
…んぇ?今私たちに話しかけてた?まずいな。思考が乗っ取られたみたいに上手く回らない。
「はい、お初にお目にかかります。僕の名前はシエンと申します。困っていたところをバラードさんに助けていただいて、とても感謝しております」
シエンくん…君コミュ力高いね?なんで昔いじめられてたのか分かんないくらい話し上手じゃん!今も私がまともに話せてないのに話を繋いでくれてるし。
「そうかそうか。彼女は頼もしいからね。僕も重宝しているんだ…そちらのキミは?」
「わ、私はモルテルといいます。シエンくんとは一緒に旅をしてまして、その道中でなんやかんやあって今に至ります…」
…もうやだ!ぜんっぜん上手く言えないんだけど!はぁ…今一つ願い事が叶うなら、コミュニケーション能力が欲しいね。
「うん、何があったのかは大体聞いたよ。ボラード、子どもたちを休憩室へ連れて行ってあげて。そこの2人はここに残ってね」
首を傾けてにこりと微笑みながらそう言う。すごい…男、男か?どっちか分からないけど笑顔から光が出てるみたいにキラキラしてる。こう言うのを美って言うのかな。私も顔には自信あったけど、かなりそのなけなしの自信も喪失しかけてる。
ボラードさんは子供達を連れて部屋を出て行った。正直私は意思疎通の役に立つ気がしないからシエンくん、あとは任せた。
シエンくんの肩を軽く叩いてグッジョブサインを送る。あとは、任せた…切実に。
「紹介が遅れたね。僕は『人類同盟』の盟主、ツェダカと言う。これからいい関係が築けることを願っているよ」
「これから、いい関係…?」
私たちって奴隷商人らをぶちのめしに行くだけだよね?ここに長い間お世話になるつもりなんてないんだけど…あ、そういえばあの奴隷商人は入り口近くで数人の男たちに連行されていった。たぶん碌なことにはなってないだろうね。
「ああそうだ。ボラードと、他の仲間からの報告で耳にしたよ。キミたちの迅速な行動、論理的な対応についてはね。だから…キミたち、人類同盟に入る気はないかな?」
入る?この宗教じみた怪しい組織に?怪しい組織なんて殺し屋ギルドだけで十分なんだけど…
「人類同盟の行動原理は現行の腐りきった社会制度の打破。キミたちも知ってるでしょ?ここ十数年で、王国の治安は大層悪化した。その最たるものが、奴隷売買の横行だ。キミたちもつい最近見ただろ?」
あの被害児たちとは、ここに来る途中に幾らか喋った。誰も彼も…怖かっただろうに健気に私たちへ感謝を示していた。あの子みたいにみんないい子たちだ。だからこそ…というかもっと前から因縁はある。奴隷制度は許せない。その点については同意だ。
「僕たちは新進気鋭、と言ったら変かな。つい最近組織として動き出したばかりの小さな集まりさ。だから、人手が足りない。この国や世界を動かすには、とにかく頭数が必要だ。だから、有望なキミたちには是非僕たちと共に歩んでほしいと思っている」
うーん…正直悩んでる。理由は、奴隷制度にはあのクズが確実に一枚噛んでるからだ。あいつにとって奴隷なんて、無限に湧き出るリソースでしかないだろう。
「まあ、今急いで答えを出す必要はない。今日はゆっくり休んでいくといいよ…トリイ!客人を客間まで送り届けて」
「ありが…あれ?何が起こったんでしょうか…」
うっわ、なんかそれっぽい客室に一瞬で移動した。シエンくんも戸惑っている。
まだ謎の多い組織だから油断は出来ないが、ボラードさんとツェダカさんの善意を信じて今日は言われた通り休むとしよう。色々あって疲れてるしね…
目を閉じてもまだ焼きついている。『ツェダカ』の残像が。なぜ、こんなに頭から離れないんだろうか…
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